25.言葉の配達人
ゆったりとした空気が流れるなか笑い合っていると突然クルトさんが姿勢を正し、やけに神妙な面持ちでこちらを見据えてきた。
「…ひとつ…お尋ねしたいことがあるのですが…」
「はい。なんでしょう?」
「お答えするのは差し支えがなければで構いません…常に僕のそばに居てくれる存在はここにありますか?」
「………」
クルトさんから視線を逸らすことなく視界の端で首を縦に振る精霊の姿を捉えた。
その頷きはこちらに向けられたものだと理解できる。
「ふふ、はい。おりますよ。とても可愛らしく優しい瞳の方が」
「…そう…でしたか……」
クルトさんが肩の力を緩めとても嬉しそうに微笑んだ。
「僕は精霊の姿は見えませんが、誰かがいつもそばに居るような気がしていたのですよ。どんなときも寄り添ってくれる友のような姉のような…」
ふわふわの茶色い精霊もとても嬉しそうだ。
ゆらゆら揺れる尻尾がその証拠。それと瞳もね。
おそらくクルトさんは
だから魔力に似た精霊にも気がつく。
「今、喜んでいるように見えます。瞳に喜びと優しさを乗せていますよ」
「ふふ…そうですか…僕の言葉で喜んでくれるのですね…」
『レイ、伝えてほしいの』
優しさに包まれた女性の声に軽く頷きを返した。
『好きに生きなさい。私はあなたのそばにずっと居るわ…と』
「クルトさん」
「はい。なんでしょうか?」
「今、お届け物を頼まれました」
「僕にですか?どこから?」
「好きに生きなさい。私はあなたのそばにずっと居るわ…と」
「…そ…れは……」
クルトさんが目元を手で覆い俯いた。
『レイ、ありがとう。使うようなことをしてごめんなさいね』
「ふふ、素敵な贈り物を届ける配達人となれるのであれば喜んでお引き受け致しましょう」
『…ありがとう。よかったわ。あなたがここへ来てくれて』
「私も今日それを思ったところですよ」
『そうだったわね。いい子でしょう?自慢の子よ?』
「ええ、とても」
『でもねぇ、時々周りが見えなくなるのよ。困ったわぁ』
「本人が楽しければいいではありませんか。きっとヴェルーノさんがなんとかしてくれます」
『あら?あの人も大変ねぇ…でも頼りになる方だものね』
「ええ、素敵な方ですもの。クルトさんは己の目で見極めあそこに居ると決めたのでしょう?」
『それもそうね。あの人の前では少し甘えているかしら?自分で決めたことなのね』
「見るのは得意なようですからね」
『信じるのも大事ね。ひとつ学んだわ。ふふ』
「ふふ、ええ」
『姿を現したくないわけではないのよ?ただねぇ…』
「…?」
『この子はその肩書きに息苦しさを感じているようだから、そこに更に精霊が見える者となればね…』
「なるほど…ちなみに一度姿を現すと隠れることはできないのですか?」
『できるわよ?森の子たちもそうでしょう?』
「あぁ、確かにそうですね。では、場所を限定するのはどうでしょう?目の動きでバレるのであれば、周囲に人が居なければ問題ないと思うのですが…」
『あら?それは素敵ね。まだそれを伝えてくれる配達人はここに居るかしら?』
「ええ、おりますよ」
『ふふ、それじゃあ、お願いしようかしら』
「お任せください。ふふ」
目を潤ませこちらを見つめるクルトさんに顔を向けた。
「追加のお届け物です」
「はい」
「クルトさんにいらぬ肩書きを背負わせたくない為かくれんぼをしているようです。あとは先ほどの私の言葉から判断できるかと」
「それは…」
クルトさんは目を見開き、新緑の瞳を揺らめかせた。
その表情からは驚きと喜びが伝わってくる。
「で、では僕の部屋限定ではどうでしょうか?」
『それはいいわね。誰も来ないもの。ふふ』
「ふふ、それでいいそうです」
「そうですか!うわぁ、楽しみですね」
目を煌かせ笑うクルトさんは子供のようだ。
その姿の理由は精霊への信仰心が厚いからじゃない。
そこにあるのは、ずっと共に居た姉とようやく会える喜びだけ。
『私も楽しみだわ。声は聞かせてあげられないけれど、姿が見えるだけで違うものね』
(姿より声の方が重要なんだな…言霊みたいなものがあるのかな?)
「ええ、その素敵な姿と優しい瞳だけでも充分満たされることでしょう」
『ありがとう。レイもとても素敵な方よ?私はその瞳が大好きだもの』
「ふふ、ありがとうございます」
きっとこの後2人は幸福に包まれるのだろう。
それを考えるだけで心が暖まるから不思議だ。
「レイさん、本当にありがとうございます。なんとお礼を言っていいか…」
「ふふ、精霊が幸せであればそれが私の喜びです。それに届け先がすぐそこでしたから、給料泥棒ですね。ふふ」
「…ではせめてこの場のお支払いは私がしても?」
「あら、追加のお手当もいただけるのですか?では遠慮なく。ふふ」
「もちろんですよ」
あまり気を遣われるのを好まないと踏んでの提案だろう。
さすがクルトさん。魔草花だけではなく、人の査定も得意と見た。
「そういえば、レイさんは人を探しているとか?そちらのお手伝いはできないでしょうか?」
(お、ちょうどいいな)
「そうですね。お力を貸してもらえると助かります」
「僕で役に立つならばいくらでも」
「ふふ、ありがとうございます。と言ってもユーザリア国に居るかも分からないのですよ。いかんせん情報が少なくて…」
「そうでしたか…ちなみに今お持ちの情報をお伺いしても?」
「はい。少なくとも500年前には存在していたハイエルフの方…ということだけですね。色は緑と聞きましたが…」
「ほとんどのエルフがその色を持ちますね」
「ですよねぇ。この目で見ることさえできればその方であると判断が可能なのですが、名も分かりませんからねぇ。ゆっくり探そうと思っていたところです」
「なるほど…ハイエルフは人数が少ないので我が国に到着しましたらその方達を集めてみましょうか?彼らはレイさんを直接見れるとなれば喜んで足を運ぶでしょうから。むしろ声をかけるまでもなく、会わせろと詰めかけてくるかもしれませんが…」
「ふふ、詰め寄られ慌てるクルトさんを見たい気もしますが…」
「えぇ?大変なのですよ?2人集まるだけで苦労は10倍ですよ」
「ははは!想像しただけでおもしろいですが…そうですね…では国に着きましたら一度ハイエルフの皆様に声をかけてもらえますか?」
「もちろんです。ここを達つ前に知らせれば皆、髭を整え待ち構えることでしょう」
「ふふ、よろしくお願い致します。その姿を見るのが楽しみです」
「お任せください」
調べた限りエルフが興した国というのはユーザリア国しかない。
ただ、長い時を経て情報が変わっている可能性はある。
それに、今現在その国で暮らしているとは限らない上に、そもそも出身地ですらないかもしれない。
エルフが興した国はそこだけだが、いわば村や里は点在しているのだ。
(ま、居なかった…という情報が得られるだけでも充分だな)
「あ、ユーザリア国とは関係なくもうひとつお聞きしたいことがありまして」
「はい。なんでしょう?」
「フォールの森以外でポーションの材料となる魔草花を採取できる場所はありませんか?」
「あぁ、なるほど。さすがにフォールの森の魔草花を根こそぎ採るわけにはいきませんからね」
「そうなのですよ…今後生えなくなったら困りますもの」
「くくっ…それはできないと否定はしないのですね」
「まぁ、採れちゃいますからね。ふふ」
「ですよね。そうだと思いました。他の場所となるとダンジョンがよろしいかと」
(お?いずれ行こうと思っていたからちょうどいいね)
「ダンジョンにも生えているのですね?」
「ええ、あー、魔草花の採取をダンジョンで済ます方も多いですからね」
「あら?」
(なん…だと……?)
クルトさんが言い淀んだ理由が分かった。
え?お前はダンジョンで採取したことがないのか?と言いたいのだろう?
「それはまた衝撃の事実ですねぇ」
「ぶふっ…いえ、すみません。衝撃を受けているようには全く見えなかったもので…」
「これでも驚いているのですよ?」
(まぁ、とにかく近場で採取可能な場所があってよかった)
「ふふ…そこに関しては見た目通りの朗らかさで…くくっ」
「いえ、どうぞ能天気だと言ってくださって構わないのですよ?」
「ははははは!…ふふ…すみません…濁したつもりでしたが?」
「あら?お気遣いを無駄にしてしまってすみませんねぇ」
「くくっ…これほど軽い謝罪は初めてですよ…ふっ」
クルトさんがめちゃくちゃ笑っている。
近寄り難い雰囲気なぞ欠片も感じられない。
リスさんもゆらゆらと尻尾を揺らし楽しそうにしていて何よりだ。
「…っ…いやぁ、すみません。笑いすぎました…くくっ」
「ふふ。まぁ、許しましょう。この場のお支払いをしてもらえなくなったら困りますからね」
「では、先ほどの僕の判断を褒めねばなりませんね」
「そうですね。帰ったら精霊のお姉さまが褒めてくださるかと」
「ふふっ、そうですね。楽しみが増えましたよ」
『変わりに叱っておくから任せてちょうだい』
可愛いリスさんが力強く頷きながら発した言葉に微笑みを返す。
「…ええ、それはよかったです。ふふ……あぁ、そうそう。ダンジョンのお話でしたね。魔草花を採取した後は通常通り時間が経てばまた生えるのですか?」
「ダンジョンにより必要な日数は変わりますが、フォールのダンジョンの場合は2日程で元に戻ります。根も含めて採取したものは3、4日程でしょうか」
(なるほど…茎から上なら2日、株ごとなら3、4日で戻るということか…ダンジョン便利だな)
「それは採取家にとっては大変助かりますねぇ」
「そうですね。先日お話した通り採取をする者が少ないので今なら採り放題ですよ?」
「あら、それは全て根こそぎ採っても構わないということでしょうか?」
「くくっ…ええ、もちろん。森と違ってすぐにまた生えますからね」
「それはそれは素晴らしいですねぇ」
(なんだ、ポーション作り放題じゃないか)
「そこに喜ぶ方が居るとは思いませんでしたよ」
「ふふ、ポーションの製作自体は問題ないのですが、素材が足りぬなぁと思っていたのですよ」
「なるほど…確かにそうですよね…え?まさかまた本日と同量を作ろうとなさっていますか?」
「いえ…もっとたくさんですね。消耗品ですからねぇ」
「…凄いですね…無理はなさらないでくださいね?」
「ええ、もちろん。楽しみながら行える範囲でやるつもりです。ご心配ありがとうございます」
「それならばいいのですが…ポーションの製作は趣味も兼ねているのですか?」
「いえ、100%趣味です」
「ぶふっ…まさか何も兼ねていないとは思いもよりませんでした…くくっ」
「ふふ、全力で楽しんでやっていますのでご安心を」
「そのようで…くくっ…安心しましたよ」
(よく笑う人だなぁ…そういえば、ディグルさんたちも結構笑ってたな……あれ?笑われてるのか…そうかそうか…楽しそうで何よりだね)
「くっくっくっ…これはレイさんに同行する前に腹筋を鍛える必要がありそうです」
「あらまぁ、ではそのお時間も考慮して日取りを決めないといけませんねぇ」
「ふふっ、そうですね。そこも踏まえてじっくりと考えねば後悔しそうです…くくっ…」
(笑いすぎだ。ツボが浅いのかな?)
「ではでは、これ以上お話をしているとクルトさんの腹筋が壊れそうですので、そろそろお店を出ましょうか?」
「ふふっ…ええ、楽しくて去るのはもったいないのですが、まだひ弱な腹筋ですからね…くくっ…お気遣いありがとうございます」
「あら?これほど軽い感謝は初めてですよ」
「ははははは!…あれ?どこかで似た台詞を聞きましたね…くくっ」
「ふふふ、どこで聞いたのでしょうねぇ」
「…だめだ…もうお腹が限界なので出ましょうか…」
「ふふ、ええ、そうしましょうか」
クルトさんがお腹に手を添え少し疲れを見せている。
まぁ、リスさんが楽しそうだし問題ないね。
「今日はお時間を取ってくださりありがとうございました。とても助かりました」
「いえ、こちらこそ素敵な時間を頂けましたよ。本当にありがとうございます」
「ふふ、精霊さんと楽しんでください」
「はい。その前に仕事と筋力強化の鍛錬ですがね」
「ですね。ふふ」
こうしてクルトさんの腹筋強化生活が始まったとか始まっていないとか…
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