20.心を込めて

 昨日は宿を取り忘れていたため森を経由し島へと帰った。


 今日から日記をつけることにした。

 その日の出来事や思い出、己の決意や感情を忘れたくないから。

 そして日記の他に絵にも残そうと決めた。

 誰と何をしたのか…どんな景色を見たのか…絵の下に思ったことや感じたことを書くのもいいかもしれない。

 朝の日課は武器や魔法の鍛錬、夜の日課は日記と絵描きとなる。

 

(スケッチブックと鉛筆が欲しいな…)


 絵は絵の具で、描くはノートかキャンバスに…だ。

 街で売られているか確認し、なければ作ろうと思う。


 そうして日記と簡素な絵を書き終えた後、ポーションや瓶、コルクの製作を始めたら夜が明けた。

 いろいろな感情がせめぎ合い眠れなかったというのもある。

 作る量が量だけに外で制作していた為、空が美しく移り変わる様を見ることができた。

 それに心が癒されたと同時に少し切なくもなるのだから夜って不思議だ。


 この身体は1週間ほど眠らなくても問題ないため1晩の徹夜ぐらいではへこたれない。

 疲労なんかは魔法で癒せるが、それでも身体が睡眠を求めてくる。

 その限界がおおよそ1週間だ。

 なので島の生活に少し慣れてきてからは週に2日ほどしか睡眠を取っていなかった。

 それほど必死だったのだ。

 今はもう夜は身体を休めようと思うのだが、島を出て尚、眠れないことが多いため結局週に2、3日の睡眠となっている。


 ポーションの制作はいつもより力が入った。

 とはいえ作り方が変わるいうことはないのだが、心持ちが違う。

 今後、私が制作したものを赤い牙レッドファングや午後の風のみんなが手に取ることもあるだろう。

 彼らが傷を治せると信じ使ってくれたときに治らなかったでは、私が彼らに絶望を与えることになる。

 それは絶対に許されない…いや、一生己を許せなくなるだろう。

 だから意味がないと分かっていても、ひとつひとつの工程に真心を込めたつもりだ。


 瓶はポーションの制作を始めて少し経った頃に作れるようになった。

 完成品を入れる瓶が足りず、自分で作れないかと書庫を探したら作り方が記された書物を見つけたのでそれを参考にした。

 例に漏れず師匠の手書きだ。

 描かれていた瓶のデザインが実に個性的だったのでそれは真似なかった。


 用意するものはこの世界で白土はくどと呼ばれる土と、砂蓮されんと呼ばれる珪砂に似た白い砂の2つ。

 この2種類を混ぜ合わせることで通常のものより強化されたガラスが出来上がる。

 それとなく地魔法で土が出せるのならば、意識すればそれらを出せるのでは?と家にあった白土と砂蓮を参考に地魔法を使うと普通に出せた。

 もしかして魔法で瓶も…?と試してみたがそちらは不発に終わった。

 理由は分からないが特に期待していたわけではないので問題ない…うん…


 ガラスを作るときは全て魔力球の中で行うので周囲に影響はない。

 まずは白土と砂蓮をよく混ぜ高温で熱し溶かす。

 次に自身の魔力を加え更に混ぜ合わせると、液体となったそれ全体に自分の魔力が行き渡ることになる。

 その魔力をゆっくりと操作すると液体もついてくるので瓶の形になるよう動かす。

 魔力操作と瓶のデザインは己の技術とセンスにかかっている。


 そうして作った瓶を冷やせば完成だ。

 冷やす際の温度も大切で、適温で冷やさないと瓶にヒビが入ったり破裂したりしてしまう。

 私の場合は氷で瓶を包むだけ。

 瓶がもつ熱が少し下がった後は冷やす温度に幅ができるが、温度が上がりすぎるのは避ける必要がある。

 そのため瓶が完全に冷えて固まるまで氷の温度に気を使わねばならないのが少し大変。


 瓶の製作は魔法や魔力操作の練習に最適で、つい大量生産してしまった過去がある。

 制作した後にコルクが必要だと気がつき、慌てて木を切り出し徹夜で削り続けたのは今やいい思い出だ。


 さて、今回は瓶のデザインを一新し大量生産した。

 今まではシンプルな形状だったが、それが人の手に渡るとなると考え物だ。

 重さを気にしてできるだけ厚みがでないように頑張った。

 これも強化ガラスだからできることだ。

 そして飲み口も少し変えた。

 横たわるコリンちゃんの口にハルト君がポーションを流す様子を見たとき、あれでは飲ませるのが大変そうだと思ったのだ。

 普通の飲み口に横半分に割ったポテチをくっつけたような形で、横になっている人の口に注ぎやすいようにした。


 新たに作ったポーションを瓶に注ぐのは簡単だったが、手持ちのポーションを移し替えるのが大変だった。

 何せ手持ちのポーションの数が多すぎたのだ…

 けれど、自分のこれまでの努力が誰かの為になると思うと苦にならなかった。

 あの苦しかった日々が無駄ではなかったと自分に言えるのが素直に嬉しい。


 手掛けたのは瓶だけではなくコルクも。

 島にもフォールの森にも多く生息する“ウツリギ”という木は、樹皮を剥ぎ空気に数秒触れるとクリーム色の肌を茶褐色に変える。

 今回はその性質を利用しポーションが未開封であることを証明することにした。

 私が作った瓶を再利用し粗悪品を移し替えられても困る。


 コルクを製作する際は樹皮を剥ぐ前に木を魔力で包み、その内部を真空状態にしてから作業に取りかかるので製作中に色が変化することはない。

 もちろん瓶に栓をするそのときまでコルクは魔力に包まれたままだ。

 栓をした後はその魔力だけを自身に戻して完成となる。


 色々考えた末、通常のコルクの下に棒をくっつけたような形にした。

 これでポーションが入った瓶に栓をすれば中身に浸る部分は空気に触れないため色が変わらない。

 棒の部分は長めに作り、中の液体が揺れ動いても全体が空気に触れることはないので安心だ。

 瓶のサイズと内容量をギリギリまで合わせているので、栓をした後コルクの下にできる空洞はかなり狭く、これならばポーションを真横にしても未開封が主張できる。


 そしてポーションを使用するには栓を抜く他ない為、そのときはクリーム色が茶褐色に変わるというわけだ。

 もちろんポーションの効果に影響がないことは確認済みだし、私が製作するポーションは透明度が高い為コルクの色の濃淡を確認するにも困らない。




 そして今はフォールの街の門前で多くの視線を受けながら列に並んでいる。

 朝日が顔を出し始めた頃、変更を加えた日課の鍛錬に精を出し、その後島から転移してきたのだ。


『れい〜、てをこうやって〜』

「はい」


 言われた通りに片腕を持ち上げ掌を上に向けると、何故か精霊たちが1人ずつ掌から肩に向かって駆け上がり始めた。


『あははは!』

『あ〜!ぼくもやる〜』

『じゅんばんこだよ!』

『おい、うえからじゃねぇぜ!ほら、こっちこいよ』


 昨日精霊たちと街中─正確には酒場だが─で話したからなのか、彼らは私に声をかけてくるようになった。

 今までは遠慮していたのかもしれない。


 最初この場で精霊に声をかけられたとき、ただ微笑んで軽く頭を下げたら途端に目を潤ませ見つめられた。

 無視したつもりはなかったのだが…

 意を決して宙に向かって“おはようございます”と返したら精霊たちは次々と声を聞かせてくれた。

 それと同時に集まった多くの視線に怯えたが、それを必死に押し殺し平然と微笑み続けた自分を褒めたい。


「あ、ちょっと動きますね」


 腕に話しかける姿は傍から見たら変人だろう。

 だが、耐えるしかない。

 この自分を受け入れると昨日決めたじゃないか!


 そう何度も言い聞かせながらようやく商業ギルドへ辿り着き、扉を開いた。

 中へ入ると空いている受付が視界に入ったのでそこへ向かう。


「おはようございます。本日は…」

「レイ様!」


 受付に座る女性に声をかけると奥から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 目を向けた先にはこちらに近寄ってくるサリーさんの姿。


「サリーさん、おはようございます。先日はありがとうございました。どうかされましたか?」

「レイ様、おはようございます。こちらこそ先日はありがとうございました。レイ様が訪ねてこられたらギルドマスターの所へご案内するよう申し使っております。レイ様のお時間を頂戴することになりますが、よろしければご案内させていただけませんか?」


(ギルドマスターが呼んでる?また何か依頼かな?)


「かまいませんよ。時間に余裕はありますから」

「ありがとうございます。では、ご案内致します」

「はい。あ、目の前でやり取りしてしまってすみません。お邪魔しました」


 はじめに声をかけたお姉さんが動きを止めたままひっそりと座っていたため謝罪をし、綺麗な所作で歩くサリーさんの後を追う。


(さすが商業ギルドの職員。動きが綺麗だ。言葉も丁寧だし、見習おう)


 コンコン


「失礼致します。レイ様をお連れしました」

「おぉ!来てくださいましたか!どうぞ入ってください!」


 サリーさんに続きギルドマスターの部屋へと足を踏み入れると喜びを乗せたヴェルーノさんがこちらに向かってきた。


「レイ様、ようこそお越しくださいました。先日は本当にありがとうございました。ささ、こちらにお掛けください」

「はい」


 先日と同じ柔和な笑顔のヴェルーノさんに促され、彼が示す高貴なソファへ腰を下ろした。


「ヴェルーノさん、おはようございます。以前は素敵な宿を紹介してくださってありがとうございました。お陰で翌日はいい朝を迎えられました」

「それは良かったです。あそこはレイ様のご希望にピッタリでしたでしょう?」

「はい。本当に素敵な宿でした。それで、ヴェルーノさんは私に用件があるようですが何か依頼でも?」

「依頼と言えばそうなのですが、以前レイ様はポーションをご自分で製作されるとお話されていましたよね?」

「はい」

「もしよろしければそちらを我々に販売してくださいませんか?もちろんレイ様に差し支えなければですが」

「なるほど。ちょうど私がこちらに足を運んだのもポーションの買取りお願いする為でしたので問題ありませんよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!!ではさっそく…」


 ガッガタッバンッ


(やはりこの人か…魔力感知で分かってたさ…)


「レイ様が来られたと聞きましたよ!どうして僕を呼んでくれなかったのですか!?」

「………」

「………」


(うるさっ!)


 髪を振り乱し勢いよく入ってきたのは、前回魔草花の買取りの際お世話になったクルトさん。

 悪い人ではないが、魔草花採取への熱量がハンパなく、それを語るクルトさんの姿にこちらが怯えるほどだった。

 額には汗が滲み肩を弾ませている様子から、どれほど急いでこちらに向かって来たのかがよく分かる。


「クルト君?」


(おぉ?すごい。笑いながら怒ってる)


 柔和な笑顔をそのままに青筋を立てるヴェルーノさんに思わず感心してしまった。


「うぅ…ヴェルーノさん…すみません…」

「大切なお客様の前ですよ?節度ある行動を心がけてください」

「はい…申し訳ございません」

「レイ様、大変失礼致しました」


 ヴィルーノさんはスッと表情を変えこちらに頭を下げた。


「いえ、お気になさらず。それで…」


 頭を上げたヴェルーノさんの隣に当然のように腰を下ろすクルトさんに戸惑う。


「クルト君?ここは私が対応しますから戻っていいですよ?」

「いえ!ポーションの件ですよね!?買取り担当の僕を差し置いてヴェルーノさんだけレイ様のポーションを見るのはずるいですから!」

「ずるいとは何ですか。レイ様がお持ちした物を買い取るのですから見る必要があるでしょう?他にもお話せねばならないこともあるのですから私が対応します」

「僕も見たいのでここに居ます」

「今日の買取りカウンターの受付当番はクルト君ですよね?下に居る必要があるでしょう?」

「大丈夫です!ミゲルに代わってもらいましたから!」

「ちょっ!ミゲル君はまだ見習いですよ!?」

「失礼致します。お茶をお持ちしました」

「サリーさん!ちょうどいいところに!いま買取りカウンターにミゲル君が座っているので誰か別の者を向かわせてください!」

「え!?かしこまりました!ギルドマスター、このお茶あとはお願いします!」


 ぽよぽよの身体を揺らしながら慌てるヴェルーノさん。

 お茶を乗せたトレーを彼に押しつけパタパタと走り去るサリーさん。

 それに見向きもせずこちらに輝く新緑の瞳を向けてくるクルトさん。

 そんな彼へ呆れた視線を送るふわふわのリス。


(商業ギルドってもうちょっと洗練されたイメージだったんだけどなぁ…)


 お堅い雰囲気よりはいいが、こちらはこちらで気が休まらず大変だ。

 だが、今思うことはひとつだけ…ミゲル君頑張れ。

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