27.心暖まる緑花屋さん

 そしてきたるは植物屋?さん。

 お花と野菜の種や苗の他に観葉植物なんかも置かれているお店だ。


 優しい色合いの木製のドアを開くと、チリンとベルの音が降ってきた。

 中へ足を踏み入れると森のなかにいるような緑のにおいが鼻を通り抜け、そしてその香りに包まれた。


「いらっしゃいませ〜」


 カウンターの奥でこちらに背を向け作業をしていた女性が、振り向きながらのんびりとした口調で声を発した。

 優しい声とふくよかな身体、そして柔和な表情から人当たりの良さを感じさせる40代ほどの女性だ。


「こんにちは。お花や野菜、果実の苗を…なければ種が欲しくて足を運びました」

「はい。なんの苗がご入り用でしょうか?」

「このお店にある植物全種類をのちの商売に影響がないだけの数お願いします」

「…え?」


(そうなるよね)


 驚き目を見張り固まる姿は露店通りでよく見かけた。


「量が多くても持ち帰ることは可能ですし…あ、もちろんお金の心配もありません」


 念の為、掌に硬貨を数枚出し見せてみた。


「すみません…驚いてしまって…」

「いえ、当然のことですからお気になさらず。それで購入は可能でしょうか?」

「はい。もちろんです…えぇっと…そうですね…ではあちらの方に一旦全て運びましょうか」


 彼女が手で示すのは隣の部屋。

 部屋と言ってもそちらにも商品を置いているようで、こちらから見える壁は植物で埋められている。

 扉がなく、すぐに移動できるような造りになってい為、中央に置かれた大きなテーブルが目に入った。

 おそらく何か作業をする場でもあるのだろう。


「お時間をいただいてもよろしいですか?」

「はい。かまいませんよ」

「ありがとうございます…ちょっとあなた!手伝ってちょうだい!」


 女性がカウンター横の扉に向かい声を上げると、その先から聞こえてくる音が徐々に近づいてきた。


「なんだ?どした?」


 扉から現れたのは女性と同じく40代ほどの男性。

 麦わら帽子と所々に土がついたオーバーオール、日に焼けた肌によって農家で働く人に見える。

 背が特段高いわけではないのに少し圧を感じるのは表情が乏しいのと、逞しい身体つきをしているからだろう。


「ちょっとあなた!お客さんの前よ?せめてもう少し土を払いなさいよ!」

「あ?………ん?えらく別嬪さんだな」

「ちょっ!そんなことよりその服よ!大体あなたその言葉遣いをどうにかしなさいっていつも言っているでしょう?」

「すまんな」

「だからそれを…はぁ…ごめんなさいねぇ…この人そういう気遣いができなくて…」

「ふふ、お仕事の手を止めてしまったのはこちらですのでお気になさらないでください。口調も気楽にでかまいませんよ?」

「あら?そう?そう言ってもらえると助かるわぁ〜。ありがとうございます」


 奥さんの口調が気楽になってしまったことに口元が緩んでしまった。

 きっとこの奥さんがいるから旦那さんはこういう感じなのだろう。

 その朗らかさで人と対話し、さらりと旦那さんを守る。

 きっと奥さんと会話をすれば、その瞳を見れば、相手はそれに気がつくだろう。


「旦那様は奥様に安心して全てをお任せしているように感じますねぇ。素敵なご夫婦です」

「あら?そうなのかしら〜?」

「……で?なんで俺を呼んだんだ?」

「あら?あらあらあら?ふふ…全くもう言葉にしてくれればいいものを…そうそう、このお客さんがたくさん買ってくれるみたいでね?一旦あちらに運びたいのよ」

「そうか」

「その間は…」

「私はこの素敵な店内を眺めて心を休めていますので、お時間はお気になさらないでください」

「あら?嬉しいわぁ。自慢のお店なの。ありがとうございます」

「ふふ、よろしくお願いします」

「はい。あなた、あちらから先に運びましょう」

「ああ」


(さてと、知らない花を探そうかなぁ…)


『おはなしおわった〜?』


 踏み出そうと持ち上げた足を下ろし、声が聞こえた方へ顔を向けると、葉っぱの上に並んで座るかわいらしい精霊が3人。

 いちごに似た帽子を少し傾け頭に乗せる女の子、白い花柄のワンピース纏う女の子、淡いオレンジ色のハムスター?

 葉に色を添え、まるでお花のようだ。


「こんにちは。皆さんもお花みたいですねぇ」


 自分のお腹の位置に居る為、そばに寄った後しゃがんで声をかけた。


『へへへ〜。そうかな〜?うれしいね!』

『ここきれいでしょう?わたしすきなの〜』

『ぼ、ぼくはこのはっぱがすきなのぉ』

「ふふ、お花も葉っぱもつやつやですね」

『そうだよね?ぜんぶ つやつや〜』

『きらきらもあるよ〜』

『れいも つやつや きらきらだよぉ』

「ありがとうございます。皆さんも つやつやきらきらで綺麗ですよ?」

『わぁい!みんないっしょだね?』

『そうだね〜。わたしたちもだって〜』

『ねぇ?おにくないのぉ?』


(肉とな?ハムスターはお肉を食べていいのだろうか…)


 じっと見つめた先には期待の乗った煌めく瞳が2つ…いや、6つか。


「お肉はありませんが、リンゴではいけませんか?」

『それって、れいのまりょくはいってるぅ?ぼくはりんごのほうがすきぃ』


(なるほど。私の魔力が目的か)


「入っておりますよ?今お出ししますね?」


 露店通りで切り分けたリンゴが残っている。

 それらを木の皿に並べ、爪楊枝を刺した。


「はい、どうぞ。お2人もいかがですか?」

『え?いいの〜?やったぁ!』

『ほしいなぁっておもってたの〜。ありがとう』

『れい、ありがとぉ』

「どういたしまして。木の棒はお口に刺さないようにお気をつけください」

『『『はぁ〜い』』』

「ふふふ」


(かわいすぎな?マジで。癒されるわぁ)


 嬉しそうにリンゴを手に取り、顔を見合わせ食べるこの子たちの姿に顔が崩れそうになるのは仕方がないことだが、視線があるので必死にいつもの微笑みを保っている。

 左上から突き刺さっているのだ…


「ここを気に入っているかわいらしい子が3人、今葉っぱの上におりますねぇ」


 顔を向けそう伝えると途端に2人から喜びが溢れた。


「あらまぁ?ほんとうに?ちょっと…あなた聞いた?」

「見えるんだな…いや、見えるんですか?」

「ふふ。口調はお気になさらず。私の瞳には映っていますねぇ…」

「ほんとか!?いや、疑っているわけじゃないんだが…信じられなくてな…いや、そういう意味じゃないぞ?

「あなた、落ち着いて!やだわぁ…どうしましょう…」

「…そうか…そこに…」


 慌てて言い募る旦那さんの二の腕をバシバシと叩く奥さん。

 そのことを気にも止めず、今度は葉っぱの上を見つめる旦那さん。

 2人の目尻には綺麗な雫が煌めいている。


(やっぱりこれほど嬉しいことなんだなぁ…あ、泣きそう)


「今日はご馳走ね!?」

「そうだな。旨い酒も必要だな」

「ちょっと、それはいつものことじゃないのぉ」

「ふふ、素敵な笑顔を見ながら飲むお酒は格別なのでしょうねぇ」

「あら?この人の味方なのかしら?そう言われたら買ってくるしかないわねぇ」

「お?いいこと言うな…助かるよ」

「ふふふ」


 否定をしないことに気がつく奥様なのだよ?

 ほら、喜びの花が咲いているように見えるもの。


『ねぇねぇ、あの子のこともおしえたほうがいいかな〜?』

『あ、そうだね〜。きっとよろこんでくれるよね?このひとたちなら』

『あのねぇ?そのおようふくにあしあとをつけてあそぶ子がいるのぉ』


 ハムスターが小さな手を伸ばし指差すのは土のついたオーバーオール。

 よく見ると肩に小さな丸い点々が交互についている。

 もちろん土色だ。


「ふむ……すみません。そちらの服にいつも同じような土の跡がつきませんか?」

「え?ああ、よく着くんだよ。そういう仕事だからな。だが、いつも同じような大きさで場所も…まさか!」

「ええ、そのお洋服に足跡をつけて楽しむ子がどこかに隠れているようですねぇ」

「なんだって!?そりゃ嬉しいな!…この服洗っていいのか?」


『あらわないと、またつけれないんじゃな〜い?』

『そうだね〜。そのおようふくがいいんだって〜』

『あのね?つちがすきな子なのぉ。だからそれがつくのをいやがらないから、うれしいんだってぇ』


「洗わないと新しくつけられないので困るかと…土が好きな子だから、それを嫌がらない方が好きなようです」

「そうか…そうか……お前頼むぞ?」

「まったく…私が洗うんだものねぇ…気合いを入れないといけないわねぇ」

「お洗濯って大変ですものねぇ」

「あら?浄化を使うから簡単よ〜?けれど、今まで以上に心を込めるわ」


(あら?使えるのか)


「ふふ、それはこれまでもやってきたでしょうから簡単そうですね」

「それもそうねぇ…倍にするだけだものねぇ…ふふ」

「………いつもありがとよ」

「あら?やだ…今日はどうしたのかしら?聞き間違いかしら?」

「ふふ、私の耳にも何か届きましたねぇ」

「…あっちのやつ運んでくるわ」


 少し顔を赤らめながら奥へと向かう旦那さんを奥さんはとても嬉しそうに見つめている。


「今日はとてもいい日だわぁ。あら?あれを一人で運ぼうとしているわ?ちょっと手伝ってくるわね?」

「はい」


 そう言って柔和な笑みをさらに緩ませ軽い足取りで奥へと向かって行った。


(さてと…今度こそ店内を見て回ろうかな)


 ゆっくりと足を進め、時には立ち止まりながら彩りを目に映す。


(綺麗だなぁ…色も空気も…明日この店内はどんな彩りに変わっているのかなぁ……見るというより、知るのが楽しいんだよね…)


 “知るは楽しい”

 それは単純に知識を蓄えるのもそうだが、移り変わる景色を目に映すのも、他人ひとの人生を垣間見るのも、“知る”に含まれると思っている。

 今日歩いた街中はきっと10年後変化している…ということは10年後また新たに知れるということ。

 景色も同じだ。窓の外から見える空は今だけのもので、刻一刻と変化を見せている。

 ということは毎日何かを知れるということ。


(知るは楽しいと思える自分は人生をずっとずっと楽しめるんじゃない?…すごいなそれは…)


「お待たせ致しましたぁ」


 とりとめもなく思考を巡らせていると背後から声をかけられた。

 振り向き店内を見回すと隙間が目立ち少し寂しい店内になってしまっている。


「一度あちらでご確認をお願いします」

「はい」


 奥さんの後を追い隣の部屋へ足を踏み入れると、この店へ入ったときよりも強い緑の香りに襲われた。

 鼻を通り抜けたかと思えば今度は身に纏わりつくほどの濃さだ。


「すごい量ですね。お手伝いすればよかったですね」

「その細腕で運べるのか?」

「魔法が得意ですから…」


(あぶな!一度発動した魔法は動かせないんだっけ?…それに魔力で物を浮かせられますし…なんて言うとこだった…そっちは魔力操作だから…え?いや隠す必要あるかな?…もうわけが分からなくなってきた…というかどれが魔力操作?)


「そうか。精霊が見える者は魔法の扱いが上手いと聞くな」

「そうねぇ…けれど、だからと言ってお客様に手伝わせることはしないわよ?」

「それもそうですね。失礼致しました。えぇっと、代金はおいくらでしょうか?」

「240,500リルねぇ」

「あら?お安いのでは?」

「安いか?結構するぞ?」

「まとめて購入するからそう思うだけのように感じますね。どれもお2人の努力と愛が詰まっていると一目見て分かりますもの」

「まぁまぁ!嬉しいわねぇ…そうやって見えないところに気がついてもらえるなんて…ね?あなた」

「ああ、この仕事をしてる俺達にとっては最高の褒め言葉だな」


 きらきらつやつやにするには、知識も継続した愛もなければいけないと思う。


「お2人の想いが詰まった植物を育てるのは責任重大ですねぇ」

「ふふ、頑張ってね?」

「だな?安心して任せられるな。この人になら…っと名前を言ってなかったな。俺はダレルだ」

「そういえばそうでしたね。私はレイと申します」

「すっかり忘れていたわねぇ。私はステラよ。よろしくね?」


(お?帰ったらクッキー作ろうっと)


「こちらこそよろしくお願い致します。あ…ではこちら代金です。ご確認お願いします」

「ふふ……ええ、ちょうど頂戴致しました」

「あ…植物を育てるのにいい土や肥料は置いていますか?」

「あら?ごめんなさいね。販売するだけの量は置いていないのよ」

「俺たちは植物成長促進魔法が使えるからな。それだって魔力の関係上ずっと使えるわけじゃないが、肥料なんかは少ししか置いていないんだ」

「3軒隣のお店で取り扱っているわねぇ」

「植物成長促進魔法…?」


(なんだその便利そうな魔法は!?)


「あら?知らないのかしら?」

「大抵は“植生”と呼ぶから分からないか?」

「いいえ。自分で使う機会が無かったものですから詳しくは知らないのですよ」

「それもそうか。こういう仕事をしてないと使わないよな」

「そうなのですよ。差し支えなければどういった魔法なのか伺ってもよろしいでしょうか?」

「特に隠すものじゃないわ。そうねぇ、その魔法を使えば単純に植物の成長速度が速くなる…ということね」


(便利すぎるだろうが!)


「それは随分と便利な魔法ですねぇ…けれどそれは植物の負担にはならないのですか?」

「成長を助けるだけだからな」

「なるほど…完成形は決まっている…そこに行き着くまでの時間が短くなるということですね?」

「ああ、その通りだ」

「ちなみにどれほど短縮されるのでしょうか?」

「人によって結構差が出るが…俺がそれを毎日使えば育つの1年かかるやつが3か月ぐらいになるな」

「私だと半年ねぇ」

「確かに差は大きいですねぇ…けれどそれだけ凄い魔法であれば皆さん羨ましがるでしょうねぇ」

「そうでもないのよぉ?」

「え?そうなのですか?」


 2人が少し顔を下げ苦しそうな表情をしている。


「大きな農園ともなれば、魔力が足りなくて使い物にならないのよぉ。だからこの魔法を活かすにはこうして小さな

緑花りょっか屋さんを営むしかないのよぉ」

「だな?大きなとこじゃ役立たずだ」


 きっと何か酷い言葉をかけられた過去があるのだろう。

 例え魔法が役に立たずとも、植物にかける強い想いがあるだけで充分な気がする。

 その人たちは貴重な宝を見逃したのだ。


「では、緑花りょっか屋さんはお2人の天職なのですね。お2人が出逢えたことは、お互いの為はもちろんですが、植物たちにとっても精霊達にとっても喜ばしいことでしょう。きらきらつやつやですもの。このお店は」


『きれいだよね〜』

『ここにいるときもちがいいもんね〜』

『えっとぉ、くうきがね、やさしいの!』

『このふたりもやさしいよね〜』


「お前…泣かせる気かよ?やめてくれ…」

「ふふふ…もう泣いてるじゃない?ありがとう、レイさん」

「ここは気持ちがいいそうです。空気もお2人も優しいのだそうです。かわいい笑顔がここに咲いていますよ?お2人のおかげでね?」

「…声が聞こえるのか…?」

「はい」

「あら?そんなことってあるのね!?…え?それじゃあ、先ほどのは精霊さんたちの言葉かしら?…嬉しいわぁ」

「そうか…そうかぁ…」


(疑うことすらしないのか…嬉しいなぁ…)


「あら?それじゃあ、私たちはすごいのね!?精霊さんたちを喜ばせることができるのだもの」

「ああ、そうだな。この仕事を一生頑張れるぜ」

「あなたがそばに居て、植物に囲まれて、精霊さんが喜んでくれて…あらやだ!幸せすぎてお裾分けしたいわ!?」

「それはやめろ。お前の幸せが減る」

「あら!?まぁまぁまぁ!今日はまるで別人ね?…やだわぁ…お水が足りなくなるわねぇ…」

「…そうか…」


 首にかけている使い古されたタオルを手渡すあたりがダレンさんらしい。

 でも、ステラさんにとってはその優しさだけで充分なようで、お水がもっと流れてしまっている。


(素敵なご夫婦だなぁ) 


 幸福の花を咲かせる2人を横目に購入した物を収納にしまっていく。


「お?見ろよ?ほらすごいぞ?な?」

「あら?まぁ!どんどん消えていくわねぇ。おもしろいわぁ」


 ステラさんの涙を止める為に必死に語りかけるダレンさんの姿についまた口元が緩んでしまった。


(内容はあれだが…ま、笑顔の為になるのであれば嬉しいことだ)

 

「今日は本当にいい日だわ。こんなに素敵な方と出逢えたのだもの」 

「ふふ、私もここへ来て本当によかったです。お2人に出逢えたことがとても嬉しいです」

「また来いよ?見に来るだけでもいいからな」

「そうねぇ。お花のような方だもの。またこのお花を見たいわぁ」

「ふふ…照れますね。また必ず来ます。この店内の彩りが移り変わる様子を見るのも楽しいでしょうから、何度も来てしまいそうです」

「ぜひ来て頂戴!精霊さんとレイさんが喜ぶお店を用意して待っているわ」

「ああ、頑張るぜ」

「ふふ…人生の楽しみが増えました。今日はありがとうございました。では、またいつか」

「楽しみに待っているわ。またのお越しをお待ちしております」

「またな」


 嬉しい言葉に笑みを浮かべ身を翻し、チリンとかわいらしく鳴ったベルの音を浴びながら柔らかな扉をくぐった。


(あ、植物成長促進魔法ってどうやって使うんだろう?…パテルさんに聞けばいっか!早く帰ろう!)


 ちらりと振り返り、またこの暖かなお店に来ようと心に決め足を踏み出した。

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