19.希望と共に

 ディグルさんたちがそう言うのであれば問題ないだろう。


「では明日、商業ギルドに魔法薬を卸してきますね」

「ああ、助かるぜ」

「レイさんのポーションは品質がいいので僕たちも絶対に買います!」

「薬師ギルドの方が作った物よりですか?」

「僕あんなに綺麗なポーション見たことないって言ったじゃないですか」

「ああ、確かにそう聞きましたね」

「さっきオレが飲んだやつも、めちゃくちゃ綺麗だったっす」

「皆さん今その薬師ギルドが作ったというポーションを持っていますか?あればいくつか見せてもらえないでしょうか?」

「ああ、持ってるぜ…ほれ」

「ありがとうございます」


────────────────

【下級魔力ポーション】

 品質:C


 魔力を1.4割回復する。


 《材料》

  魔力…並

  魔石…品質:C

  カトレアの花弁…品質:D

  水…品質:C、水温:+4℃

────────────────


(品質Cだと!?薬師ギルドと名乗っているのに!?)


 そういえば、品質C以下のポーションを久しぶりに見た。

 こんなに透明度が低かったっけ…忘れたな。

 というか、透明感がないと言っても過言ではない。

 他のポーションも見せてもらったが全て品質Cだった。


「………」

「レイさんどうした?」

「いえ、冒険者の方はポーションを購入する際、品質を選んで購入されるのですか?」

「ああ、一応な。並んでるやつのなかから透明度が高いのを選ぶのが普通だ。それによって効果に差が出るって言うからな。あまりそれを感じたことはねぇが、念の為な」

「そうでしたか…」


 この4人は高ランク冒険者。

 おそらくいい物を見極める目を持っているはずだ。

 場合によっては命を預けるはずの物を雑に選んだりはしないだろう。

 効果に差が出ると分かっているなら尚の事。

 ここにあるポーションはおそらくお店のなかで上位に位置する品質の物だと考えられる。


 そして、ディグルさんの様子を見るに高品質のものを使ったことがなさそうだ。

 となると世に出回っているポーションの多くは品質が良くない…高くても品質Bだろう。

 つまり単純に薬師ギルドの腕が悪い…


「あの…よろしければ皆さんが持っているポーションと私が作ったポーションを交換していただけませんか?」

「ん?なんでだ?別にいいが」

「こちらにあるポーションは全て品質が良いとは言えないものです。おそれながら私が作るポーションの方が効果は高いのです。下級魔力ポーションで言えばこちらが1.4割の回復量、私の作ったものであれば2割の回復量となります。えっと…なので交換していただければと…」


(自分で言っといてなんだけど、0.6割の差はあまり大きな差ではないかもしれないな…)


「へぇ、そんなに違うもんなんだな」

「魔力回復したいときって大抵ヤバい状況だからすっごい助かるね!それ!」

「え?他のやつもそんなに効果に差があるっすか?」

「はい。回復ポーションで言えば、同じ下級でも5本の切り傷しか治せないものが15本ほど治せるようになったりだとかですね」

「ヤバいっすね、それ。同じ量飲んでそんな違うんすね」

「それだと随分助かるわね。中級や上級になれば尚の事…少しの差が大切になってくるものねぇ」


(冒険者にとっては小さな差が大きな差となる…か…そうだよね。うん、よかった。検証を重ねた日々は無駄ではなかったんだ…)


「で?レイさんはなんで交換したいんだ?そりゃ俺たちは助かるがレイさんには損じゃねぇか?」

「そっすねぇ、オレらにはいいことしかないっすけど、レイさんにはなんの得もないっすよ?」

「いえ!こんな品質の悪い物を持って皆さんが戦いに出ていると思うと心配でたまりません!ぜひ交換してほしいのです!」


(品質悪いって言っちゃった!でも嘘じゃない!こんなものに命を預けてほしくない!私みたいな変な奴の話も真剣に聞いてくれるいい人たちだから!)


「俺達を心配してか?」

「はい。コリンちゃんが負った傷を全て治すにはこちらのポーションでは無理だったはずです。それを分かってそのままにしておくなど嫌なのです…あ!なんでしたらここで効果を直接お見せし…」

「いや、その必要はない。レイさんは信じられる。わざわざ見せなくていい」

「え?……あ…ありがとうございます」


 信用してくれるの?

 たった2回しか会っていないのに?

 自分は精霊が見えるからある程度人の善悪を判断できる。

 でも、みんなは違うはずだ。

 こんなよく分からない非常識な人間を信用してくれるというのか…

 そうか…よかった…皆が嬉しそうにしているのはどうか見間違いでありませんように…


「ありがとうございます。そう言ってくださって嬉しいです」


(はぁ、よかった…品質Cでは本来治せるはずの傷も治せないしね…)


 ハルト君たちはあのときコリンちゃんの傷が治ると信じポーションを使ったはずだ。

 その先で治らなかったら待ち受けるのは悲しみなんて軽いものではなかっただろう。


「ふっ、さっき少し聞いただけでもレイさんが真剣にポーションと向き合ってきたって分かるぜ。それに自分は関係ねぇのに街の現状聞いて怒るような人が信用できねぇわけねぇだろうが」

「そうっすよ。よく分かんない本でも諦めずに作ってきたんすよね?マジすごいっすよ。レイさんのポーションなら信じられるっす」

「あたいたちを心配してくれるなんて嬉しいよ!レイさんのポーションなら安心だもん!これからばんばん戦えるね!」

「ふふふ、そうね。私たち冒険者にとってとても大切なものだもの。どうせならレイさんが作ったものに身を任せたいわ」

「…ありがとうございます。少しでも皆さんのお役に立てたら嬉しいです。ふふ。ではこちらと交換をお願いします」


 さすが高ランク冒険者だけありポーションは一通り揃えているようで結構な数がある。

 そのどれもが透明度が低く、自分が作ったポーションとの差は歴然だ。


「ほわぁ、めっちゃ綺麗だねぇ!」

「こりゃすげぇな!こんなに違うのか!」

「改めて見るとめっちゃ透明っすね!」

「ポーションって綺麗なものだったのねぇ。なんだか使うのがもったいないわ」

「並ぶと余計にすごいですね!絶対に買わなきゃ!」

「へぇ〜ポーションとは思えないね!あたしこれ飲んだのかぁ」

「ほんと綺麗だね」

「うん。宝石みたい」


(へへへ、照れるな)


「ふふ、頑張ればいけました!」

「ぷっ、またそれぇ?きゃはははは!」

「レイさんあざっす!オレたちを心配してこんな凄いやつ渡してくれて!」

「ほんとほんと!レイさんありがとう!」

「いやぁ、ほんとすげぇわこれ。ありがとな」

「大切に使うわね。ありがとうレイさん」

「はい。どういたしまして」

「ふふ、レイさんはいい人ねぇ」

「そうだね〜」

「いえ、そんなことはないと思いますが…さすがにこれを見せられたらちょっ…と…ふっ……」


 テーブルに顔を伏せ、込み上げる笑いを抑える。

 ダメだ、笑ってはいけない。

 これで助けられた人は多くいるはずだ。

 薬師ギルドの彼らもまた努力に努力を重ね、血反吐を飲み込み作れるに至ったに違いない。

 その努力の結晶を笑うなど人として最低だ。

 そんな最低な人間に自分はなるのか?

 彼らがどんな努力をしてきたのか想像するんだ…頑張れ!


「れ、レイさん?」


 ほら、ターセル君が心配している。

 起き上がるのだ!


「ふっ…ふふ…」


 ダメだ!我慢しろ!


「…ふはっ…」


 無理だ…いや、諦めるな!!


「あはははっ…」


 ダメだったあぁぁぁぁ!!!


「レイさんどうしたんですか?」

「ふふ…ふ、た、ターセル君、これ全部品質Cなんですよ…ふふ…」

「え…?それってレイさんが森で言ってた…ちなみに1番下のランクはなんですか?」

「…Eですね…っ…」

「E、D、C、B、A、S………中の下…」

「あは!ふ、た、ターセル君やめてください…それツボです…ふふっ」


「お、おい、ターセルどういうことだよ?レイさん壊れちまったぞ?」

「うん。…ふ…ふふ…本来ポーションの品質は目で見て透明度を確認するけど、レイさんは明確に分類できているみたいなんだ。鑑定を使っていたんだね。そして品質が高いほど効果も高い…」

「で、こっちのやつが品質Cか?効果が低いってこと?」

「うん、そうみたい。しかも全部ね。ランクで言えば中の下だね」

「ははっ、た、ターセルく…ん…やめて…ふふっ…」

「じゃあ、あいつらはあんなに偉そうにしてるくせに中の下しか作れないってことっすか?」

「ははっ…も、やだ…」

「はい。ここにある全部が品質Cということは、そういうことなんだと思います」

「………」


「…ぷっ…なんすかそれ…くくっ…」

「ぷふっ…え?ほんとに?っ…きゃはははは!」

「…だめよっ…笑っちゃ…っ…」

「そういう…くっ…お前だっ…笑ってるだろ…ははははは!」

「ふはっ…いや…っ…はははは」

「あはははは!なんですかそれ?…ぷふっ…」

「ふふっ、ふ…ふはっ…」

「だ…だめですよ…っ…笑うのは…中の下でもっ…ポーションはポーション…ですから…くくっ…」

「た、ターセルくん…や、やめて…ふふっ…」




***




「私は最低な人間です。人の努力の結晶を笑うなど…ましてや私は薬師ギルドに苦しめられているわけでもないのに…」


 今テーブルに突っ伏し落ち込んでいる。

 見下げ果てた人間となってしまった己を誰か殴ってくれないだろうか…


「いや、そんなことねぇだろ。あれは笑うしかねぇよ」

「ていうかあの人たち努力してないよ?絶対」

「そうっすよ。あんだけ威張っといて中の下しか作れないんすから普通に笑うっす」

「レイさんが作ったポーションを見た後だもの。余計に笑っちゃうわよねぇ」

「…っ…ふっ…」


 テーブルの上に置かれたヴィンスさんの手をガシリと掴む。


「ちょっ…なんすか!?」

「…こ…これ以上…っ…笑わせないで…ください…ふっ…」


 未だ顔はテーブルに伏せたまま、再び込み上げてきた笑いを必死に抑える。


「わっ、分かったっすから手離してくださいっす!」

「すみません」


 パッと手を離し深呼吸で自身を落ち着かせ、身を起こした。


「はぁ…ヴィンスさんすみません。痛かったでしょうか?」

「い、いや大丈夫っす」

「ぷっ…あんた顔赤すぎ〜」

「うっせぇっすよ!?」

「え?大丈夫ですか?冷やしましょうか?」

「大丈夫っす…ちょっと酔っただけっすから…」

「そうでしたか。必要でしたら言ってくださいね?ほら私、先ほどお話した通り手の温度を自在に変えられますから」

「ぷふっ…あんたレイさんの手で冷やしてもらったらー?」

「〜〜〜っリーダー!ちょっとその腕借りるっす!!」

「なんでだよ!?」


 またヴィンスさんはディグルさんの二の腕に突っ込みスーハースーハーしている。


(なんだ?この2人はそういう関係なのか?そうか、ではヴィンスさんの手を握ったのはディグルさんにも失礼だったかもしれない)


「ディグルさん、申し訳ありませんでした」

「なんだ急に?何に謝ってんだ?」

「いえ、恋人の手を私が握ってしまったようなので…」

「はぁ!???」

「きゃははは!うける〜」

「ふふ、レイさんおもしろいわ」

「ぷふっ」

「ちょっとハルト笑っちゃダメよ…っ…」

「なんでオレがリーダーの恋人になってんすか!???」

「え?違うのですか?あ、夫婦でしたか?」

「ありえないっす!勘弁してくださいよ!!」

「なんで俺がこいつと付き合わなきゃいけねぇんだ。気持ちわりぃ…」


(あら、違ったようだ。それじゃあ、ヴィンスさんはあれか?匂いフェチ?なるほどね)


「そうでしたか。てっきり…」

「ぷふっ…レイさんおもしろすぎ〜」

「えぇ…?おもしろいこと言いました?私」

「なんであれ見て恋人って思うのさ。ぷふっ」

「エマ!?笑いすぎっすよ!?」

「勘弁してくれよ…」

「ターセル君はあれを見て恋人って思いませんか?」

「え?僕ですか?お、思わないです」

「リサちゃんもですか?」

「え?私?はい。思わないです。普通に…」


(えぇ?思わないの?あ、そっかみんなヴィンスさんが匂いフェチって知ってるのか)


「なるほど。私はまだ皆さんと知り合って間もないですものねぇ」

「なんでオレ生暖かい目で見られてんすか?」

「いえ、これから皆さんのことを知っていけたらいいなと思っていただけです。ふふ」

「…そっすね……」

「ぷ、また赤くなってるし〜」

「うっせぇっすよ!?」

「ふふ、そうねぇ、私もレイさんのこともっと知りたいわ。これからもよろしくね?」

「ええ、どうぞよろしくお願いします。ふふ」

「あたしもー!レイさんと仲良くしたいです!」

「もちろんです。コリンちゃんもよろしくお願いしますね?」

「あたいもあたいも〜!っていうかもう友達だよね!?」

「あ!俺も俺も!レイさんおもしろいですから!」

「わ、私もこれからもレイさんとお話したいです!」

「僕ももっとレイさんの話し聞きたいです!」

「ふふ、ええ、皆さんよろしくお願いしますね?私、初めて友人ができました。とても嬉しいです。ふふ」

「「「「「「「「……………」」」」」」」」


(あ、また言葉間違えた…くそっ!この口か!?余計なことを言うのは!!)


「えっと…クリムボア食べてもいいですか?」


(もうやめて…その目で見るのは…なんか泣いてる人いるし!)


「レイさん…っ…これからオレたちと楽しいこといっぱいするっすよ」

「本当ですか?ヴィンスさん、楽しいことたくさん教えてくださいね?ふふ、考えるだけで眠れなくなりそうです」

「………」

「違う意味に聞こえるのはあたいだけかな?」

「いえ…どうかしらね…ヴィンスは違う意味に聞こえたみたいよ?」

「無自覚ってこえぇな」

「俺自分がけがれてるんだって気づきました…」

「いや、うん、あたしもかも…」

「私も…」

「僕も…」


(楽しいことかぁ。いいね!誰かと何かするって考えたことがなかったもんね)


「レイさん、もうちょっと自覚した方がいいっす…」

「え?何をでしょうか?」

「いや、なんでもないっす…」

「あ!クリムボア食べてもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだな。食うか。少し冷めちまったが、まぁ旨いだろ」

「それなら私が温め直しますね!」


 そういうのは得意だ!

 食材を温めるには火魔法ではなく風魔法を使用する。

 火だと表面を炙るだけになってしまうからだ。

 風魔法による温風が料理全体をゆっくりと通り抜けるように発動する。

 通り抜けた先でその風を消すことも忘れずに。


「「「「「「「「……………」」」」」」」

「これで中まで温かくなったはずです」

「驚くのって疲れるんすよ…」

「うん。そうなんだよね」

「レイさんは何でもできるのねぇ」

「はぁ…突っ込むのも疲れるんだぜ?」

「レイさん!今何したんですか!?」

「クリムボアに温かい風をゆっくり通しました」

「へぇ!?すごいですね!?俺も風魔法使えるけど、そんなことできないです!」

「風魔法は特に調整が難しいですものねぇ」


(実態がないからね。でも魔力操作に比べれば10倍…いや、78倍簡単だ)


「カレンできるか?」

「できないわねぇ。どの技を使っているのかしら?というか風の温度なんて変えられるのねぇ。知らなかったわ」


(技って何!?知らないそんなの!師匠!?書いてなかったよ!??)


「………クリムボア食べてもいいですか?」

「「「「いやいやいやいや」」」」

「ほら、皆さん驚くのに疲れたようですし、もう諦めましょう?ね?私のせいですけど」

「はあぁぁぁぁあ、それもそうだな。本人に言われるのは癪だがレイさんのことで驚くのはもう馬鹿らしいぜ」

「…そうっすね…うん…それでいいっす」

「本人に言われるのはあれだけど、あたいもそれでいいや…」

「それもそうねぇ。お料理取り分けましょうか」


(うんうん。それがいいと思うよ。というか早くクリムボア食べたい)


「俺もさっきのできるようになりますか!?」

「んー、他の方がどのようにして魔法を使用するのか知りませんのでなんとも言えないですねぇ」

「そうですか…」

「それに先ほどの魔法はあまり攻撃性がありませんよ?」

「いや、寒いときとか、みんなをあっためれるかなぁって」

「あぁ、なるほど。ハルトくんらしい使い方ですね」


(んー、攻撃性がない風の温度を上げるだけでいけそうだけど…)


「ちなみにそよ風程度の技はあるのですか?」

「えっ?」

「え?」

「レイさん、風魔法使えんのに技知らないっすか?」

「………」


(知らんがな!…ほ、ほら…あれだよあれ…あれな…)


「…や、やだなぁ、知ってますよ。ほら…ね、ねっぷうとかね…うん…あ、相手の身体の10割に火傷を負わせますよね?うん…」

「…ねっぷう……俺それ知らないです…」

「あたしも初めて聞いたよ…」

「なんかかわいいね。名前は」

「うん、僕もそう思うよ。名前はね…10割……」

「全身じゃねぇかそれ…もういいだろ…驚くのは辞めたはずだ」

「そっ……すね…オレだって驚きたくないっすよ?」

「あたいらのことどうしたいわけぇ?」

「ふふ、おもしろいわぁ。はい、これレイさんの分ね」

「あ、ありがとうございます。おいしそーだなー」

「「「いやいやいやいや」」」

「何カレンまでそっち側行ってんだよ!?」

「戻ってくるっす!早く!」

「カレン離れて行かないでぇ…」


(ちょっと失礼じゃないかぁ?私に)


「ふふふ。ほらみんなも食べましょう?」

「はぁ…食うか…」

「そっすね…体力削られたっすからね…精神もっすけど…」

「うん、もうどうでもいいや〜。あたいお腹空いたぁ〜」


 何はともあれようやくクリムボアを食べられる!

 ふぃ〜長い道のりだった…ぜ……


 ……………


 ………


 ……


(…食べにくい…非常に食べにくい……)


 口へ運ぼうと動かした手を止めフォークに刺さるクリムボアを見つめる。

 まだ一度も口に入れていない為、味やにおいが原因でそうしているわけではない。


「あら?レイさん食べないの?苦手だったかしら?」

「いえ、私のことはお気になさらず召し上がっていてください」

「そう?」

「はい。味などの問題ではありませんので、本当にこちらは無視してくださってかまいません。ちょっとこれから話すことは独り言なので気にしないでください」


 クリムボアが乗った自分の皿へ視線を向け、眼前の光景を見つめる。

 色とりどりのかわいい精霊たちが皿を囲い覗き込んでいるのだ。

 自身が持つフォークの先に集まる子たちもいる。

 黒いトカゲとその背に乗る赤色の男の子は仲良しさんかな?

 2人?とも森からずっと着いてきていることには気がついていた。


(…はぁ…仕方ないか。もう変人だと思われたっていいさ…いや、もう思われてるか…はは…あれ?泣きそう)


「み、みなさんも食べますか?」


『たべる〜』

『いいの!?やったぁ〜』

『せいれいおうさまがね、ひとのものをかってにたべてはいけないよっていうの!』

『でも、れいがいいっていうならいいんだよね!?』

『かってにじゃないもんね』

『はやくはやく〜』

『あ!えーるかってにのんじゃった!』

『おれもだ!ごめん!』

『ほんとだ…れい、おこる〜?』

『だめだったよね?』

『ボクもノンダ』


「い、いえ、飲むのはかまいませんが、一言声をかけてもらえると助かります。それと私の分だけですよ?他の方のはダメです。それをお約束してくださるのであればこれからも飲んでいいです」


『わかったぁ〜』

『おれやくそくまもれるぜ!』

『ヤクソクマモル』

『れいはやさしいからすき〜』

『おにくたべる〜』

『れいのまりょくいり〜』


(あぁ、そうか。私が魔法で温めたから魔力が入ったのか…くそっ!結局自分のせいか!…視線って集まると痛いんだね。ひとつ学んだよ…はは…ポーションで治せるかな?この痛み…)


「すぐに切り分けるので少し待っていてくださいね」


(何人分だろう?えっと……20くらい?多いな………このナイフ切れ味悪すぎ!)


 お肉を切り分けようとナイフを通すも滑りが悪い。

 もうめんどくさいので風魔法で切り分けることにした。


「はい、どうぞ。1人1個ですよ?」




***




《ハルト視点》


 レイさんが突然動きを止め皿に乗るクリムボアに話しかけた。

 皆驚き目を向けるもレイさんはこちらの様子を無視し、何やら話している。 


「レイさん壊れたっすか?」

「いや、ちげぇだろ」

「精霊さんとお話をしているのではないかしら?」

「「「「「「え?」」」」」」


 マジか…そんなことできるの?

 いや、ありえるなこの人なら…


「なぁ、やっぱりあれ精霊複数見えてねぇか?」

「そうねぇ、もしかしてとは思っていたけれど“みなさんも”と言っていたものね」

「そんなことありえるの?」

「複数の精霊と話してるってことっすか?」


 確かにあの感じは…え?見えても1体じゃないの!?

 複数見える?複数と話す?

 そんなことできないよね!?普通は!!

 あ、普通じゃないかこの人は…


 視線をレイさんに戻すとせっせと肉を切っていた。

 と思えば手を止め、いきなりその肉が等分に切り分けられた。

 何事だ!??


「え!?なんすかあれ!?カレン!?」

「さぁ、分からないわぁ。おそらく風魔法なのでしょうけど…」

「器用ってレベルじゃねぇな。いや、特級ポーション作れるんだったか」

「でもあれ鑑定使ってるからでしょ〜?」

「あら、レイさんは体内の魔力がどれだけ減ったか正確に分かるのでしょう?普通無理よ?」

「それだけ魔力に敏感なら扱いもうまいだろうな」

「…びんかん……」

「あんた何考えてんの?変態」

「ち、ちがうっすよ!?」

「ぷっ、慌ててやんの〜」

「うっせえっすよ!?」


 いやいやいやいや、ヴィンスさん?

 あの風魔法の技術にもっと驚こうよ!

 え?違うの?そこはどうでもいいの?


「あれ?食べないのですか?こちらの子は食べていますし味に問題はないと思いますよ?ね?」


 肉と皿の横を交互に見るレイさん。

 皿の上を見るといくつかの肉が消えていた。

 そうか、精霊は隠れるのが上手ければ隠すのも上手いのか。

 なるほどね…すごいな!!!


「な、泣かないでください。大丈夫です。私がなんとかしますから。ね?少しお待ちください」


 レイさんが慌てている…かわいいな。

 少し考え込んだかと思えば、昼にコリンたちが借りた木の器を鞄から取り出した。

 そんなもの何に使うんだ?器なら店にも…


「「「「「「「え!?」」」」」」」


 なになになになに?

 いきなり木の器が15?等分に縦に割れた。

 かと思えばレイさんは木片を左手でひとつ摘み、縦に持つそれに向かって右手の人差し指をゆっくりと動かし始めた。

 すると徐々に木片が削られると同時に、木屑が1ヶ所に集まっていく。

 周囲に影響を与えないその細やかな魔法の扱いや気遣いに驚くよりも先に、片目を閉じたレイさんの真剣な表情に思わず喉が鳴った。


 ゴクリ


 これは俺の音じゃない。

 音の鳴った方へ顔を向けるとヴィンスさんは顔を赤らめ、口元を手で覆い隠しつつも視線はレイさんに縫い止められていた。

 気持ちは分かるが見すぎだ。

 というか今気がついたが、ヴィンスさんの席はレイさんの右斜め前。

 冒険者ギルドでもその位置だった…そういえば、わざわざ椅子を運んでいたな。

 なるほどね…少しでも近くで見たかったのか、もしくはそばに居たかったのか…

 あのとき俺たちに声をかけてきたのは他への牽制も含まれていたのかもしれないな。


 なんて考えているうちにレイさんは小さな小さな木製のフォークを完成させていた。


「…ふっ…んー、あ、まだ少し待ってくださいね。このままでは危ないので…」


 レイさんが最後に息を吹きかけ、わずかに残る木屑を払った。

 やばい…その小さな息の吹き方はやばい…

 俺もヴィンスさんのように口元を手で覆ってしまうほどだ。

 間近で見たヴィンスさんは大丈夫か?

 まぁ、そっちはそっちで頑張ってくれ。


 俺が色々耐えている間に、完成したと思っていたフォークが少し丸みを帯びていた。

 そうか、持ったとき、口に入れたとき、怪我をしないように…

 そこまで考えられるのか…すごいな…


「んー、少し手触りが気になりますね…えっと…」


 それ以上があるのか?もうそれで充分だと思うけど…

 レイさんが鞄から取り出したのは細い筆と透明な液体が入った瓶。

 筆先をちょんと液体につけ、掌に乗せたフォークに滑らせる。

 おそらく風魔法で乾かし、裏側も同じように仕上げていく。


「……ふぅ…どうぞこれを」


 レイさんが少し艶のある小さな木製のフォークを宙に差し出すとそれが消えた。


「ふふ、使ってみてください………いかがでしょうか?」


 そうか、手で食べるのを泣いて嫌がる精霊のためにわざわざ作ったのか。

 すごいってもんじゃないな…


「今皆さんの分も作りますね?少しお待ちください」


 そうして小さな小さなかわいらしいフォークを作り上げていくレイさんはやっぱりレイさんだと思った。

 今にも消えそうな姿なのに、強くて綺麗で優しい。


 レイさんがこの店に来てから口にしたのはエール2口だけ。

 あんなに食べたそうにしていたクリムボアも、おいしいと言ったエールもそうやって当たり前のように誰かに与えられる人なんだ。

 ちょっと…いや、かなり変わった人だけどやっぱりレイさんはお人好しだ。


「ふふ、よかったです。おいしいですか?」


 ほらね、嫌そうな顔なんてひとつもない。

 朗らかで慈愛のこもった目を持つ素敵な人だ。


「あ、フォークあまっちゃいました……どなたかいりますか?っていらないです「欲しいっす!!」…よね」


 ふっ、ヴィンスさんそう言うと思った。


「え?あ、いりますか?けっこう小さいですよこれ?使い道が…」

「いるいる!いります!!」

「そうですか。冒険者をしていれば役立つことがあるかもしれませんものね。目潰しとかに…」


 ヴィンスさん必死すぎるだろう。

 ん?今なんて言った?


「そうそうそうそう!目潰しとかに使うっす!!」


 いいのかそれで!?

 平気で敵に目潰しくらわす人だと思われるよ!?

 ていうか、レイさんその発想なに!?


「では、どうぞ。これでヴィンスさんの身が少しでも守られるのであれば嬉しいです」


 あーあ、また鼻血か。

 手が触れた状態でその笑顔…仕方ないか…


「ヴィンスさん!?また鼻血が!?どうしましょう!あ、ポーションいりますか!?えっと…」

「ちょっ…れ、レイさんちょっと離れてくださいっす…」

「ふふふ。レイさんはやっぱりレイさんね」

「ふっ、そうだな。見てて飽きねぇわ」

「ぷっ、きゃはははは!さすがだね!レイさんは!」

「レイさんはレイさんですね。かっこいいです」

「あはははは!レイさん優しすぎ!」

「憧れるね。ああいう人になりたいね?」

「うん。いろんな意味で綺麗な人だね…」


 そうして不思議で楽しい食事会は夜遅くまで続き、レイさんは森へと帰って行った───ん?

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