28. 話を聞かない奴

 緑花りょっか屋さんを後にし、島へ帰ろうとまた露店通りに戻ってきた。


(本当にいいお店だったなぁ…次に行ったときは何色が多いのかなぁ?)


「おい!なんでこの値段なんだよ!」


 素敵な出逢いに心を暖めながら歩みを進めていると道の先から若い男性の怒鳴り声が聞こえてきた。


(あら?何かご立腹のようで…)


 怒鳴り声の発信源から人々が離れて行くのでこちらからも姿が捉えられるようになった。

 店先で目を吊り上げ怒っているのは20代ほどの男性で濃い緑色のローブを纏っている。

 背は高いが身体つきが細いので恐ろしさは欠片もない。

 その後で腕を組みニヤついているのはこれまた同じローブを纏った40代ほどの男性。

 ヒョロリとした体躯と細いフレームのメガネが相まって陰湿そうな印象を受けた。


(いや、眼鏡関係ないな。あの表情のせいだ…確かあそこは雑貨屋さん?)


 怒鳴られ身を震わせているのは30代ほどのふくよかな男性だ。

 ぷるぷるしている。

 その前に並ぶのは謎の壺や民芸品のような木彫りの…はにわ?

 確かハンカチや調理道具のような物も売っていた気がする。


(さて、どうしたものか…他の道を通ろうか)


 ピタリと足を止めキョロと辺りを見回すも脇道は見当たらない。

 いや、ひとつだけある。

 露店通りの中央にあるのだが、その少し先で騒ぐ方がいるから困っているのだ。


(まぁ、あそこを通るしかないか)


 わずかなに思考を巡らせた後、足を踏み出しゆっくりと歩き始めた。


「だいたいそっちから値段下げて渡すのが常識だろうが!」

「そう言われましてもこちらも商売ですので…」


(え?常識がこの世界に…?ないない。あれだろ?手持ちが少なかったと今気がついて恥ずかしくなったんだろう?)


「このローブ見て分かるだろ?俺たち薬師ギルドがいるからお前らは安心して生きていけんだろうが!」

「…そ、それは…」

「お前らなんかの為に作ってやってんだろうが!こっちの苦労も考えて礼をくれてもいいんだぜ?」

「まぁ、落ち着きなさい。ポーションの作り方なんて下民は知りませんよ。私たちの苦労なんて想像もできぬでしょう」

「…それもそっか…ん?お前何?なんか用?」


(納得しちゃったよ!え?素直な人だな)


 声を耳に入れつつあの場から離れる精霊たちの姿に安堵を覚えながら脇道へと入った。


「おい!お前!無視すんなよ!」


(あら?まだ騒いでいるようだ。元気だねぇ?)


「おい!そこの黒いのだよ!!聞こえてんだろ!?」


(おや?黒いのとは私のことかな?)


 足を止めゆっくり振り返ると、吊り目をさらに吊り上がらせ、ぷんぷん怒っている青年が居た。

 髪質が硬いのか赤く短い髪の毛がツンツンしている。

 それもまた怒りを現しているように見えるから不思議だ。


「黒いのとは私のことでしょうか?」

「お前以外にいないだろ!?」


 そうやって怒鳴り声を上げるから皆の視線を集めてしまったではないか…


「そうでしたか。それで何か御用でしょうか?」

「は!?こっちに近づいてきたから声かけてやったのに無視したのはお前だろうが!」

「なるほど。声をかけられたのに気がつきませんでした」

「は?」

「特に目は合っておりませんよね?その状態で…なんか用か?と耳に届いても、まさか私にかけられた言葉だとは思いませんよね?」

「え?」


「ぶふっ…」

「おいっ…笑うな…っ…」

「ふふ…確かにね」


 何故か観衆が一斉に口元に手を当てわずかに肩を震わせ始めた。


「おかあさん。おはなしするときは目を見なきゃいけないんだよね?」

「ええ、そうね。そうしなければ誰とお話をしているのか分からないもの」

「そうだよね。あのきれいな人が気がつかないのはふつうのことだよね?」

「ふふっ…ええ、そうね」


 可愛らしい親子の会話はたぶん赤髪の青年には聞こえていない。

 自分は耳がいいから聞こえているだけで…


「こっちに近づいてきたんだから俺に用があると思うだろうが!」


(まぁ、他に近寄る人がいなかったもんねぇ…)


「あの状況ではそう考えてしまうのも理解できますが、それでも何故いま声をかけてきたのですか?」

「はぁ!?」

「私が歩みを進めた理由はもうお分かりですよね?脇道がここにしかなかったのですから」


「ぶふぉっ…」

「…くくくっ…それな?」

「ふふ…近づいた…っ…理由はみんな…わかってるわね…ふっ…」


 観衆が一斉に口元を手で覆い全身を震わせ始めた。

 なかにはお腹に手を添えている人もいる。

 おそらく視界に入らぬ人々も同じなのだろう。


(事実しか言っていないのだが?)


「おかあさん。あのひとは、せいれいさんが見えるってオレンジやさんのおねえさんが言っていたひと?」

「ええ、そうね。黒髪に黒いローブ、胸元には青いブローチ。間違いないわねぇ」

「そっか…やさしそうだもんね。せいれいさんはすきになるよね」

「ふふ、ええ。とても優しそうな方ね」


 オレンジ屋さんという単語に顔がニヤつきそうになるのを必死に抑える。


「特に御用はないようなので失礼致します」


 サッと身を翻し帰路を進んだ。

 早急にこの場を去りたい上に、相手からは返事がないからだ。


「っざけんな!…は?」


(おっと?カルシウムが足りていないようだ。あれ?カルシウムって通じる?)


 振り向いた先には氷に覆われた状態で宙に浮く瓶がひとつ。

 そして更にその先には目を見開き驚きを顕にする赤髪の青年。

 腕を振り下ろした状態で動きを止めているものだから彼が何をしたのか一目瞭然だ。


「攻撃を受けたと判断しましたが、そうされる理由が分かりません」

「なんだよこれ!?」

「氷を纏った瓶が浮いていますね」


「ぶふぉっ……も、いいって…その微笑みが憎いっ…」

「…くくっ…なんで…おもしろいんだろうな?…くくっ」

「ぷふっ…本当のことしか言ってないよね?…ふふ…っ…」


 観衆が一斉に動きを見せた。

 口元を手で覆い全身を激しく震わせる者。

 お腹を握り締める者。

 友人の二の腕へ顔をうずめ、まるで泣いているように見える者。


「おかあさん。あのひとのことをせいれいさんが助けてくれる?」

「ええ。きっと素敵な味方がいるから微笑んでいられるのでしょうね」

「そっか。それじゃあ、わたしが助けないほうがいいよね?」

「そうね。ここでお母さんのお手てを握っていてくれると嬉しいわ」

「うん!分かった!」


(ありがとうと伝えたい。お母様、その手は絶対に離さないでね)


 視線がぶつかったお母様に、ゆっくりと瞼を閉じることで伝えたつもりだが何か感じ取ってもらえただろうか…

 視界の端で、小さな手を握る力をわずかに強めたように見えた。

 その理由が恐怖でないことを願おう。


 あの親子を含め、観衆は私の瞳に精霊が映ると認識しているから手を出さないのだろう。

 そうであってほしい。でなければただの笑い者だ…


(いや、既に笑われているか…ま、なんでもいいけど、もう帰りたい。この人めんどくさい)


 長らく考えを巡らせても尚、相手は動きを見せないので再度身を翻し足を進めたが…


「何で死にたいですか?業火に焼かれたいですか?首を刎ねられたいですか?魔物の住処にご招待致しましょうか?」


 振り向き様に声を発した。

 氷を纏い宙に浮いているのは瓶が2本、すりこぎ棒?が1本。


「これお前がやったのかよ!?」

「はい」

「嘘つくなよ!詠唱も杖も何もないじゃねぇか!!」

「そう思うのであれば、先の質問を投げかけないでください」


(質問に答えただけなのだが…)


「くくくっ…だよな?…」

「…くっ……そう…だなっ…うん…くくっ…」

「ふふっ……ふふ…っ…」


 ついぞ腹を抱え蹲る人が出てきた。

 食中毒ではないと確信できる。


「おかあさん。あのきれいな人はどうしておこられているの?」

「分からないわ」

「そっか…かわいそうだね…」


 母に隠れ姿をハッキリと捉えられないが、声だけで分かる…心からの言葉だと。


(もう帰ろう)


 硬い決意を胸に宿し、これが最後だと身を翻した。


「ちょっと待てよ!…え?」


 こちらに駆け寄る足音が聞こえた為、歩みを止めることも振り向くこともせず、あの男の下半身を凍らせた。


「おい!これどうにかしろよ!…うわっ!…いってぇ!!」


 地面に縫い付けては通行人の邪魔になるのでそれはやめておいた。

 だから背後から聞こえた音はあの男が身体を地面に打ち付けた音だろう。


「ドルトンさんどうしよう?助けて?」

「ちょっ…ちょっと君!あれを…え?」


 足早に駆け寄りこちらの肩に手を置こうとした人の下半身も同じく凍らせた。


(ここで殺せばあの女の子のトラウマになってしまう…あ、森に放り込めばよかったな…ま、いっか)


「君!これを解きなさい!聞いているのか!」


(すごいね。それで頼みを聞いてくれる人はいないよ)


 ポーションの販売が開始されれば薬師ギルドは敵に回るだろう。

 それが少し早くなっただけのこと。


(時間を無駄にしてしまった…)


 騒ぐ声が徐々に遠くなりついぞ耳に届かなくなっても尚、歩みを止めることはしない。

 そうして門をくぐり抜け猛スピードで森へと駆け寄った。

 少しの時間、木の伐採とノリウツギの採取を並行して行なってから島へと戻った。

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