22.瞳に映すのは…
「レイ様、頭を上げてください。私共は必ずこのポーションを大切に扱うと誓います」
顔を上げた先にはいつもの柔和な笑顔よりも更に柔らかい表情を見せるヴェルーノさんがいた。
その瞳に宿すのは嘘のない強い意志。
「はい。お二人にでしたら安心して託すことができます」
「お任せください。必ずレイ様の想いを人々に届けましょう」
「ふふ、ありがとうございます。あ、ちなみにこれらのポーションが並ぶのは商業ギルドのお店ですか?」
「商業ギルドが経営する店にも並びますが、それ以外の店にも卸すつもりです。ただ、レイ様がお持ちくださった数にもよりますが」
「なるほど。数は多く揃えているつもりですが、どれほど必要とされるのか分からないまま用意しましたので、もしかしたら足りないかもしれませんね」
「ちなみに本日はいくつお持ちくださったのでしょうか?」
「はい。治癒、回復、魔力ポーションは各1,200本。その他は300本ずつ用意しましいた」
「せっ!」
「…!?」
「あ、今の言い方だと語弊があるかもしれません。治癒、回復、魔力ポーションは下級〜上級まで400本ずつ。それ以外は各100本ずつと言った方が正しいですね。失礼致しました」
「「いえいえいえいえ」」
(あ、みんなと言い方が違うんだ。ちょっと上品)
「すみません。少ないでしょうか?」
「いえ、全く、全然…ちょっと想像より多すぎて驚きました。失礼致しました」
ヴェルーノさんがいつもの丁寧な口調を崩し必死に言い募る。
「そうでしたか。それはよかったです。それでもやはり数は足りないですよね?騎士団の方々も使うでしょうし、消耗品ですから」
「そうですね。全ての人々にとなれば難しいでしょうが、それでも多くの方々の助けになることは間違いありません」
「ふふ、それはとても嬉しいですね。ちなみにあとどれほど用意すれば街の皆さんは遠慮なく手に取れるようになるでしょうか?あ、それと多く必要とされるのはどのポーションでしょうか?」
「需要が高いのは治癒と回復ポーションの下級、次いで中級ですね。街の方々はその他が必要になることはほとんどありませんから。あっても治癒や回復の上級が少々と言ったところでしょうか」
(まぁ、そりゃそうか。街で普通に暮らす分には麻痺や石化なんて無縁だろう。そして病や怪我の多くは中級以下で治る程度…ふむ)
「数に関しましてはそうですねぇ…既にポーションをお持ちの方がいることを考慮しても…治癒と回復ポーションの下級中級に限って言えば20倍は確実に必要かと…」
「…ふむ…8,000本を4種類ということですね」
(合計で32,000本か…思ったよりも少ないな…)
「分かりました。教えてくださってありがとうございます。すぐに街の皆に行き渡るというのは難しいでしょうが、またご用意出来次第お持ちしますね」
「それは助かります。本当にありがとうございます」
「いえ、お役に立てるのであれば光栄です。それでは本日お持ちした分は全て買い取ってくださるということでよろしいでしょうか?」
「はい。もちろんです…あ…」
「…?」
これで契約成立かと思った矢先、ヴェルーノさんがいきなり動きを止め神妙な面持ちで考え込んだ。
「どうかされましたか?」
「いえ、レイ様にこちらからポーションの買取りをお願いする際にお伝えしようと思っていたのですが…」
「はい、なんでしょう?」
「店先に並べる数や他の店へ卸す数は少量ずつと考えておりまして、それをご了承いただけないかと…」
「差し支えなければ理由をお伺いしても?」
「はい。一度に多く販売しますとレイ様が薬師ギルドに目をつけられる可能性が高いのです」
(私を心配してくれていたのか。いい人だな)
「ちなみにそれをした場合、ヴェルーノさんやクルトさんを含む商業ギルドの方々に危険が及ぶ可能性はありますか?」
「いえ、さすがに彼らも商業ギルドを敵に回すのは自分達が困ると理解しているようですので我々に何かしてくることはないでしょう」
「そうですか。でしたら安心です。実は街の現状や薬師ギルドのことを教えてくださった冒険者の方々とそのお話もしたのですよ。私が襲われる可能性について」
「薬師ギルドのこともご存じでしたか」
「はい。彼らによって街の皆も冒険者も苦しめられていると聞き、本日ポーションの買取りをお願いしにこちらへ伺ったのです」
「そうだったのですね…」
「それで…ふふっ、薬師ギルドは収入とわずかな威厳を減らす原因となった私に何かしてくるだろうなということは予想済みです」
「わずかな威厳…ふっ、間違いありませんね」
「そしてそれが問題ないことも確認済みです。私の背後を取れる方はいないだろうと」
「そう…なのですか?」
「月光花持ってきましたよね?私」
(月光花を採取できることは凄いことっぽいからね)
「ふむ…確かに言われてみればそうですね」
「それに、Bランク冒険者パーティーのお墨付きですよ?」
「それはどちらの方々かお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「
「ああ!彼らでしたか!それならば間違いないでしょう」
(お?有名人?)
「皆さんをご存知なのですね」
「ええ、採取依頼を受けてくださる数少ない高ランク冒険者の方々なのですよ。その強さを鼻にかけるでもなく、後輩冒険者に優しくて慕われているのですよ」
「そうでしたか。ふふ、皆さん素敵な方々ですものね。そのお話にも納得できます」
「彼らが人に嘘をつくとは思えませんから、今レイ様がお話された内容も本当のことでしょう。それに、よく考えればあれだけの魔草花を採取できるのですから戦闘の方も実力があるのでしょうね」
「はい。ですから私の心配はいりませんのでどうぞご安心ください。店に卸す数などはお任せします」
「分かりました。ですが、もし何かあれば私共を頼ってください。必ずお力になると誓います」
「ふふ、頼もしいですね。ありがとうございます。では、そのときはよろしくお願い致しますね?」
「はい!お任せください!」
(ふぅ…納得してもらえてよかった!それにこうして味方になってくれる人が増えるのは嬉しいね)
「あ、そうでした!このポーションを売るにあたってお二人にお願いがあるのです」
「…なんでしょうか?」
2人が唾を飲み込み神妙な面持ちでこちらを見つめる。
(なんか前回ここへ来たときも同じことがあった気がするな)
「こちらのコルクが少し特殊な作りをしているので、ポーションを買いに来た方々にそのことをお伝えしてほしいのですよ」
「コルク…ですか?」
「はい。実際に見てもらった方が早いですね。こちら栓を抜いていただけますか?その際コルクを見ていてください」
そう言って近くにあった治癒ポーションをヴェルーノさんへ差し出した。
「分かりました。開封するだけでよろしいのですね?」
「はい」
ヴェルーノさんがゆっくりとコルクを持ち上げ最後にはポンッと軽快な音が鳴った。
そして手に持つコルクの下部が徐々に茶褐色に変わっていく。
クルトさんとリスはそれに視線を奪われたままだ。
ヴェルーノさんがゆっくりとこちらに首を動かし問いかけてきた。
「…これは?」
「未開封であることを証明する為に考えました。そちらのコルクは空気に触れると色が変わる性質をもちます。ほら、こちらのコルクの上部は茶褐色ですが、中はもっと淡い色でしょう?」
テーブルに置かれた未開封のポーションを持ち上げ見せてみた。
「確かにその通りですね。いえ、そういうデザインなのかと思っておりましたが…なるほど」
「ポーションの効果に影響はありませんし、横に倒しても問題ないのですよ?」
「いやはや、そこまでお考えとは…これでは中身を移し替えレイさんの名を語り販売したとて誰も信じませんよ」
「ふふ、素人の考えでしたから少し不安だったのですが、ヴェルーノさんのその言葉を聞いて安心しました」
「ええ、ええ。長らく商業ギルドにおりますが、この難関を突破しレイ様の名を傷つけられる者を私は知りません」
「よかったです。ふふ、私の瓶に粗悪品を入れ販売するなど誰であろうとも許しませんよ」
先ほどのヴェルーノさんのニヤリ顔を真似てみたができているだろうか…
「ふっ、レイ様には驚かされてばかりですよ。では、私共はこの色が未開封の証であるとお伝えすればよろしいのですね?」
「はい。お店の方だけではなく、購入される方々にも確実に伝えてほしいのです」
「分かりました。必ず」
「ふふ、よろしくお願い致します」
(やったね!もしかしたらどこかに隙があるかもと心配してたけど大丈夫そうだ!)
「あ、ついで…と言ってはなんですが…」
「はい、どうされましたか?」
「ヴェルーノさんたちはお気づきでしょうか?」
そう言って宙を飛び回る精霊たちに視線を向けた。
「私の目に何が映るのか…」
「…やはりそうでしたか。もしかしてとは思いましたが…いえ、レイ様に姿を現さないわけがありませんね」
「ふふ、得体の知れない者が作るポーションよりも瞳に映し者が作るポーションの方が人々は安心できるでしょうか?」
「…レイ様はそこまで人を思えるのですね。そうですね…瞳に映し者は尊ぶべき存在ですから、その方が作ったとなれば皆喜んで手に取るでしょうね」
「そうですか…であれば、思い出したときだけでかまいませんので製作者についても簡単にお伝えしてもらえませんか?」
「よろしいのですか?皆に知られれば街中で多くの視線を集めることになります。お話を聞くにレイ様はご自分を晒したいとは考えておられないように見受けられましたが…」
「ええ、視線が集まるのは嫌ですが、精霊の姿が見えるのを隠す必要はないと聞き我慢することにしました。既に街の人々からの視線を常に感じていますので今更増えたとて問題ありません」
「隠そうとは思わなかったのですか?精霊が見えることを」
「それまでは私を見ただけでそのことに気がつかれると知りませんでした。私の視線の動きで分かると教えてもらったとき一瞬街を移ることも考えましたが、やはりこのままでいこうと決めました。私の瞳には確かに精霊が映るのだと、そこに確かに存在するのだと知ってもらえれば、皆はより一層精霊を尊び慈しんでくれるのではないかと思ったのです」
「そうでしたか…レイ様はそこまで精霊を大切になさっておいででしたか」
「ですから、お二人のお手を煩わせることになりますが、このポーションの製作者についてもお話してくださると助かります」
「煩わせるなんてとんでもない。私共を信じこのポーションを託してくださったレイ様の為となるのであれば、喜んでお引き受け致しましょう」
「ふふ、ありがとうございます」
本当は視線を向けられるのが凄く嫌だけどそれでもいい。
どうしても我慢ならないときはパテルさんのところで休ませてもらおう。
きっと彼はそれを許してくれる。
「では、ポーションをお渡し致しますね。量がありますがど「レイ様!」…らに…」
突如声を上げたクルトさんは目にも止まらぬ速さでテーブルを回り込み、膝をついた姿勢で私の左手を両手で握り締めてきた。
「あの…」
包み込んだ私の手を額に当て肩を震わせながら俯く姿はやけに神秘的で祈りを捧げているようにも見える。
「僕たちエルフは誰よりも精霊への信仰心が厚く何よりも尊びます。そして精霊を目に映すその方も同様に…」
(へぇ、そうなんだ)
「精霊が姿を現す者はごく少数ですが確かに存在しています。私の祖国にも1名おります。ですが……レイ様…」
クルトさんが目を開きこちらを見上げてきた。
その瞳に宿すのは喜びと尊敬、そして期待。
「はい、なんでしょうか?」
「…レイ様の瞳には多くの精霊の姿が映っておいでですか?」
「はい…たくさんのかわいらしい子たちが見えていますよ?」
私の返事を聞いた途端、瞳が持つ新緑の輝きが増した。
(え?なんで?)
「…?」
「やはり……やはりそうでしたか………」
再度目を閉じ、祈るように私の手を額に当てるクルトさんの様子に戸惑い動けずにいる。
「通常、精霊は1体しか見えません。それなのに…」
(なんだって!?)
「自ら姿を現す精霊が数多くいる。それだけレイ様のお心は素晴らしいということ…僕はこれほど尊き方にお会いしたことがありません」
(精霊が見えるだけでこれほどの言葉をもらうのか…)
目を閉じると思い浮かぶのはあの森を彩るたくさんの精霊たちとそれを見つめるパテルさん。
彼らが人の心に存在し大切にされていることが嬉しい。
けれど少し心に靄がかかるのは、寂しさと罪悪感があるからかもしれない…
「レイ様」
クルトさんの声に瞼を上げると、潤んだ新緑と視線がぶつかった。
「僕はこれまで、精霊が見えるから素晴らしいのだと思っておりました…ですが、そうではないのだと…本日レイ様とお話をして分かりました」
眉を下げ潤む瞳を乗せたその顔はやけに神妙で、そして強い思いが込められている。
「レイ様が素晴らしいからこそ多くの精霊はその瞳に映りたいと願い、姿を現すのでしょう。そのような方と出逢えたことは何事にも代えがたい喜びです」
そうしてまた祈るように顔を伏せる姿はその想いを心に刻んでいるようにも見えた。
「…精霊が私に姿を現すのは……いえ、そう言ってくださってありがとうございます。私もクルトさんとヴェルーノさんに出逢えたことを嬉しく思います。商人としてではなく、人として人と向き合う…素晴らしい方々ですから」
「…レイ様…っ…ありがとうございます」
「ありがとうございます。レイ様に出逢えたことが私の一生の宝となるでしょう」
クルトさんは喜びを乗せた瞳と震える声で、ヴェルーノさんは深く頭を下げ全身で感謝を伝えてくれた。
ゆらゆらと尻尾を揺らしながら優しい瞳でクルトさんを見つめるリスの姿がなんとなく誰かに似ているような気がするのは気のせいだろうか…
「ふふ、この街に来てよかったです………ところでクルトさん?そろそろ離してくださいませんか?」
未だ握られたままの手を動かしクルトさんの目の高さまで掲げた。
「………」
「クルト君?離しなさい」
(あ、また笑いながら怒ってる。すごい)
「………レイ様、失礼致しました」
「いえ、お陰でエルフの方々がどれほどの強い思いで精霊を大切になさっているのか知ることができました」
渋々手を離し立ち上がったクルトさんは名残惜しそうだ。
(手を握られれば本来は照れるのだろうが、なんかこの人は違うよね)
そっち方面に心が揺さぶられないことに妙に納得できるのは何故だろうか…
(さっきのクルトさんの姿を見ればそうなるか…まるで自分仏像にでもなった気分だった。まぁ、エルフにとっては間違っていないのかもしれないな)
「あー、では、ポーションをお渡ししたいのですが、どちらにお出ししましょうか?」
「そうですね…下の倉庫にお願いできますか?」
「はい。かまいませんよ」
「ありがとうございます。では、さっそくご案内致します。クルト君はそろそろ仕事に戻ってください」
「…分かりました」
「あ、クルトさん、お伺いしたいことがあるので後ほどお時間を頂戴できませんか?いつでも構いませんし、それほど長くはかからないと思うのですが…」
「僕にですか?分かりました…では、少しお待たせすることになりますが、この後昼食をご一緒しませんか?」
「それは助かりますが、よろしいのですか?休憩時間ということですよね?」
「ええ、むしろレイ様とご一緒できるのであれば光栄です」
「そうですか。ありがとうございます。では、ポーションの納品が終わりましたら下の待合室におりますので、時間になりましたら声をかけてもらえますか?」
「はい、分かりました」
「では、よろしくお願い致します。ヴェルーノさん、お待たせして申し訳ありません。倉庫までご案内お願いします」
「いえいえ、お気になさらず。では参りましょうか」
案内された倉庫は商業ギルドの裏手にあり、体育館以上の広さを誇る。
複数ある扉のうち見上げるほどに大きい扉は、おそらく馬車ごと入れるよう設置されたものだろう。
「レイ様、こちらにお願いできますか?」
「はい」
ポーションは手作りの木箱に入れてきた。
運ぶ際に瓶が揺れ動かないよう1本1本が固定される作りになっている。
緩和剤となる物を仕切りに使用しているので割れる心配もない。
「おぉ、さすがレイ様、この箱も素晴らしいですね」
「ふふ、これならば安心でしょう?あ、この木箱使いますか?他にもありますが…」
「いえいえ、そこまで甘えるわけには参りません。商業ギルドにも似たようなものはございますから」
「あ、そうですよね。失礼致しました。ではこちらの木箱は次回来たときに回収ということでよろしいでしょうか?」
「はい。そのようにお願い致します」
「分かりました。えぇと、品質の確認はどれほどお時間がかかりそうですか?」
「そうですね…レイ様を疑うわけではございませんが、やはり1本ずつ確認を取りたいのでお時間を頂戴することになりますが…」
「もちろんそれで構いません。むしろそうしてくださらないと困ります。実際に販売する方の目で確認し、不信なく店頭に並べてほしいですからね。それに私1人の目だけでは、どこか見落としがあるかもしれませんし…お時間はいくらかかっても問題ありませんよ?」
「ふふ、そう言ってくださると私共としても大変助かります。では、そうですね…今日中に品質の確認や書類のご用意を終えられますので、それ以降でよろしいでしょうか?」
「もちろんです。それでは、明日伺いますね。あ、代金はギルドカードに送金をお願いしたいのでそちらのご用意はしなくて大丈夫です」
「ふふ、かしこまりました。では、明日お待ちしております」
「はい。私のポーションをよろしくお願い致します」
「お任せください」
「本日はありがとうございました。あ、待合室少しお借りします」
「こちらこそ本当にありがとうございました。クルト君のことですから、すぐに向かうと思いますよ」
「ふふ、ではまた明日」
「はい」
そうして深く頭を下げるヴェルーノさんを背後にし倉庫を後にした。
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