21.希望に癒しと安らぎを

「はぁ…レイ様、紅茶をどうぞ…」

「ありがとうございます」


 ものの数分で全身から疲労を漂わせ始めたヴェルーノさんに同情を禁じ得ない。

 それに引き換えその隣で呑気に紅茶を啜っているクルトさんはある意味凄いと思う。

 手にしているお茶はヴェルーノさんの分だと知っているのだろうか…

 今日もクルトさんの肩にはふわふわ尻尾のリスが乗っており、呆れた表情を彼に向けているようにも見える。


(このリスも精霊だったのか…なるほどね)


「レイ様、大変失礼致しました」

「いえ、お気になさらず」

「はぁ…クルト君もご一緒してよろしいでしょうか?」

「はい、問題ありませんよ。クルトさんに品質を確認していただけるのあれば間違いないでしょうから」

「さすがレイ様!もちろんです!僕にお任せください!」


(誰だ?この人を無愛想で近寄りがたいって言ったのは…)


 目を輝かせながら身を乗り出す姿は聞いた話と全然違い、別人なのかと疑うほどだ。


「はい。よろしくお願いします。では先に物をお見せした方がよろしいでしょうか?魔法薬…あ、ちなみにポーションと呼ぶのが主流ですか?」

「冒険者はポーションと呼ぶことが多いのでそれに伴い我々も含めフォールの街では皆そう呼びますね」

「そうでしたか、ありがとうございます。それで本日は治癒と回復、それから魔力ポーションを多く用意しましたが、解毒など状態異常に関する物も各種あります。全て一度品質を確認してもらってから話を進めた方がよろしいでしょうか?」

「全ての種類をお持ちくださったということですよね?」

「はい」

「それはまた素晴らしいですねぇ。是非、拝見させていただけますか?」

「はい、ではこちらですね。確認をお願い致します」


 治癒、回復、魔力、解毒、麻痺解除、石化解除…それぞれ下級〜上級まで。

 美しく煌めく色とりどりのポーションをひとつずつテーブルに並べる。

 今回特級ポーションは出さないことにした。

 おそらく気軽にお店に並べておけるような物ではなさそうなので…これは個人販売用にした方がいいかな?

 まぁ、その辺りのことは世を知ってから考えよう。


「こ…れは…」

「…僕これほど……」


(うんうん、綺麗だよね。つい見惚れちゃうのも分かる)


 目を見開き動きを止めた2人が話し出すのを紅茶を飲みながら待つ。


(あ、この紅茶美味しいな。どこで売ってるんだろう)


「…れ、レイ様…これは全てレイ様が作られたのですか?」


 声を震わせ問いかけてきたヴェルーノさんは相変わらず驚愕の表情のままだ。


「はい、もちろんです。素材の採取もポーションの制作も全てこの手で。効果の確認も取れていますよ?」

「…そんな……」


(いや、驚きすぎじゃない?)


「素晴らしいです!僕はこれほど美しいポーションを初めて見ました!手に取り確認するまでもなく最高品質と言えるでしょう!それを全てレイが作られたとは驚きです!ああ、いえ、レイ様を疑っての言葉ではありませんよ!?薬師ギルドの方々は多くても3種類のポーションを作るのが限界なんです!それが可能な方ですら少なく、1、2種類しか作れぬ者がほとんどです!しかも品質が低い物しか作れません!レイ様は採取だけではなく、ポーション制作の腕も一級品とは!素晴らしいです!」


 突然立ち上がり怒涛の勢いで言葉を発するクルトさんにのまれ、つい動きが止まってしまった。


(よく噛まずに言えるな…というか薬師ギルドの人は多くても3種類しか作れないの?)


「クルト君、気持ちは分かりますが落ち着きなさい。レイ様、失礼致しました」

「いえ、褒めてくださって嬉しいですから。お陰で自信がつきましたよ」

「それにしても…本当に素晴らしい腕をお持ちですね。いやはや、どれほどの努力を重ねたらここまで到達できるのか私には想像もできませんよ」

「ふふ、そう言ってくださってありがとうございます

「レイ様!」


 興奮冷めやらぬクルトさんが勢いをそのままに、また声を上げた。


「はい。なんでしょう?」

「この瓶はどちらで購入されたのですか?僕これほど繊細で美しい物を見たことがありません。差し支えなければ教えてくださませんか?」

「あぁ、瓶も自分で作りました」

「「はっ?」」


 ポーションの品質や瓶の耐久度だけではなくデザインにもこだわっている。


 正面には少し視線を下げ枝の上で佇む小鳥の横姿。

 優しく見守るような目と小さくも優美な姿を表現するのは難しいが、それでも製作中は楽しかった。

 枝から伸びるツタのような流れる水のような複数の曲線と、周囲に舞う葉や小花は反対側にも描かれている。

 瓶をくるりと回転させると左右に木が1本ずつと、中心から波紋が広がるようないくつかの曲線で湖を模した模様。

 パテルさんが居る森をイメージしたものだ。


 洗練された澄み渡る空気と安らぎを─


 我ながらポーションを入れるのに相応しい瓶になったと思う。

 この瓶に輝く液体を注ぐと下から徐々に色を持ち始め、最後には一色に染まった小鳥と森が浮かび上がる。

 これを見れるのは製作者の特権だ。


 水色、赤、緑、紫、黄色…美しく煌めく様が人々を癒してくれることを願う。


 パテルさんはこの瓶をまだ知らない。

 彼がこれを見たとき、その瞳には何が乗るのだろうか…

 早く見せたいからと急かしてくる己を抑え込むのが大変だ。


「作った…とは?」


 ようやくヴェルーノさんが絞り出した声はすぐに途切れた。


「そのままの意味です。中身だけではなく、ここにある全ては私が作ったものです」


 テーブルの上に置かれたポーションをトントンと指で叩く。


「そ…んなことまで…いえ、すみません。私、驚きすぎてなんと言っていいか…ポーションに限らずこの瓶単体にも価値があります。これほど素晴らしい芸術は他にはありません」

「ふふ、嬉しいですね」

「レイ様は何故これを?このポーションであれば簡素な瓶でも皆が手に取ることでしょう。そこまでしなくてもよろしかったのではないでしょうか?」


 純粋に何故?とクルトさんが問うてきた。


「先日、冒険者の方とお話する機会がありました。街の方々はポーションが家に1本あるだけで安心するのだとか…その安らぎの手助けになればいいなと思いました。そして冒険者の方はもちろんのこと、皆がこのポーションを使うそのとき、少しでも心に平穏を…その願いを込めこの瓶を製作しました」

「…レイ様はそこまでお考えになってこれを…っ…」

「………」


 ヴェルーノさんは目尻に涙を溜め声を絞り出し、クルトさんは俯き肩を震わせている。


(少し馬鹿にされるかなと思ったけどそんなことはないんだな…)


 ここで涙を流してくれる人にならばこのポーションを安心して預けられる─そう確信した。


「ふふ、ポーションは人にとって希望でしょう?少なくとも私はそう思います。その希望を粗末な瓶に入れ渡したくないのですよ。希望に癒しと安らぎを…私が作ったポーションは瓶を含めて薬と呼びます」

「…希望……そうですね…レイ様は本当に素晴らしい方です」

「ええ、クルト君のおっしゃる通りですよ、本当に…瓶を含めて薬…レイ様にしか作れない世界唯一の薬です」


(照れるな。へへへ)


「ふふ、ありがとうございます。瓶に関してお伝えしておきたいことがもうひとつ。クルトさん、これを持ってそちらに立っていただけますか?」

「え?分かりました」


 クルトさんが魔力ポーションをひとつ手に取りそろりと立ち上がると、絨毯が敷かれていない床の上へ移動した。


「その右手を下へ向け開いてください」

「え!?ですが!!」

「大丈夫です。その目できちんと確かめてほしいのです」


 さて、タネも仕掛けもありません…いや、ある意味あるのか?

 自分でやらないのは不正をしていないと知ってもらう為だ。

 この2人は私を疑うことは無さそうだが、疑念が生まれる可能性があるものは払っておきたい。


「…分かりました…では」


 クルトさんが言われた通りポーションを持った手をパッと開く。

 軽快な音を立てた後コロコロと転がる緑色は瓶の中で揺れている。


「これは…」

「壊れにくいガラスを使用しています。重さも薬師ギルドのものより軽いかと」

「失礼します!」


 ヴェルーノさんがテーブルの上のポーションをひとつ手に取り、上下に軽く動かした。


「確かに…通常のものより軽いですね。それなのにこの強度…ということは、この飲み口も使用者を考えてのことなのですね?」

「はい。子供や横たわる方に飲ませやすいように」

「素晴らしいです!なんということでしょう!そこまでお考えになられ、実際に実現させてしまうとは!僕感動しました!」


 クルトさんが目を輝かせ尊敬の眼差しを向けてくるので少し照れる。


「ふふ、ありがとうございます。では、ポーションの品質と瓶に関しては問題ありませんか?」

「もちろんです!これ以上のものはないと断言できます!ですが…」


 ヴェルーノさんが強く肯定したかと思えばすぐさま言葉を止めた。


「…?どうかなさいましたか?」

「…失礼を承知で申し上げます。レイ様のポーションは最高品質。そして更に瓶でさえも価値が高いとなれば、人々が手に取るのは難しくなるでしょう。大変申し訳ございませんが、通常の瓶に移し替え販売することを許可していただけませんでしょうか?」


 深く頭を下げる2人は本当に商業ギルドの職員なのかと疑うほどに人がいい。

 黙ってお金持ちに売りつけ稼ぐことだってできるだろうに…それどころか躊躇いなく他人ひとの為に頭を下げられるとは…純粋に凄い人たちだと思った。

 

 実はここに来た当初はこのお願いをされるか確認しようと考えていたのだが、先ほど瓶に込めた想いを聞き涙する2人を見てその考えは捨てた。

 この2人が私のポーションをしっかり人に届けてくれるのか確かめたかったのだ。


「お二人とも頭を上げてください」


 ゆっくりと身を起こした2人は瞳を揺らし、顔には不安を乗せている。


「やはりこのポーションはヴェルーノさんとクルトさんに託したいと思いました。お二人が心配されているのは価格のことで間違いないでしょうか?」

「はい、そうです。レイ様の努力や想いはお金で測れるものではございませんが、こちらを販売するとなればやはり高額となるでしょう」

「やはりそうでしたか。ですが、その点はご心配なく。このポーションを多くの方が手に取れるよう通常の価格で販売してくださってかまいません。いえ、薬師ギルドにとっての通常ではありませんよ?この街の方々にとっての…という意味です。ただし、街や国で出回っている他のポーションに影響を与えない価格を希望します。難しいことだと理解しておりますのでそちらはできるだけで構いません。その辺りのことを私は詳しく知りませんので価格設定はお二人にお任せできませんか?」

「そ…れは…レイ様はそれでいいのですか?このポーションであれば…」

「ヴェルーノさん、それはあなたにも言えることなのでは?これを高く売りつけられる相手をたくさんご存知でしょう?」

「…それは……」

「ふふ、ヴェルーノさんは私と同じ願いを持つと感じましたが、いかがでしょうか?」


 何かを噛み締めるように目を閉じるヴェルーノさんには今、様々な葛藤があるのだろうか…その瞼の裏に何を思い浮かべているのか自分には想像ができない。

 その姿を黙って見守るクルトさんはおそらく分かるのだろうな…


「…レイ様…私は今、商人として間違った決断を下そうと考えておりますがそれでもよろしいでしょうか?」

「ええ、私は商売に詳しくありませんからそのことに気がつくことはないでしょう。ふふ」

「ふっ、ではレイ様が製作したポーションの価格は私共で決めさせていただきます。なに、悪いようにはしませんよ」


 ニヤリと笑う様はすっかり悪徳商人に見えるのにそうではないと確信できる。


「ふふ、商売人は演技が上手いと聞きますから私も騙されないよう気をつけているのですよ。素人の考えではありますが、その笑顔は信じられますね。私のポーションをどうか多くの人々に届けてくださいますようお願い致します」


 強い願いを込めて2人に深く頭を下げる。

 これは他人ひとの為に下げているのではなく、己の為だ。

 ポーションは自分の努力の結晶で、この世界に来て初めてこの手で成し遂げた私の希望だ。

 自分一人でもできることがある…ここを生き抜くことができるかもしれないと光が見えたのがあの瞬間だ。

 それを預けるにはやはり信頼できる人でなければいけない。

 もし粗末に扱われでもしたら過去の自分が涙を流すだろう。

 でもヴェルーノさんとクルトさんに託すのであれば、そんな結末を迎えることはないと確信できた。

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