24.選択するは面倒

 クルトさんと雑談をしながら足を進めた先はお洒落なレストランだった。

 こ綺麗で落ち着いた店内にも関わらず高貴な雰囲気はなく、これならば肩肘張らずに食事をすることができそうだと安堵する。

 もしかしたら以前宿を紹介してもらう際に伝えた条件を踏まえ、ここを選んでくれたのかもしれない。

 席はこれまた半個室で声を大にしなければ他のお客さんに会話を聞かれる心配はなさそうだ。


(ここまで気遣いをできるとは凄いなぁ)


 クルトさんの選択に賞賛する他ない。

 申し訳ないがメニューもクルトさんにお任せし、軽く会話を挟みながら食事を終えた。

 先ほど食後の紅茶が運ばれてきたので本題に入る。


「それで、レイ様は僕に聞きたいことがあるとか」

「はい。話せる範囲で構いませんのでクルトさんの祖国のことをお伺いしたいのです」

「ユーザリア国のことですか?」

「はい。人を探す為にユーザリア国を訪ねたいのですが、場所を教えてくださった方が人族を嫌う方が多い為行くのはお勧めしないと…それで、実際のところどうなのかなと思いまして」

「なるほど。確かにそのお話を聞くと躊躇ためらいが出てしまいますね」

「そうなのですよ」

「確かに多種族より人族を嫌う方が多いかもしれません。ただ、それも段々と薄れ、今では年齢が高いほどその傾向も高くなります」

「なるほど」

「人族を嫌っている方の多くは下の者にそれを押しつけることはしないですし、特に危害を加えることもないですね」

「そうなのですね。他の者へ己の考えを押しつけないとは素晴らしい方々ですね。それを聞いて安心しました」


 年齢が高い者ほど人族を嫌う傾向がある。

 過去に何かあったと考えられるが、それは珍しいことではないだろう。

 自分が心配していたのは問答無用で攻撃される可能性があるかどうかということだけ。

 特に嫌われていること自体はどうでもいい。


(あ、でもそれだと尋ねても教えてもらえないかもしれない…)


「こちらから話しかけることもあると思うのですが、耳を傾けてくださるでしょうか?」

「そうですねぇ、人族と会話をしたくない方は自ら離れていきますので問題ないかと。それにレイ様を見れば精霊を目に映す者だとすぐに分かりますから、皆喜んで対応することでしょう」


(そっか、他より精霊への信仰心が厚いんだもんね)


「というか…あー、えー」


 クルトさんがわずかに眉間に皺を寄せ言葉を出し渋っている。


(まぁ、言いたいことは分かるけどね。できれば言葉を引っ込めてほしいが…でも言ってくれた方が人を探すには助かるんだよなぁ…でも嫌だし…複雑だ)


「ふふ、選択をお任せしても?」

「………ふっ、さすがです。よくお分かりになりましたね」

「精霊関係なく、人を見るのは得意なのですよ」

「ふふ、考えを隠すのは得意な方だと思っておりましたが、レイ様には敵わないようですね」

「どうでしょうね。合っているか分かりませんからねぇ。ふふ」

「ちなみにユーザリア国を訪ねる日取りはお決まりですか?」

「いいえ。今はポーションの件がありますし未定ですね。急ぎの用事ではありませんので」


 師匠の友探しはのんびりとやるつもりだ。

 せっかくあのツラい島での生活に一旦区切りをつけられたので、今は焦りを持ちたくないというのが正直なところだ。

 友人たちには申し訳ないがもう少しだけ待っていてほしい。


(焦るのって疲れるしね…)


「では、僕の実家へご招待しても?」

「実家ね…ふふ、そちらがご不快にならないのであれば」

「とんでもない!皆が手を上げて喜びますよ」

「そうですか。礼儀も何も身についておりませんが構いませんか?」

「もちろんですよ!それに僕はこの街の誰よりも美しい佇まいだと感じますよ」

「ふふ、きちんと所作や礼儀を学んだであろうクルトさんに言われると嬉しいですね」

「恐縮です。では、改めまして」


 クルトさん姿勢を正し真剣な表情でこちらを見据える。


「ユーザリア国、第3王子ジークルト・ウィル・ユーザリアはレイ様が我が国へお越しくださることを心より願います」

「はい。喜んでお伺いさせていただきます」


(あ、居酒屋っぽくなっちゃった)


「ありがとうございます」

「ふふ、クルトさんもご一緒に?あら?呼び方はどうしましょう?」

「どうぞそのままクルトとお呼びください」

「そうですか。では遠慮なく。クルトさんも“様”でなくて構いませんよ?お好きに呼んでください」


(様が付くのは嫌だけど、そう呼びたい気持ちも分かるからね)


 クルトさんは顎に手を添え視線を下げながら考え始めた。

 どうやら迷っているようだ。


 私がクルトさんのことを知っていたのは鑑定で見たからだ。

 その名を見れば国の重鎮だと分かる。

 そこから更に詳細を求め鑑定をすれば、第3王子だということが発覚。

 まぁ、無礼を働かなければ大丈夫だろうと勝手に判断し、今に至る。

 かしずかれるのを煩わしいとさえ思っていそうだけど、あくまで憶測だ。

 

 そしてこの情報を知ったとき、人に鑑定を使用するのをやめた。

 というのも、本人から聞いた情報がどれか分からなくなると考えたからだ。

 勝手に鑑定を使用していたと知られた場合、面倒なやり取りを繰り広げることになるだろう。

 それを避けたいという理由の他にもうひとつ、悪い意味での懐疑的な印象を持たれてしまうと、精霊たちの存在を素直に認めてもらえなくなると踏んだ。


 通常は相手の情報などない状態で対面するだろう。

 それに戻るだけなので問題ない。

 よく考えれば種族や名前、肩書きを知って何になると言うのか。

 先にエルフと知ったところで結局、個人によって差が出る以上役に立たぬ情報だ。

 種族によって礼儀の払い方に差が出るだろうが、そこを気にして世で生活しているとは思えない。

 多種族が共存している以上ある程度の違いには寛容でなければ本人がつらいと思う。


 この街を訪れた初日に鑑定を使いまくり、その後すぐにこの決断。

 笑える話だが、まぁ、いいだろう。

 何はともあれ精霊を素直に感じてもらうことが第一だ。


「では、レイさん…でもよろしいでしょうか?」

「はい。もちろんですよ。お互い気楽にいきましょう?」

「ふっ、そうですね。助かりますよ」

「ふふふ」


(やっぱりね)


「それで、国へは僕も同行したいというのが本音ですが…」

「なんでしょう?」

「レイさんは1人の方が早く動けますよね?」

「ふふ、そうですね。ですが誰かと行動を共にすることがありませんでしたからね。そちらはそちらで楽しめそうです。その辺もお気になさらず。選択はお任せしますよ」

「そうですか…ふむ…」


(あれ?選択を任せすぎ?ごめん)


 嘘ではない。

 空を飛んで一直線に行くのもいいし、誰かと雑談でもしながら進むのも楽しそうだ。

 いや、誰でもというわけではない。

 自分は割と1人で過ごすのが好きだが、意見を押しつけてこない人とならば普通に仲良くなりたいと願う。

 なかなかそういう人がいないというだけで、友人を作るのに抵抗があるわけではない。


(お互いの立場的に友人は無理か?まぁ、肩書きなぞどうでもいいか…いや、クルトさんは私に気安くは無理かな?ま、今はなんでもいっか)


 クルトさんとは2回しか顔を合わせていないが、こちらへ配慮し行動してくれる人だと感じた。

 この席にしたのはこの話をする為でもあるだろうが、少なからず私への気遣いもあると思うし、お店の選択は先に考えた通りだと思う。

 あと、ぶっちゃけ選ぶのがめんどくさい。本当にどっちでもいいのだ。


(あれ?ポーションのとき…いや、うん…押しつけてはこなかったよね…うん、勝手にお茶を啜っていただけだ…)


「僕も国へ同行する方向で考えたいのですが、そうなると尚のこと日取りが先になりそうです」

「ポーションの件がありますし、お仕事を休むことも考慮しなければいけませんものね。私は構いませんよ。先ほどもお話した通り焦りはありませんから」


(むしろ無理に焦りを抑えないと友人たちへの罪悪感が募るからね。いやぁ、関係者各位の皆様ごめんね)


「そうですか。国へ連絡も入れたいですし、今は同行は確定、日取りは未定…ということになりますがよろしいでしょうか?」

「はい。問題ありませんよ。しばらくは商業ギルドへ足を運ぶことが多いでしょうから何か決まりましたらそのときにでもお話を頂戴できればと思います」

「ありがとうございます。そうですね…私がその場に居ないこともあるでしょうし、レイさんにお話があるときは受付へ申し伝えておきますね」

「それは助かりますね。よろしくお願い致します。あ、道のご案内もお任せしても?」


(いやほんと任せすぎな。ごめん)


「ええ、もちろんですよ」

「ふふ、とても助かります。迷子になったら困りますからねぇ」


(ま、そのときは飛ぶけどね)


「くく…採取が得意な方が迷子になるとは思えませんがね」

「あらぁ?採取に夢中になって場所が分からなくなりますよ?ふふ」


(というか現在地なぞ気にしない。帰りは来た方角に向かって走るか飛ぶかだ)


「それでよく帰ってこられますね」

「ふふふ、とっておきの方法があるのですよ」

「なるほど…精霊に聞けますからね、レイさんの場合は」


(その手があったね。そういえば…)


 クルトさんが凄く納得した表情で力強く頷いている。


「ええ、そうなのですよ。誰よりも詳しい道案内人です」

「心強い味方ですね」

「はい。何よりも誰よりも安心できる存在ですね。ふふ」

「…そうですか。素晴らしいですね」


(パテルさん優しいからね!)


 クルトさんが優しく微笑む姿を初めて見た。

 その笑顔に邪気はなく、いい人だと感じられる素敵な笑顔だ。


「そういえば気になったのですが、王族の方が外で働くことはあまり咎められないのですか?」

「そうですね。その辺は緩いです。寿命が長い種族ですから、好きに生きて何が悪いという考えを皆が持っていますね」

「あぁ、なるほど…確かにそうですよねぇ、長い時を縛られるなんて苦しみでしかありませんものねぇ」

「ええ、押さえつけられるのを嫌うのは皆同じでしょう。ただ、一応王族として生まれたからには礼儀などは学ばねばなりませんがね」

「それも大変ですよねぇ。生まれは選べませんし」

「………」


(選べるなら王族や貴族には生まれたくない。まぁ、それを望む人もいるのだろうけど、私は嫌だな…あ、失礼だったかも)


「すみません。私は嫌だと感じるだけで、否定をしているつもりはありませんよ?」

「いえ、驚いていただけです」

「…?」

「同種族からは特に言われませんが、他の種族からは羨ましいと言われる立場ですからね」

「あぁ、なるほど。そう思う方も当然おりますよねぇ。ちなみにクルトさんはどちらですか?」

「…面倒でしかありませんね」

「ふふ、ですよねぇ。全てに配慮しながら歩かねばならぬイメージですが、やはり人前ではそれを求められるのですか?」

「そうですねぇ、他国の王族や貴族と顔を合わせる場合は仕方なく」

「それは面倒極まりないですね」

「ぶふっ…くくっ…え?レイさんは貴族と言われても皆納得しますが?配慮されないでそれですか?」

「え?そう見えます?それは嬉しいですねぇ。背筋を伸ばす…ぐらいでしょうか。私が常に気にしているのは」


(何事も体幹が大事だからね。そこは常に気を遣っているのだよ。是非褒めてほしい!)


「背筋…確かに基礎となる部分ですね」

「ですよね。軸がブレなければあとはなんとかなります。ふふ」


 背筋を伸ばし過ごせば自ずと体幹は鍛えられる。

 だからたぶん、傍から見て堅苦しい貴族のイメージを思い浮かべる人もいるだろう。

 この姿も相まってね。筋肉が多い街だからその部分が余計に目立つかも。


 俊敏に木を避けながら走るにも、剣を振るうにもわずかなブレは邪魔になる。

 だから軸は常に真っ直ぐに…ということだ。


(あとあれだ。ちょいと粗雑だが、一応元女だ…口には出さないけど。まぁそれに関しても“あー、あの人なら違和感ないよねぇ”でいけると思っている)


「学ばずともその考えに行き着くものですか?」

「ふふ、見た目の為ではありません。走ること、武器を振るうこと…その為に必要なものを考えた結果なのですよ」

「あぁ、なるほど…より高みへ行くにはどうすべきか…レイさんのポーションの腕はそうして磨かれたのですね」

「ふふ、ありがとうございます。クルトさんも同じではないですか?」

「僕は好きなことを好きにやった結果ですね」

「へぇ…けれど、好きなことを続けるには嫌なこともやらねばならないでしょう?よほどお好きなのですねぇ」


(割と好きなことを続けるって大変だよねぇ。絵を描きたいけど、その為には画材が必要だから作らなければいけない…あれ?それも楽しんでるな自分は…)


「………好き勝手やっているのだから少しくらい我慢しろとよく言われますよ」


 少し眉を下げ困ったように語るクルトさんをリスの精霊が心配そうに見つめている。


(ヴェルーノさんからではなさそうだな…)


「我慢を強要されましてもねぇ。嫌ですよね。普通に」

「…くくっ…そうですね…確かに……ははははは!」


(あら?こんな笑い方もするんだね)


 クルトさんが手の甲で口元を押さえたかと思えば急に軽快な声を上げた。

 茶色い精霊は驚きを瞳に乗せ、私とクルトさんを交互に見るように首を動かしている。


(リスかわいいな)


「ふふっ…レイさんは割とさっぱりとした性格のようで…」

「そうですねぇ。さっくりと生きていますかねぇ」

「実におもしろいですね。精霊を語る優しい姿や、そののんびりとした口調に似合わず…くくっ」

「私からは見えませんからねぇ、一緒に楽しめないのが残念です」

「それもそうですね。友人はさぞ楽しいでしょうね」


(友人か…昨日できたな…えー?楽しそうにはしていた…か?なんか驚きで疲れてたイメージが強いな)


「どうでしょうね。彼らの驚く姿ばかり思い浮かびますね」

「まぁ、彼らの気持ちも分かりますよ」

「ふふふ、ま、それは仕方がないことです。頑張って慣れてくれって感じですね」

「ははは!丸投げですか?ふふっ…」

「クルトさんも私と同行する際は頑張ってくださいね。ふふ」

「そうでしたね。驚く準備はしておきましょうか。既に商業ギルドでは驚きがたくさんありましたが、あれ以上がありそうで怖いです」

「ふふふ、さてさてどうでしょうねぇ?」

「楽しみになってきましたよ。同行するのが」

「私もです。ふふ」


(割とクルトさんも堅苦しさはないから楽だわぁ。佇まいは綺麗なんだけどねぇ。あぁ、嘘がないからかな?)


 こうして師匠の友人探しの旅に同行者ができたのだった。短期だけどね。

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