34.生み出すとは

 パテルさんと別れ、家へ入ったのは夕焼けが顔を見せ始めた頃。

 今はソファに腰掛けテーブルの上に置かれた物を眺めながら思考を巡らせている。

 重厚な木のテーブルの上には、わずかに齧られた跡が残るリンゴとポーションの空瓶がひとつずつ。


(さっきの魔法は植物生成魔法ではない)


 試しにポーションの瓶やリンゴを生成してみれば見慣れた物だ現れたのだ。

 リンゴを齧り口に広がったのは少しの酸味と甘味。

 ここ最近口にしていたものよりも味が劣るそれに懐かしさを覚えた。

 無意識に考えたのがあちらの世界で食べたリンゴだったのだろう。


 瓶に関しては確信とまではいかずとも大体の予想がついた。

 以前、生成しようと試した際は、仕上がりの姿や構成する要素のイメージが弱かったと考えられる。

 実際に今回は生み出せたわけだしね。


 おそらく物の7、8割程を思い描けなければ生成が不可能。

 詳しい割合までは分からないが、大まかにでも知れただけで充分だ。


(次は…)


 目を閉じイメージを固めずとも容易に思い浮かぶ。

 眼前に現れた物に手を伸ばしかぶりついた。

 サクッシャキッと音を鳴らしたのは森で食べたことのあるカツサンド。

 見た目も香りもあのときと同じだ。

 けれど…


(暖かくない…)


 温度がという意味では無い。

 味は確かに美味しい。カツの熱も残っている。

 だけどどこか暖かみのない物に感じるのだ。

 おそらくそう思うのは私だけなのだろう。


 けど、それでも料理はできるだけ自分で作り出そうと決めた。

 他にポーションや瓶もね。


(まぁ、面倒だったらその限りではない。だね…気楽に考えよう)


 うんうんと頷きながら目を閉じまた別の物を思い浮かべた。

 鉄色の刃が鈍く光る。柄があり、重みがあり、鋭さをもつ鉄のつるぎ

 瞼を持ち上げ、宙に横たわるそれを手に取った。


(軽い?それに弱そう)


 指の関節で叩いてみれば、コッコッと随分と軽い音が鳴った。

 中が空洞とまではいかないものの詰まっていない感じがする。


(…あぁ…だから鍛治職人は何度も何度も叩くのかな?)


 とはいえ、鉄の詰まらせ方が分からない。

 いつか鍛治職人の作業風景を見せてもらえないか交渉してみることにしよう。

 特に今は武器に困っていないが、純粋に作ることに興味がある。

 いつの日か7段変形武器とか作りたい。


(………)


 楽しんでいた感情が突如落とされた。

 無から有を生み出す。

 果たしてそれは許される行為なのだろうか…


(師匠は生成魔法を使えたのかな?)


 書物や日記に記された内容を見る限りだが、節々にめんどくさがり屋の性格が垣間見える。

 同時に探究心が強い人だということも分かっている為、興味本位で己の手で物を作るという行いには納得できる。

 めんどくさがり屋ならば、生成魔法で物を生み出しそう。

 探究心が強いのならば、生成魔法を使えたとしても自ら道具を作りそう。

 

 これだけでは生成魔法が使えたかどうかは判断できない。


(そういえば…)


 決定的な文章が書かれていたのを思い出した。


 ─何も無いところからいきなり物が出てきたらあいつらが驚くと思ったんだけど、その方法を考えるのが面倒だからやめたんだ。普通に上から泥を落とすだけで充分だと気がついたしね!─


 様々な泥の作り方が記された紙束の3枚目に書かれていた文章だ。


(となるとやっぱり師匠は生成魔法を使えなかった)


 瘴気を身に宿して尚、己を保ち、数々の魔道具や書物を残した彼は相当実力のある大魔法使いだったと考えられる。

 そんな彼でも使えなかった魔法を自分は使えるのだ。

 己はこの世界の異物。稀有な存在どころか、エラー。

 つまり、この世界に本来含まれないもの。

 普通は使うことのできない魔法を使えたとしても不思議では無い。

 だが、だからこそ世の理に反する可能性があるのではないかと心配なのだ。


(…いや、私が気にする必要なくね?そのときは精霊王様が教えてくれるよね?たぶん)


 大体、使えるものを使って何が悪い。

 自分の能力を使うも使わないも決められるのは自分だけだ。

 そうだった、そうだったと頷きながら無駄な思考を捨てた。


(さてさて、次に行こうか)


 続いて思い浮かべ生み出したのは漆黒の日記帳。

 装丁には厚みをもたせ、力を入れないと折れ曲がらないタイプの物だ。

 艶のない漆黒のそれは手触りが滑らかで、つい何度も撫でてしまう。


(いいねこれ)


 これで最後。と言いつつ生み出すは5種。

 ずっと欲しかった物たちだ。

 鉛筆、色鉛筆、ボールペン、スケッチブック、画用紙…追加でメモ帳とノートも。


(増えちゃった!)


 メモ帳とノートの表紙もこれまた漆黒で無地のシンプルな物だ。


 鉛筆は既に先が削られた状態で現れた。

 これは意識したわけでは無く、無意識に考え思い浮かべたのがこれだ。


 宙に起立する濃緑色の細長い六角形を手に取り、重なる画用紙の一番上へ先を当て走らせた。

 さらさらとした書き心地…知った滑らかさに思わず顔が緩むのは当然のことだろう。


 このまま絵を描きたいところだが、また思いついてしまった。


 少し厚みを削いだ画用紙を大量に…そして、厚みのある漆黒の台紙を2枚。

 台紙の色は日記帳と同じだ。

 こちらには背表紙をつける必要はなく、代わりに画用紙と2枚の台紙の左端に4つの穴が縦に並んでいる。

 紐で括るタイプの書物になることだろう。

 サイズはA4サイズで、後から増えていくことも考慮しこのタイプを選んだ。

 これには絵と共に説明文なども記していく予定で、要は手書きの図鑑。


(名前は…図鑑ノート?…ださい?…日記帳ならぬ…図鑑帳?まぁ、それでいいか…変かな?)


 などと考えながら手にしたのは日記帳。

 昨日の分を書き写し、今日の分を記していく。

 そうしてしばらく日記帳にペンを走らせた。


(うん。いいね。浄化がここでも役に立つとは)


 一度ペンのインクを強引に汚れだと己に認識させ、浄化を使用すると…なんと消えたのだ!

 世の不思議だ。

 だが、思い込ませるのにかなりの時間を要する為、実に非効率的だ。

 後でボールペンのインクを簡単に消す方法を考えるとしよう。


 日記を書き終えた後に手に取ったのは薄手のノート。

 最近やりたいことや欲しい物が増える一方で、忘れてしまうこともしばしば。

 なので雑にでも書き出しておこうと考えた。

 要はメモなのだが、メモ帳では小さい為ノートに記すことにしたのだ。


(というかメモ帳はいらなかったかもしれない…)


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 腕輪の配達(遅延)


 パテルさんへの贈り物について

 →中身、箱、包装、リボン

 精霊王様のも


 豆腐

 →大豆探し、にがり?

 こんにゃくとは

 出汁

 →鰹、昆布

 スパイス探し

 パン研究

 炭酸飲料研究


 ↑無理なら生成魔法で


 お酒造り


 海中戦

 ポーション製作

 ダンジョン(壁欲しい、靴の材料、海があるか、魔草花採取)


 石鹸いる?入浴剤いる?香油


 図鑑帳の表紙を飾る

 →飾り文字用のインク研究・製作

 ボールペンのインクを簡単に消す方法


 お絵描き

 生成魔法でいろいろ作る


 武器製作を見たい


───────────────────────


(多いな…とりあえず今はお絵描きと生成魔法だな)


 そうして床に膝をつき蹲るような姿勢で絵を描き、思いついた物を生成し、また絵を描き…

 考え、作り、描き続けるうちにまた朝日が昇る。

 眠らない日々を送っていることなど忘れて一心不乱に手と頭を動かし続けた。

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