17.魔法薬の使い方

「泣いてしまってすみません」


 今は濡れたおしぼりを目に当て冷やしているところだ。

 本当は腫れた目を魔法で治すこともできるけど、今はみんなと顔を合わせるのが恥ずかしい。


「ふふ。いいものを見れたわ」

「レイさんは涙も綺麗なんだな」

「ふふ、なんですかそれ?」

「めちゃくちゃ綺麗だったよ。涙もレイさんも」

「心が綺麗ってこういう人のこと言うんだなって思ったっす」

「うん、レイさんはやっぱりレイさんだった!」

「あはは!ハルトなにそれ!」

「ふふ、でも分かるよ私。ハルトの言ってること」

「うん。レイさんはレイさんだった」


 また涙がこぼれそうになるのをおしぼりで無理矢理押さえる。


「…ふぅ…やめてくださいよ。また泣いちゃいます…うわっ」


 おしぼりを外して皆を見ると、ヴィンスさんがそれを手から奪い目に押しつけてきた。


「その顔マジでやばいっす」

「え?え?」


 空いた手をどうすればいいのか分からず思わずヴィンスさんの腕を掴む。


「危険だわ」

「うん、警戒を強めないと…」

「レイさんお願いだ。まだそのままでいてくれ」

「えっと…分かりました」


 よほど酷い顔をしていたのだろう。

 黙ってヴィンスさんの腕をさすりながら皆が許すのを待つ。


(あ、確かにすべすべだ)


「レイさん…ちょっとそれやめてくれないっすか…」

「え?あ、ごめんなさい」


(変態だと思われる!)


 慌ててヴィンスさんの腕から手を離したがこの手をどうすれば…いや、普通に下に置けばいいのか。




***




《ハルト視点》


 大人しく手を下ろしおしぼりが離れるのを待つレイさんはやっぱり小動物に見える。

 ヴィンスさんは顔が真っ赤だ。

 こっちはこっちでかわいいと思ってしまった。


「あの、もうよろしいのではないでしょうか?」

「…そっすね…」


 ゆっくりと外されるおしぼりの向こうから目元を赤く染めたレイさんの顔が現れた。


「「「「「「………」」」」」」


 色気がヤバい。

 目を伏せ照れるその顔を他人ひとに見せてはいけない!絶対に!

 このままではこの小動物のような精霊が襲われるぞ!

 バッ!とディグルさんに目を向ける。

 視線がぶつかった俺たちは強く頷き合った。


「あの…すみませんでした。せっかくのお食事なのに…」


 やめてくれ!その顔で眉を下げるな!

 上目遣いをするな!食われるぞ!?


 目前で直視してしまったヴィンスさんは鼻を押さえ顔を横に向けている。


「あんた鼻血でてるよ」

「不可抗力っす」

「そうね。それは仕方がないことよ」

「とりあえず拭け」

「え!?ヴィンスさん、大丈夫ですか!?」


 今まさに大丈夫じゃなくなった。

 その顔で下から覗き込むのはかわいそうだ。

 おろおろする姿もまたかわいいが、今のヴィンスさんには毒だ。

 ほらまた鼻血が流れ出てきた。


「どうしましょう!?」


 かわいいなぁ…じゃなくて!

 誰か助けてあげないの?

 ちらりと他の面々に視線を向けると皆エールを片手に談笑していた。

 なんでだよ!?仲間だろ!?見捨てるのか彼を!!


「ターセル君どうしましょう!?」

「え?え?僕ですか?」


 たまたま近くに座っていたターセルが餌食となった。

 ごめん。俺も仲間を助けてやれない。

 はは…俺は無力だ…


「あ、私ポーション持ってました!ちょっと待ってくださいね…!あ!病かな?怪我かな?ヴィンスさんどっちですか!?」


 ほらそうやってまた腕を掴むから…


「れ、レイさん、離れてくださいっす…」

「はい!」


 シュタッと言われた通り後ろへ下がるレイさんの動きが速すぎて目で捉えられなかった。

 そんなとこで能力を発揮しなくても…


「ヴィンスさん、大丈夫ですか?」


 あーあ、かわいそう。

 ヴィンスさんが下を向くからレイさんはしゃがんで見上げるしかない。

 その小動物を作り上げたのはヴィンスさんだ。頑張ってくれ。


「ターセル、こっち来いよ。エール飲もうぜ」

「え?う、うん。いいのかな…」


 いいんだ…俺は仲間を救うので精一杯なんだ。

 ヴィンスさんも許してくれるさ。




***




 ヴィンスさんの鼻血が止まらない。

 ポーションはあるけど、治癒ポーションか回復ポーションどちらを使えばいいのか分からない。


「……どうしましょう」


 収納から取り出した2つを交互に見つめる。


「レイさん、もう大丈夫っす」


 聞こえた声にぱっと見上げればこちらに掌を向けて立つヴィンスさんがいた。

 その手が邪魔でしゃがんだ姿勢のまま身体を横に少し傾けヴィンスさんの顔を覗き込む。


「うっ…」


 また鼻を押さえ始めたヴィンスさんの姿に慌てて立ち上がり駆け寄った。


「やはり大丈夫ではないですよ!?無理はしないでください!ポーションどちらを飲みますか!?」

「か、回復ポーションっすかね…?」

「はい!どうぞ!」

「あざっす…」


 美しく輝く赤色の回復ポーションをヴィンスさんに手渡す。


 私の最高傑作だ。必ず効くと信じてる。

 両手を胸の前で強く握り合わせながらポーションを煽るヴィンスさんを見つめた。


(効いてくれ!お願いします!)


 強い赤色の光が徐々に弱まり現れたのは、驚愕の表情で固まるヴィンスさんの姿。


「ゔぃ、ヴィンスさん?効きませんでしたか?」


 泣きそうだ。最高傑作だと思ったのに…

 どうしよう…あとは復元魔法を使うしか手は残されていない。

 でも氷魔法でも珍しいのに…いや、そんなことを考えている場合ではない…


「れ、レイさん?これなんすか?」

「え?回復ポーションです」

「中級…いや、上級っすよね?」

「いえ?特級回復ポーションです」

「「「「「「「「なっ!!!」」」」」」」」

「え?え?」


 突然皆が一斉にこちらに顔を向け動きを止めた。


「あの…これ以上のものは持っていなくて…エリクサーの材料は全部見つけられていなくて…ごめんなさい!」


 最高傑作だなんて自信を持っていたくせにダメだった。

 そんな自分が不甲斐なくて頭を下げた。


「いや、え?なんで謝ってるんすか?」

「え?だってそのポーションではヴィンスさんに効果がないようなので…助けられなくてごめんなさい…です」

「いやいやいやいや、違うっすよ!?」

「…?」

「リーダーこの人どうすればいいっすか!?」

「お前の責任だ」

「えぇ?こんなの想定外っすよ…」

「それじゃあ、あまりにもヴィンスがかわいそうだわ。レイさんこちらに座って?」

「はい」


 言われた通り自分の席へ腰を下ろす。

 ヴィンスさんはディグルさんの隣へ椅子を引きずり運んだかと思えば、逞しいその人の二の腕へ顔を押しつけ黙り込んでいる。


「ヴィンスさんは大丈夫でしょうか…」

「ええ、あれはほっときましょう」

「カレンさんがそう言うのであれば…」


 ちらりと視線を向けた先ではヴィンスさんが何度も鼻から息を吸っては吐いてを繰り返していた。


「リーダーの汗臭い身体が役に立つ日がくるとは…いだっ!」

「っ!?」

「大丈夫よほっといて」

「は、はい」

「で、だ…」


 ディグルさんが改めて姿勢を正し、正面からこちらを見据える。


「レイさん…無理に答えなくてもいい。あのポーションはどこで手に入れた?」

「え?私が作ったものです」

「は?」


(なんだと言うのだ…ただの特級ポーションだよ?はっ、もしかして何か不純物が!?)


「すみません。何か不純物が入っていましたか?確かに品質を確認したと思ったのですが…ヴィンスさん申し訳ありません。まだありますので今そちらをお渡ししますね?えっと…」

「待て待て待て待て」

「え?」

「まだあるのか?」

「はい。上級ポーションほど多くは持っていませんがまだまだあります」

「まだまだ?」


(え?“まだまだ”は“まだまだ”でしょ?もしかして言語が違う?そういえば考えたことがなかった。なんで気がつかなかったんだ!)


「すみません。私が使う言語と少し違うのでしょうか?まだまだはえっと…たくさんありますだと伝わるでしょうか?」

「いやいやいやいや、なんでそうなる!普通に言葉通じてるわ!」

「え?通じてる?」

「…なんかレイさんめっちゃズレてるっすね」

「うん。おもしろいけどさ」

「え?」


(通じてんかい!それじゃあ何に驚いてるのだろう…?え?ズレてるって何?)


「単刀直入に言うぞ。俺は特級ポーションを作れる人を知らない」

「………え!?」


 まさかまさかである。

 自分は本を読みなんとか作れるようになった。

 いや、その本は師匠の下手くそな字のせいでもはや暗号だったが…

 それでも読んで学び、自分で検証を重ね作れるようになった。

 この世界の人ならば師に教えを乞い簡単に作れるようになるのではないだろうか?

 私の場合はその相手がいなかったから苦労しただけで…


「あの、それは素材の入手が難しいからでしょうか?」


 その可能性はある。

 険しい山の頂上付近、地下深くにある地底湖、獰猛な魔物の角…


「いや、そうじゃない。素材ももちろん簡単に集めることはできない。だが、それ以前に作れないんだ」

「作れない?なぜ?」

「単純に作るのが難しいからだ」


 作るのが難しいから…なるほど、それはよく分かる。

 水温、水量、素材の分量・品質、魔力量、そのどれもがわずかにズレるだけで失敗につながる。

 けど、作れないわけではない。

 頑張ればいけた!


「私は頑張ればいけました!」

「………」


(あ、この顔見たことある。“足速いので”って言ったときと同じだ)


「あ、あー、俺達はポーションを作れねぇ。だからその難しさがよく分からん。皆が難しいと言う理由はなんだ?」

「はい!水温、水量、素材の分量・品質、魔力量、そのどれもがわずかにズレるだけで失敗につながります」

「そんなにか?」

「はい。まず水温は0.1℃単位です。製作中は一定の温度を保つ必要があるため変化した瞬間を見逃さず、元の水温に戻さなければいけません。水量は1滴単位ですし、素材の分量も0.1g単位。品質はもちろん最高品質のものに限ります。1番難しいのは魔力量ですね。計量ができないため体内からどれだけ減ったかで確認する他ありません」

「……それを頑張ればいけた…と?」

「はい!頑張りました!」

「………」

「あ!」


 ちょっと待てよ…みんなは鑑定を使えないんだった…

 そうなると何で計量するのだろう?天秤?

 というか、本にはgって書いてあったけど通じてる?

 待って…もしかして師匠の字が下手すぎて読み間違えてるかも…


「どうした?」

「皆さんは物の重さを何で計量しますか?」

「は?」


(あ…絶対非常識なやつだと思われた…)


「いえ、他の方と作り方やそういった計量の仕方に違いはあるのかなと思いましてね。重さの単位なども違うのかなと…」

「あぁ、なるほどな。普通は天秤じゃないのか?単位もレイさんと同じだろうぜ。わざわざ変える必要もないだろう」

「なるほど…それでは特級魔法薬を作るに並大抵の努力では足りませんね」


 うんうんと頷いていると皆の視線を感じた。


「ん?」

「その皆は作れない物をなぜレイさんは作れるんだ?」

「………」


(確かに!そうなるよね!?何て言おう…)


「えっと…頑張ったからです!」


(だよね、知ってた!その目になるって!………鑑定が使えることぐらいは言ってもいいか?)


「誰にも言わないでくださいね?」

「ああ、絶対に言わねぇ」

「私鑑定が使えるんです」

「なっ!!」

「だから水温や重さが分かるんです。素材の品質も。魔力量だけは計れないので感覚ですけど」

「なるほどな…」

「まぁ、今は鑑定なしでも特級魔法薬は作れますし、素材の品質を見分けられますが」

「そんなこと可能なのか?」

「そこまで行き着くのに鑑定が必要ですけどね?可能です」

「わざわざやる必要あるか?それ」

「んー、魔法なしでもできたら凄くない?って思っただけですかね」

「………」

「実際商業ギルドのクルトさんは目と知識だけで品質を見分けていますから凄いですよ。というか皆さんよく鑑定なしで魔法薬作れますよねぇ。尊敬します。どのようにして作るのでしょうねぇ?」


(誰か作るところを見せてくれないかなぁ…ま、無理か。秘匿されたものだろうし)


「師はどうやってたんだ?」

「え?あぁ、私全て本で学んだのですよ。だから人が作っているところを見たことがありません」

「いやいやいやいや、そっちの方がすげぇっすけど!?」

「え?そうですか?本には材料や作り方などが書かれていましたから作れますよ?まぁ、字が下手で暗号のようでしたが解読は可能でした」

「…そういうもんか?」

「あたいならその本開いただけで眠くなりそ〜」

「本を読むのに普通は解読なんて言葉出ないわよ?」

「そうかもしれませんが、実際に作れましたので…」

「作り方はそれで分かったとして素材の扱い方とかあるだろうよ」

「あぁ、それも本に書かれ…ていたと言っていいのか?」

「なんだそれ?」

「いえね。扱い方は書かれていましたが結構てきとうで…まるでなぞなぞを解いているようでした」

「それ本当に素材と関係ある本?どんなこと書いてあるの〜?」

「例えばそうですね…“手を冷やして取りましょう”は理解できます。なので先ほどエールを冷やしたように手の温度を下げてから採取したのですが、一瞬で萎びてしまって…はて?と思い検証した結果、どうやら手を冷やしすぎたみたいです。そのときは手と素材を鑑定しながらどの温度なら品質が落ちないのか確かめました」

「マジっすか?それ他の素材もそんな感じっすか?」

「採取に注意が必要なものは結構ありますし、書き方が簡素で分かりにくいものも多かったですね。“上の方の葉っぱをちぎりましょう”は上から3番目の葉が材料になるという意味でした」

「それ分かるまでにどんだけかかったんすか?」

「どうでしたかねぇ…まさかちぎった方が材料になるとは思っていませんでしたから、それに気がつくまで80本ほど…さらに上から3番目だと……合計130本ほど検証に使用したかと思います。そんな書き方をする方ですからちぎり方にコツがあると思い込んでいましたし、上の方ならどこでもいいと思いますよね。普通」


(素材がもったいなくてお茶にしてみたら割と美味しかったんだよなぁ…今度また作ろうかな…)


「よくその本投げ出さなかったね〜」

「…めっちゃ難易度高いっすよね。本は他になかったんすか?」

「それがないのですよ。使用する道具が記載された書物はあったのですが、制作に関するものはその方が書いた物しかなかったのです」

「よくそれで作れるようになったな?鑑定があってもきついぞ?それ」

「そうなのでしょうか?皆さんはどうやって覚えるのでしょうね?」

「そりゃ実際に見せてもらえば一発じゃねぇか」

「あ!確かにそうですね。ふふ」

「…すげぇ努力したんだな。できるようになるまで」

「え?………はい、頑張りました」

「そりゃあ、さっきの猪くらい簡単に作れるか。それができんなら…」

「そんだけ努力して作れるようになった物をレイさんは俺に渡したっすか?簡単に…」

「はい。それがポーションの使い方ですから」

「…はは、すごいっすね…オレそんなに金ないっすよ?何で払えばいいっすか?」

「そんなものいりません。私が使うと決め渡したのです。飲んだのはヴィンスさんですが、使ったのは私です。支払いは私が私にするべきものですから」

「………」

「…精霊が姿を現すとはこういうことなのね」

「ああ、そうだな…」


 何度も言うが…言ったっけ?

 誰にでもそうするわけではない。

 自分以外のために動くのは助けたいと思ったときだけだ。

 そうでない場合は普通に見過ごせるだろう。


 精霊が自分に姿を現すのはおそらく私がたまたまあの島にいたからだ。

 パテルさんと師匠とフェリさんがいたからあの島には精霊が集まる。

 ただ私はそこに来てしまっただけなのだ。


 それとポーションを簡単に差し出せるのは在庫が増える一方だから。

 治験が進み検証に使用する回数が減ったため、使用数より制作数の方が遥かに上回るようになった。

 それじゃあ作るなよとも思うが、制作が楽しいのでやめられない。


「レイさんすごいですね!」


 横を向くと目をキラキラと輝かせるターセル君の姿があった。


「だって、それ作れるようになるまでにどれだけの努力を重ねたんですか?きっとすごくすごく大変だったと思うんです。そうして作った物を当たり前のように使うだなんて…すごいです!」


 うっ…この子たちの心は相変わらず眩しい。

 せっかく引っ込んだ涙がまた流れてしまいそうになる。


「ふふ、ありがとうございます。自分の頑張りを認めてもらえるのはとても嬉しいです」


 頑張った…すごく頑張ったのだ。

 どれだけの努力が必要なのか分からなかった。

 今自分がどれだけの実力を持つのか分からなかった。

 走ればいいのか、歩けばいいのか、それすら分からず苦しかった。

 ゴールも無い…何をし、どこを目指せばいいのか分からない日々だったのだ…


「まったく、レイさんはすげぇぜ」

「ありがとうございます。自分では分かりませんがディグルさんやターセル君がそう言うのならそうなのかもしれません」

「かもじゃねぇよ」

「はい。自信が持てました。ありがとうございます」


 自分は弱いと皆と違うのだと卑下しすぎていたかもしれない。

 何も成さずに傲慢な態度をとるのは良くないが、自分を卑下するのもまた良くないことだ。

 私はもう少し自分を誇ってもいいのではないだろうか?

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