29.月夜の晩に
島に戻る頃には空に夕焼けが広がっていた。
オレンジと黄色、そして赤で染められた雲を眺めながら思考を巡らせる。
(今からパテルさんのところに行くのは邪魔かなぁ…明日にしようか…)
ゆっくりと移り変わる景色を見て思う。
やっぱり“知るは楽しい”と…
(さてと…となると…まずは木の伐採かな?)
夕焼けを脳裏に焼きつけ、森へと駆け出した。
木を伐採し、ノリウツギや他の魔草花も採取しながら、邪魔する魔物を切り捨てる。
ついでに食料となる魔物も手に入るので僥倖僥倖。
(そういえば竹はないのかな?竹の食器も趣があって善きかな…あと、筍ご飯が食べたい…あ、でも出汁がない)
食料庫には魚は入っているが、海藻がない。
それに魚があっても鰹節の作り方を知らないので作れないのだ。
乾燥すればいいかとやってみたが、苦みとえぐみに襲われ終わった。
今度出汁製作に時間を取りたいが…その前に材料を用意せねば。
(…そういえば苗を買ったはいいけど、育つには時間がかかる…このままでは魔草花が足りなくなるな…やっぱりダンジョンには行かないと……海ってあるのかな?出汁が恋しい…海鮮スープの素も今は節約状態だし……)
思考があちこちに逸れるのはいつものことだ。
実はまだ海に潜ったことがない。
一度海に入ってしまえば、そちらに多くの時間を割いてしまう気がした為、潜るのを我慢していた。
はしゃぎ海中を駆け回る自分しか想像できなかったのだ。
それでも湖の底ならば行ったことがある。
この島にはパテルさんの住処とは別に湖や池がいくつかあり、見つけては潜っていた。
水の中にしか生息しない魔草花や食料となる植物もあるからだ。
そのときは戦うことはせず、沈むことだけを考え下へと向かう。
海へ行くもいいが、ダンジョンで同時に済ませられるならばそうしたい。
だが、どちらにせよ海中戦のことを考える必要がある。
(急ぎの用事というわけでもない…いや、早く出汁を口にしたいなぁ…でも、この後は食器製作と苗植え…パテルさんの所へも行きたいし…絵も描かなきゃ…時間はあるはずなのに時間が足りない…あれ?充実した人生を送っている?)
そうしてまた思考を逸らしながら、つらつらと考えを並べては流していく。
森を駆け回っているうちに夕焼けが色を収めてしまった為、家の方へと足を進めた。
(さて、作るか)
場所は家の前、つまり庭なのだが、学校のグラウンドよりは広い。
家主が“庭”と言えば庭なのだ。
何か作業をするときは大抵外で行う。
量の関係上そうなることが多い。
そこに出すのはコの字型の石の作業台。
これは以前外で作業をする際に石を切り出し作ったもの。
色はそのまま、飾りも何もないシンプルな代物で、地べたに座り作業を行えるよう背を低くしている。
さて、今回使うのはウツリギ、スサノキ、ヒノキ、マツリギ、竹の5種類。
今まで足を運んでいない場所を探しまくって見つけたのが竹だ。
竹はあちらの世界となんら変わりがない…ということはなく、色の濃淡や厚み、太さがバラバラだった。
これはこれで色々と楽しめそうだ。
ウツリギは茶褐色で色が重たく、他は柔らかい色味を持つ。
スサノキは1番優しい色合いで、茶色というよりクリーム色と言った方が正しい。
他2つはオレンジがかった色味で濃淡が違う程度だ。
作るのはフォーク、スプーン、コップ、浅いお皿、深めのボウルの5種類。
あとあれだ、爪楊枝。和菓子を食べるときに使用するやつも竹で作ろうか。
サイズや重さ、厚みなどをバラけさせ、どの子も自分に合った物を見つけられるようにしたい。
(始まり始まり〜)
木を切り、削り、くり抜き、粗を削り、ニスで艶を出す。
竹は浄化をかけるだけで充分綺麗なため艶出しは必要ないのだが、撥水やひび割れ防止の意味でニスを塗った。
光が当たると美しく色を反射するのでこれはこれで趣があって善きかな。
『れい、なにしてるの〜?』
『きがいっぱいあるね〜』
頬に触れた優しい風に口元を緩ませていると聞き慣れた声が耳に届いた。
視線を動かすとそこには緑色の綿毛くん。
頭に生えた葉っぱがぴこぴこ動いてかわいいのだ。
もう1人は背中に透明なトンボの羽に似たものを2対生やす女の子。
黄色いレースのワンピースがよく似合い、以前レモンを舐めて瞳を潤ませていた子だ。
「精霊さんたちの食器を作っているのですよ。いつでもすぐに飲み物などをお渡しできるように」
『え?それってぼくのぶんも〜?』
『わたしは!?ほしい!』
「都度出して使用する予定でしたが、欲しいのであれば差し上げますよ?」
『ほしいほしい!』
『うんうん!』
「ふふ…ええ、いいですよ?けれどご自分で持ち歩くことは可能なのですか?」
『だいじょうぶ!ぼく、まほうがじょうずなんだよ〜?』
『それに、かくすのだって、うかべるのだって、かんたんかんたん♪』
「そうでしたか。ならば安心ですね。そちらにある物のなかから選んでくださってもかまいませんし、重さや大きさなど希望があれば声をかけてください」
『わかった!え〜?どれにしようかな〜?』
『まよっちゃうね〜』
(かわいいかよ!)
ここには人目がない為、顔が崩れようが関係ない。
そうしてニヤつき…にこにこしながら作業を再開した。
種類も量も多い為、1点集中をして飽きがこないように、あっちを作りこっちを作り、たまに木彫りも挟み…
(え?何やってんの?自分は?)
食器に混ざり置かれた木製の小さな花や動物。
新たな趣味ができた瞬間だ。
(ま、いっか。やりたいようにやろう…後で色を塗ろうかな…)
そんなことを考えながら食器製作を再開した。
『れい、ぼく、これにする〜』
『わたしはね?これにしたの〜』
作業に没頭しているとかわいい2人がふよふよと近寄ってきた。
フォーク、スプーン、コップの3点セットがそれぞれの周囲に浮いている。
「ふふ、お2人に合う物が見つかってよかったです」
『ねぇ、いま、あのおみずのみた〜い』
『あ!わたしも〜』
「はい、いいですよ。果実水ですね」
そうして2人のコップに注げば喜びを顕に顔を見合わせている。
『れい、ありがと〜』
『ありがとう!』
「どういたしまして」
楽しそうな嬉しそうな様子を横目にまた手を動かし始めた。
あれほど喜んでくれるならやってよかったと自分に言い聞かせながら…
─────
───
──
(そろそろ終わろうかな)
精霊たちに挨拶をしようと、立ち上がり周囲を見回すも姿は見えなかった。
(あ…月だ…)
明かり代わりに出していた魔法を消すと闇に包まれた。
恐怖が生まれないのは優しい光が世に射し込んでいるからだ。
(こっちの月は白いんだよなぁ…あっちは黄色っぽい…あ、赤くなるときもあったな…)
ぼーっと眺めながら思い浮かぶのは白く美しい存在。
澄ました顔に優しい金色の瞳を持つあの人。
(パテルさんみたいだ…)
綺麗…それでいて優しく見守ってくれる…
そこにあるだけなのに全てを包み込んでくれるような…心を落ち着かせてくれる存在。
でも、どこか寂しさも覚える…そんな月と精霊。
(月と共にあるのは闇………考えるまでもない真実)
そうしてしばらく立ち尽くし時を流した後、出した物を片付け家へと足を踏み出した。
(クッキー作ろうっと!)
ちらりと振り向いた先には、世を照らす月が闇に置かれていた。
***
さて、キッチンに立ち口元に手を添えながら考えを巡らせる。
クッキーは精霊たちにちょうどいいと思った。
手に持ち食べるのを嫌がる子もクッキーならば嫌がらないのではないだろうか。
(それなら種類を多く用意するのもありだな…まずはプレーン、それとコーヒーか。抹茶は…無理だ……あ!紅茶を使おう!いいね!…あとは……果物を乾燥粉砕して混ぜれば……え?いいんじゃない!?天才か!??…それと…)
作るはクッキー5種。
甘さ控えめプレーン、コーヒー、紅茶、いちご、レモン。
それからパウンドケーキは1本丸ごとと一口大に切り分けたものを常備しておこうと決めた。
(待てよ?パウンドケーキ用の他にもドライフルーツを用意しておけばいいな…天才か!?)
ドライフルーツはリンゴ、梨、ブドウ、オレンジ、桃、マレダ(マンゴー)、キッカ(柿)…他。
思いつくまま手当たり次第に次々と浄化をかけては乾燥していく。
(しょっぱい物が好きな子もいるかな?…手で持って食べる……パン?……ミニサンドイッチだ!)
既にお菓子製作を進めているなか、ミニサンドイッチ作りにも取り掛かった。
食パンの耳を切り取り、4等分すれば精霊たちの手に丁度いいだろう。
シンプルな玉子サンドは具が落ちないよう固めに製作。
ハム・トマト・きゅうりは酸味のあるフレンチドレッシング?ソース?で味付け。
そう私は気がついたのだ!
生卵を恐れていたが、浄化をかければいいということに!
なのでマヨネーズもフレンチソースも作れる。
(なんで今まで気がつかなかったのか……でもこれで料理の幅が広がるな…あ、飲み物も作っておかないと…炭酸を飲みたいな…エールのシュワシュワはどうやってるんだろう?…)
そうして数種類のサンドイッチを作りながらまたもや作る物が増えた。
追加で作るは、飲み物。
レモン水、果実水、コーヒー、カフェオレ、紅茶は冷やしたものを数種類。
ついでにガムシロップも。
(あったかい紅茶はなんとなく目の前で作りたいよねぇ…ん?スプーンとフォークいらなくね?………ま、いっか!かわいい精霊たちを見れたしね!)
己を励ましながらも魔法を行使し次々と仕上げていく。
食材が飛び交い、混ざり、捏ねられ…なんとも不思議な光景なのだろう。
そうして今日もまた眠りにつくことなく、朝日が昇った。
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