26.最高に旨い焼き鳥と真っ赤な果実
素敵な時間を過ごした後、クルトさんとは店先で別れ、次に向かったのは露店通り。
種や苗が売られているお店が露店通りを抜けた先にあるのでそこへ行くのだ。
ついでに食料なども仕入れようとあの焼き鳥屋に立ち寄った。
「ヴァンさん、エレナさん、こんにちは」
「あら、レイさんこんにちは。いらっしゃい」
「おう!レイか!今日も大量になんか買ってくのか?」
「ふふ、ええ。そのつもりです。あ、焼き鳥も出せるだけお願いできますか?」
「あいよ!まいどあり!ちょっと待ってくれな!」
「はい」
ここの焼き鳥は美味しいので来たときは買えるだけ買うことにしている。
作るのが面倒なときや、小腹が空いたときにちょうどいい。
最初に露店通りに足を運んだ日も、その後に来たときも焼き鳥に限らず食料などを大量に買ったので皆に顔を覚えられた。
もちろん商売に影響が出ない量をお願いしているのでそこは問題ない。
(まぁ、それがなくとも覚えられたのだろうが…)
この2人はとても気さくで軽快に会話をしてくれるので楽に話せる。
多くの人はどうも私に気後れしてしまうようだ。
まぁ、売る物を売ってくれるのならば相手が緊張していようがどうでもいいが。
「エレナさんもお願いしてよろしいでしょうか?全種この麻袋に入るだけ」
「言うと思ったわ。もちろん喜んで」
「ありがとうございます」
「ははははは!相変わらずだな!」
「ふふ、3回目にして早くもその台詞を聞くとは思いませんでしたよ」
「だな!俺も言うハメになるとは思ってなかったぜ!」
「他も見て回りましたが、調味料に関してはここが1番品質がいいですからね」
「あら。それは嬉しいわね」
「ふふん、こいつの目はいいからな」
厳つい男が胸を張りドヤ顔をかましている。
「素敵な奥様を自慢したいのは分かりますが、焼き鳥を焦がさないでくださいね」
「お前、俺の嫁より食いもんかよ!」
「あら?ではお食事のお誘いをしてもよろしいので?」
「ああ、俺が誘われてやるよ」
「え?それはお料理の味が薄れそうなので遠慮しておきます」
「どういう意味だよ!」
「濃いですからね…いろいろと…」
「ふふふ。そうよねぇ」
「おい、お前はそっちの味方かよ。俺旦那だよな?」
「そうよ?私の素敵な旦那様ね」
「…そうか…」
「ふふ、仲がよろしいようで何よりですね」
「すまんな。食事の誘いは断るわ。やっぱ嫁と食いたいからな」
「何誘われた気になっているのですか?え?耳にポワの実詰まってます?」
「お前…のほほんと酷ぇこと言うよな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてねぇわ!!」
「ふふっ、レイさんはおもしろいわぁ」
(この2人と話してると楽しいわぁ。いい人だよねぇ。それにしてもタレが入った壺の中で泳ぐ精霊がいるけど…あれは量が減るのかな?)
「お?タレが気になるか?悪いな、これは教えられねぇ」
「いえ…」
(あれ?わざわざ言うと逆に怪しいか?)
「なんだ?」
「壺の中身がいつの間にか減っていることがあるのかなぁと思っただけです」
「は?なんで知ってんだ?」
「精霊さんの仕業だったら嬉しいのだけれど、悪戯や嫌がらせの可能性もあるのよねぇ」
「一応目につくとこに置いてはいるんだがな…レイは誰から聞いた?」
(あれ?私がタレ泥棒だと疑われ…ているわけではなさそうだな。うん)
「信じるも信じないもお任せしますが、壺の中で泳ぐ精霊がいるものですから先ほどの疑問が湧きました」
「は?」
「あら?」
「……するとあれか?見えるってことか?」
「はい。そうですね」
「え?本当に?信じられないわ。あらやだ!凄いわね!」
「まじか……じゃあ、あれか?俺らに精霊が近寄ってくるってことだな?」
「ええ、壺の中だけではなく、網の上で遊ぶ子もいますね」
「え!?」
ヴァンさんは焼き鳥を焼いている台へ勢いよく顔を向けた。
「これは…肉動かして大丈夫か?」
「ふふっ。ええ、これまで通りで問題ないかと。ぴょんぴょん跳ねて上手に避ける遊びかな?この子たちがしているのは」
『せいか〜い』
『そうなの!たのしいの!』
「そうか…複数いるんだな……え!?」
「たくさんの精霊さんが見えるのかしら?」
「はい。そうですね」
「おいまじかよ…そんな奴いるのか?」
「初めて聞くわ」
「ふふ、信じる信じないはご自由に?」
『え〜!れいはいいひとだからしんじるよね!ね!』
『そうなのそうなの!』
かわいい2人が網の上でぴょんぴょん跳ねながらヴァンさんに向かって訴えている。
(かわいいなぁ)
「ふふっ」
思わず口元に手を添え声を漏らした。
「まぁ、普通に信じるわ」
「そうね。疑いようがないわ。驚きが大きすぎただけで」
「そうですか。まぁ、タレが減るのは諦める他ありませんかねぇ」
「だな。精霊の仕業なら嬉しい限りだぜ」
「え?そうなのですか?」
「ああ、いい奴にしか近寄らねぇって知ってるからな。嬉しいしかないだろ?」
「そうね。今日はご馳走にしましょうね?」
「だな!すまんな。やっぱり食事の誘いは断るぜ」
「まだそのお話続いていたのですか?そんなことより焼き鳥を焦がさないでくださいね」
「おま…そんなことよりだと?だいたい俺が焦がすわけねぇだろうが!」
「まぁねぇ…そこを心配する必要は無いでしょうね」
「だろ?分かってんじゃねぇか!」
(そうかそうか…精霊は善きものに寄ると皆が知っていそうだ。だから少しの悪戯くらい許されるのか…)
「不思議な人が更に不思議な人になったわねぇ。はい、レイさんこれ」
「ありがとうございます。代金はこちらで合っていますか?」
「ええ。間違いないわ」
「こっちも焼けたぜ!ほい!」
「ありがとうございます」
「いやぁ、いい話が聞けて良かったぜ!次来たときサービスするわ!」
「ふふ、そうすると来るのに躊躇いが出てしまいますから、お気持ちだけ受け取りますよ。いつも通り会話をしただけですしね」
「そうか?じゃあ、最高に旨い焼き鳥出すしかねぇな!」
「ふふ、既に最高に旨い焼き鳥ですよ」
「お前…いい奴だな?」
「え?今更ですか?失礼なのでは?」
「耳にポワの実詰まってるなんて言う奴だからな…」
「えー?ただ心配しての言葉ですよ〜」
「んなわけあるか!」
「ふふっ、怒られる前にここを去りますかねぇ」
「ったく、また来いよ!」
「レイさんは癒されるからいつでも来てちょうだいね」
「ありがとうございます。また来ますね。では」
(いい夫婦だ。そりゃあ精霊も近寄るよね)
次に向かうは野菜と果物を販売する露店。
「こんにちは」
「あ、この間の!いらっしゃいませ」
お店に立つ20代ほどの女性も私を覚えていたようだ。
「先日と同じように
「はい。もちろんです。前と同じく全種類ですか?」
「ええ、それでお願いします…袋は…」
(なんかもう収納も隠さなくていいか?精霊が持ってくれると勘違いしてくれないかな?鞄が邪魔なんだよね…)
「どうしましたか?」
「いえ、今回は麻袋ではなく、こちらの木箱にお願いします」
「え!?」
何も無いところから木箱が3つ出てきたものだからお姉さんが目を見開き動きを止めた。
こちらに視線を向けていた周囲の人々も皆同じくしている。
「すみません。お手数おかけしますがよろしくお願い致します」
(日常であるかのように言えば問題ないだろう。後で鞄の中身を収納に移し替えなきゃな)
「…え?…えぇっと…はい。少々お待ちください」
(ほらね?周囲からの視線がすっごい突き刺さっているけど別にもういいや。精霊が見えるならどうせこれが日常になるんだろう?…つらいな…己が決めた道だとて嘆きはあるよね…)
『ねぇねぇ!このまえ、おにくもらったってじまんされたの!』
『ぼくにもなにかちょうだぁい』
『ここのくだものでもいいよ!あ!れいのまほうでひやしてからね!』
そう言いながら店先に並ぶリンゴに抱きつくは、掌サイズの黄色いウサギと背中に羽を持つ緑色の服を着た男の子。
(あれ?今後は飲み物以外もねだられるの?まぁ、別にいいけど…)
「あの…ご用意できましたが…」
「あぁ、すみません。ありがとうございます。こちらで足りますか?」
「はい。今おつりをお渡ししますね…えぇっと…鉄貨2枚と銅貨3枚のお返しです」
「ありがとうございます」
購入したリンゴをひとつ手に取り氷魔法で軽く冷やしながら他の物を全て収納にしまう。
店先の横に少し移動したあと宙に氷の板を現し、その上でリンゴを8等分に切り分けた。
種と皮も取り、即興で作った爪楊枝を刺す。
「お待たせ致しました」
『やったぁ!ふたつでもいいの〜?』
「お好きなだけ食べてください」
『れい、ありがとう!』
『ぼくもふたつたべる〜』
それぞれに2つずつ差し出すと嬉しそうに受け取るから微笑ましい。
残りのリンゴや氷の板などをしまいながら話を続ける。
「木の棒を口に刺さないように気をつけてくださいね」
『わかった!れい、だいすき〜』
『ささるといたいもんね。きをつけるよ』
「ふふ、ではまた」
『ばいば〜い!』
『またねぇ〜』
「ふふ…あ、驚かせてすみません。また来ますね。では、失礼します」
かわいい2人に手を振り返しながらこちらを凝視するお姉さんに軽く挨拶を済ませ身を翻す。
そして背中に突き刺さる視線を無視し足を踏み出した。
(精霊は喋り方が幼いよねぇ。下位精霊はみんなそうなのかな?)
終始こんな感じで店を回りながら露店通りの奥へと足を進めた。
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