2.街へ
(すごい見られてる…そんなにステータスが雑魚すぎるのかな…)
もう泣きそうだ…
──────────
あれからしばらく林に佇んだ後、茜色の空を飛び街へと向かった。
そうして視線の先に見えたのは堅牢な壁に囲まれた大きな街。
遠目からでも門前に並ぶ人と馬車の列が見えたので、しばし人の様子を眺めた。
特に乱闘などはなく、皆大人しく並んでいたので、少しイラッとしたからぶん殴るなどの野蛮さはないと判断した。
まだ完全なる安心とまではいかないものの、人への恐怖は少し薄らいだ。
そして、山へと戻った。
疲れていた為─主に心が─あの列に並ぶ気力が湧かなかったのだ。
山の麓に穴を空け、そこで一晩過ごした
人が作り出す列は2つあり、石板にカードをかざす人と受付に紙を見せる人は左側、それ以外は右側に並ぶようだ。
理由は分からないが多くの視線を受けながら右側の列の最後尾に並んだのがつい先程。
もちろん、微笑み・背筋・警戒を忘れずに。
そして現在。
数多くの視線を受け戸惑った
おそらく皆、私に鑑定をかけているのだろう。
魔法を受けたという感覚は皆無だが、視線が物語っている。
こいつは何者だと…
勝手に鑑定を使用するのは失礼かもしれないという思いがわずかにもあったが、消え去った。
ここにいる人達から遠慮が見られないからだ。
いや、私の前に並ぶ人達は、チラチラと後方を窺う程度だが、他は視線を縫い止めすぎだと思う。
私が試しに顔を向ければ慌てて逸らすが、私が前を向くと同時に視線も戻る。
それのどこが遠慮と言えようか。
だが、鑑定を行使するのが当たり前のこの世界では、人に視線を向けじろじろと眺めるのは失礼に当たらないのだろう。
なのでそこに対する怒りはないが…いや、本当は少し苛立っているが、これは私にしか生まれぬ感情なのだろうと言い聞かせ、微笑みの裏に怒りを隠している。
まぁ、そこに関する怒りは表に出さなければ問題ないだろう。
兎にも角にも皆は本人に許可なく鑑定を使用し、その内容に勝手に驚いているという可能性が高い。
何者なのかと鑑定し、ステータスを見てあまりの雑魚さ加減に驚きが生まれた…納得だ。
(…自分はこの世界でまだ赤子のようなものなんだ。どうしようもないじゃないか…襲ってこないよね?背後から切りかかってこない?)
纏う魔力は強化しているし、魔力感知も最大限利用している。
敵わないと思った瞬間逃げの一手に転じればいい。
だが、今ここで恐怖を見せたら敵の思うツボだ。
相手が動きを見せない今、私ができるのは背筋を伸ばし前を向くことと、周囲の人々を鑑定しまくることだけ。
見る、感じる、考える。
どこが急所なのか、逃げ場はどこか…
(あの武器は奪えるか、いや、凍らせて使用不可にするか…あの石は目潰しに使えそうだ…馬車をぶん投げるのもありか…)
ちなみに、前に進む度に魔力感知の効果範囲を前方部分だけ狭めている。
街の方から届く情報量が多すぎて島と同等に使用すると速攻で脳が焼き切れてしまうからだ。
だが、そこに関しての恐怖はない。
街中から飛び出し私を襲おうとしても受付がある以上するりと飛び出すことは難しいだろう。
距離、時間、隙は充分にある為、魔法を放つなり逃げるなりできる。たぶん。
それに…油断は禁物だが、魔力感知やこの身体が感じるのは弱者のオーラばかりで身がすくむだとかは今のところない。
おそらく強者の気配を自分が感知するのは不可能。
けれど、自分の感知範囲内には多くの人々がいるにも関わらず、皆が皆、弱そうだ。
そう見せているという可能性はあるし、私が感知できない魔道具などがあるかもしれないが…
(なんかわけ分かんなくなってきた…とにかく圧が無く、魔力量が少ないからと言って弱いと決めつけるのは良くないね。うん。警戒警戒)
そうして魔力感知で人々の動きを警戒しながら、思考を巡らせている内に先頭の動きが見えるところまで進んだ。
ここで新たな問題が浮上する。
(村の番人に国の名前だけでも聞いておけばよかった…)
左側の列から街へ入る人はおそらく住民カードや何か証明書のようなものを持っているのだろうと推測できる。
それを持っていない自分は右側の列に並びお金を支払うしかないのだが…
お金はある。
家に残されていたのを借りてきた。
問題は種類が複数あるという点だ。
紙幣はなく全て硬貨だが、絵柄、形、大きさ、色、材質と様々な違いがある。
鑑定のおかげで仕分けることができたし、使える国の名も分かったが…
(今いる国の名前が分からない)
島に名がないのでは地図を見たところで場所を確かめようがなく、今いるここが何処なのか分からない。
なので受付に支払う硬貨がどれなのは判断がつかないのだ。
ともなれば、列の先頭の人が出すお金をジッと見つめ確かめる他ない。
そうして真剣に前方を眺めていると自分の番となった。
「入域許可証をお持ちでないということで間違いないですか?」
「はい。持っておりません」
「それではこちらに触れてください」
受付の人の声に従い水晶玉のようなものに手を添えると一瞬淡く光った。
「ありがとうございます。では入域料が1,000リルとなります」
言葉を受け、手に握り締めていた銀貨1枚をトレーに出す。
「はい、確かに。この札が許可証となります。紛失した際は再発行に同額かかりますのでお気をつけください。使用期限は7日間ですがそれ以上滞在する場合は延長の手続きが必要となります。街を出る際は返却をお願いします」
「分かりました。ありがとうございます」
差し出された茶色の札を受け取り、自分の後ろに続く列を気にして足早にその場を離れた。
(お金合ってた!それにしても誰も襲ってこなかったな…あまり人を怖がらなくて大丈夫…かな?しかも意外とすんなり通れたし…)
門のアーチを抜けた先はたくさんの人が行き交う賑やかな街だった。
頭の上に獣耳を生やす人や隆々とした筋肉を持つ背の低い人など種族は多種多彩だ。
揺れる尻尾、背丈より大きい武器、手と頬に添えられた陽を受け煌めく鱗、腰に下げた紅色の細身の剣、強いのか弱いのか分からない格好良い盾、左右で色が違うブーツ、色とりどりの髪や瞳…
とにかく人々だけでもつい目が向いてしまう点が多々ある。
石畳の道は幅が広くとられており、馬車がすれ違うにも余裕をもってできるだろう。
宙に漂う魔力は人に寄っていくものと離れていくもの、ただそこを漂うものと様々な動きを見せている。
見慣れぬ光景と久しぶりに触れる人間の営みに思わず辺りを見回しているとき、はたと気がついた。
(どこに行けばいいんだ…)
どうしたものかと悩みながら街を見回していると、先ほど抜けてきたアーチの手前に立っている衛兵さんを見つけた。
街に向かい佇んでいるため仕事中だと思われるが、道を聞くぐらいは許してもらえないだろうか…
「お仕事中失礼致します。少しよろしいでしょうか?」
声をかけられたことに気がつきこちらに身体を向けたのはダークグレーの髪を持つ逞しい男性だ。
腰に剣を下げ背筋を張る姿が様になっている。
「何か御用でしょうか?」
想像よりも優しい声が返ってきたことに肩の力が抜けた。
表情や雰囲気を見るに怒っているだとか面倒だとか考えている様子はない。
「お尋ねしたいことがこざいまして…この街でなら森で採取した素材を買い取ってもらえると伺いここを訪れたのですが、そういったお店はどちらにありますか?」
村に入る為に考えた内容だが、森で採取したものが売れれば今後の収入源にできる。
お金はあるがただ減る一方ではやはり不安で、自分で稼げる方法を見つけておきたい。
それにお店がある場所には人が集まるため情報を集めやすそうだ。
「あぁ、それでしたら冒険者ギルドか商業ギルドがいいでしょう。ギルド会員でなくとも買取りをしてくれますから」
「それは助かりますね。場所はどちらでしょうか?」
「この道の先にある広場にどちらもありますよ。他より大きい建物ですし、表には看板が出ているのですぐに分かると思います」
「なるほど。迷う心配はなさそうですね。ご丁寧にありがとうございました」
頭を下げ身を起こせばわずかに口角を上げ頷きを返された。
終始剣呑な雰囲気が無かったことに隠れて安堵しながら、足取り軽くその場を後にする。
そうして、周囲から突き刺さる視線の意味を考えながら歩みを進めた。
緩やかな坂を登った先には話に聞いた通り2つの大きな建物があったが、出入りする人の身なりを見ればどちらが目的地なのかは明白だった。
入口の看板を確認し商業ギルドへ入ると中は綺麗に整えられ落ち着いた雰囲気があった。
正面には窓口が3つあり、そこで用件を伺うようだ。
さっそく空いている窓口へと向かい、そこに立つ女性に声をかけた。
「すみません。ギルドに未登録でも素材を買い取ってくださるとお聞きしこちらに伺ったのですが、受付はこちらでしょうか?」
「ようこそお越しくださいました。素材の大きさはどれ程でしょうか?小さなものだけでしたらあちらへ、大きいものも含まれるようでしたら向こうのカウンターとなります」
「買取りをお願いしたいのは魔草花なので小さいものです」
「かしこまりました。担当の者を向かわせますのであちらのお席でお待ちください」
「分かりました。ありがとうございます」
終始丁寧で柔らかい対応であったことに感心しながら、受付の女性が示した半個室となっている場所へと向かった。
だが、街中ほど無遠慮ではないが、未だ視線を受けていることに疑問が湧く。
(人を鑑定するのに時間がかかるのだろうか?)
そんなことを考えながら半個室に設えられた椅子に腰を下ろした。
「お待たせ致しました。本日担当するクルトと申します。よろしくお願い致します」
「レイと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
私が座ってすぐにこちらへ来たのは尖った耳を持つ美形の男性だ。
ピクリとも動かぬ表情と整った顔立ちにより知的でクールな印象を受ける。
緩く結い片側に流すはさらりとした新緑色の髪。
だが、それらより気になるのは肩に乗せた茶色いふわふわ。
(…リス?ちょっと似合わないな…まぁ、表側だけで人を判断してはいけないよね…)
リスに目を向けていると向かい側の席に座ったクルトさんが硬い表情で声をかけてきた。
「本日は魔草花の買取りと伺いましたが、その魔草花はどちらに?」
「え?」
わずかに眉間に皺を寄せたクルトさんからは不信感が伝わってくる。
(鞄を持たないということはそういうことではないのだろうか?)
そう考えながら答えを返そうと開いた口をすぐさま引き結んだ。
(そういえば“収納”って通じるの?自分が勝手にそう呼んでいるだけで、別名があるかもしれない…“異空間”とか?)
思いがけない難問に言葉を返すのを忘れてしまった。
顎に手を添えながら考え込む姿に何かを悟ったのか、クルトさんが少しこちらに顔を寄せながら声をかけてきた。
「もしかして魔道バッグをお持ちでしょうか?でしたら不躾な質問でした。申し訳ございません」
黒いローブに一瞬目を向け頭を下げるクルトさんの姿に驚き慌てる。
「え?いえ、気にしておりませんので頭を上げてください」
「本当に申し訳ございませんでした。貴重なものですから隠すのも当然です。ここは他の方から見えない造りになっておりますし、声が漏れることもございませんのでご安心ください」
(魔道バッグって何?別にローブの下に隠してないよ?)
という言葉は胸にしまい平然と対応することにした。
「お気遣いありがとうございます。魔草花はこのテーブルにお出しすればよろしいでしょうか?」
「それではこちらの上にお願い致します」
「かしこまりました」
してクルトさんはそう言いながら所々土色が残っている白い布をテーブルに広げた。
そこに魔草花を3種類1束ずつ並べていく。
10本で1束としているが、特段その数に意味はなく、なんとなくそうしているだけだ。
紐ではなくその辺に自生していた蔦で束ねられているのは、紐を作るぐらいならば、蔦を紐っぽくする方が面倒が少なく済むから。
魔道バッグとやらよりも収納の方が貴重な気がした為、ローブの下から取り出したように見せている。
「これらの買取りは可能でしょうか?」
「失礼します!」
私が確認の言葉を発した途端、向かい側の彼は1束の魔草花を手に取り確認し始めた。
その姿は真剣であるはずなのに、どこか興奮しているようにも見える。
クルトさんの肩から降りたリスはテーブルの上に残る2束に近寄り覗き込んでいる。
(いいの?悪いの?どっち?)
そわそわと落ち着かない心を持て余しながら査定が終わるのを大人しく待つ。
そうしてぼんやりとリスさんを眺めていると、3束全ての確認を終えたクルトさんがこちらに勢いよく顔を向けてきた。
あまりの勢いにビクリと肩が跳ねるのは仕方がないことです。
「素晴らしいです!僕はこれまで数多くの魔草花を査定してきましたが、これ程までに綺麗な状態のものを持ち込んだ方はおりません!上位品質…いえ、最高品質と言えるでしょう!ええ、ええ…これは滅多にお目にかかれるものではありませんからね。採取方法、扱い方、その他にも多くの知識を備えていなければこの状態のものを用意するのは不可能!ただ採ってくればいいという考えをお持ちの方が多くて困るのです!そのような方が持ち込む素材は傷がついていたり、欠けや破れが見られます。その点、今ここにある全ては完璧…30本全てがですよ!?素晴らしいです!」
(同じこと2回言ったよ…というか上位も何も品質Sなんだけど…)
瞳を輝かせ熱弁する姿に少し引きながら熱き演説者へ微笑みを返した。
「その言葉が聞けて安心しました。自分で使用することもあるので品質がいいものだけを選んで採取しております」
「流石です!そこまで到達するには並々ならぬ努力が必要でしたでしょう。ええ、ええ…分かりますよ!ご安心ください!僕は素材の目利きには自信がありますし、それを買われてこうしてここで働いております!プライドだけが高い鑑定人や騙して安く買い叩く悪質な奴らとは違います!この魔草花は確かに最高品質だと僕が必ずお伝えします」
「騙されることがあるのですか?見れば分かるでしょうに…」
「そう言えるのは魔草花を深く理解している証拠です。そこまで到達できる者は少ないでしょう」
(ん?え?どういうこと?)
「鑑定は…?」
「鑑定?あぁ、悪徳な鑑定人がよく使用する言葉ですね。自分は鑑定を使えると…そうして安く買い叩いたり、粗悪品を高値で押しつけたり…鑑定を行使できる者は一握りにも満たないため引く手あまたです。そんな仕事しか選べない時点で鑑定を使えないと言っているようなものですよ。それでも嘘を見抜けない方がいるのが現実です。そもそも鑑定でそこまで詳細な情報は得られないのですが、まぁ、普通は鑑定を使えないのでそこまで知らないのでしょう」
(衝撃の事実なんですけど!?)
「騙すのを生業としている者は言葉が上手いですからね。私も充分気をつけることにします。ところで話を聞くにクルトさんは鑑定を?」
「はい。と言ってもせいぜい名前が分かる程度で大したものではありませんが」
「ではクルトさんはその目と知識だけで品質を見極めているのですねぇ」
「ええ、ですのでレイ様の素晴らしさは充分理解できます。ご安心ください」
そこまで断言できる程にこの人は努力に努力を重ねてきたのだろう。
瞳には自信だけが乗っているにも関わらず、それをひけらかすでもなくこちらを安心させる為の言葉しか紡がない。
それもまた凄いことだと思う。
いくら商業ギルドの人間だとしてもやはり言葉の合間合間に自慢などを挟むこともあるのではなかろうか…
まぁ、これはあくまで私のなかのイメージであるが…
(凄いなぁ。鑑定なしで品質を見極められるまでになったということでしょう?すっごく自慢されても私だったらすっごく褒めるわぁ)
先程はその熱量に引いてしまったが、それだけ真剣にこの仕事と向き合っているということなのだろう。
少なくとも騙して買い叩くような方ではないようで安心した。
「クルトさんに担当してもらえた私は凄く運が良かったようですねぇ」
「そう言ってくださるだけで喜びとなります。ありがとうございます」
「ふふふ」
相変わらず表情筋は活躍していないが、素直に喜んでいることは分かる。
尻尾をふりふりと振るリスさんの姿によってそう思うだけかな?
どちらにせよ負の感情を受けないので問題ないね。
「ところでレイ様は魔草花をご自分で使用することもあるとおっしゃいましたが…」
「ええ、魔法薬はもちろんのこと絵の具の材料として使用することもありますねぇ」
「魔法薬!?それでは薬師ギルドの方でしたか」
「いえ、どこのギルドにも所属しておりませんが…もしかして勝手に作ってはいけないものでしたか?」
「失礼致しました。魔法薬を作れる方は大抵薬師ギルドへの加入を希望するので先程の考えに至りました。作るだけであれば特に許可は必要ないものです」
「作るだけであればですか?」
「はい。個人で販売する分には問題ありませんが、ギルドへ卸すには商業ギルド、冒険者ギルド、薬師ギルドのどこかへ所属している必要があります」
「冒険者ギルドでもよろしいのですか?」
「はい。冒険者がダンジョンで魔法薬を見つけることもありますからね」
「なるほど…ちなみに商業ギルドの登録はどなたでも可能なのでしょうか?」
「いいえ。Bランク以上の商業ギルド会員または商業ギルドで一定以上の権限をもつ者からの推薦状が必要になります」
「へぇ…そうなのですねぇ…」
信用が大事だからだろうと納得できる。
商業ギルドのランクはE・D・C・B・A・Sの6つ。
ランクが上がる条件は秘密らしい。
ただ、小さいお店ひとつの経営者のなかにも上位ランクの人はいるそうで、売り上げや規模が全てではないと思われる。
ちなみに商業ギルドに所属していなくても商売は可能だそうだ。
商業ギルド会員から購入した商品に不備があった場合、商業ギルドが保証や対応をするが、非ギルド会員から購入した場合はそれがない。
商売に商業ギルドへの加入が必須となっていないのは、そうしてしまうと個人間でのやり取りの際や、支部が置かれていない村などに支障をきたすからだろう。
まぁ、非会員から購入するときは自己責任ということだね。
「今の私では商業ギルドに所属するのは難しいようですね。今回はこの素材の買取りだけお願い致します」
「かしこまりました。あの…また採取した際にこちらにお持ちいただくことは可能でしょうか?」
「え?ええ。いつまでこの街に居るかは分かりませんが、滞在している間だけでもよろしければ」
「本当ですか!?ありがとうございます!魔草花は常に不足している上に高品質のものは少ないので大変助かります」
「それほど足りなくなるものなのですか?」
「ええ。この街の東にはダンジョンが、南には魔物が多く生息するフォールの森があります。危険が伴うとはいえ、その分報酬が高くなりますのでそれを目当てに冒険者が集まるのですが、彼らは採取の依頼をほとんど受けません。あの森は奥へ行くほど植物が生い茂り魔草花も豊富に生息しているのですが…」
「あぁ、なるほど…大変ですねぇ」
冒険者が多いということはそれだけ魔法薬も必要となるだろう。
そこも魔草花が不足する原因のひとつと思われる。
それよりも寝床にした山の手前にあるあの森は“フォールの森”と呼ばれているようだ。
来るときは上を通り過ぎただけなので一度採取に行ってみるのもいいかもしれない。
「あ、でも採取に出かける度に入域料を支払わないといけないのか…」
それは嫌だ。
というかできるだけあそこに並びたくない。
「あれ?入域許可証はお持ちではないのですか?」
「入域許可証とはカードや書類のことですよね?そうであれば持っておりませんねぇ。これしかないです」
そう言ってクルトさんに振りながら見せたのは街に入るときに受け取った茶色い札だ。
「そうでしたか」
「あ、ギルドカードでも許可証になりますか?入域料はどうなるのでしょうか?」
「ええ。ギルドカードは入域許可証に含まれます。ギルドは国に属さない独立した組織ですが、国が受ける恩恵が大きい為ギルド会員が活動しやすいように大抵の街や国では入域料を徴収しておりません」
「それならどこかに所属した方が良さそうですね。せっかくなら魔法薬も売りたいですし」
(どこに登録しようか…)
「あ、すみません。まずは買取りの手続きが先ですよね。いつまたこちらに伺えるか分かりませんのでよろしければもっとお出ししますか?他の魔草花もありますが…」
「えっ!?いいのですか!?でもそれだとご自分で使う分が減ってしまうのでは?」
「魔法薬は充分ありますので急いで作る必要もないですし問題ありませんよ」
「こちらとしては助かりますが、本当によろしいのですか?」
「ええ、かまいません。魔法薬の材料となると…」
魔法薬の材料となる魔草花をテーブルの上に次々と出していく。
稼げるときに稼いでおかないとね…
「こんなにですか!?」
「え?あ…多すぎましたか?すみません。ではこのなかから必要なものを選んでいただけますか?」
「いえ!いいえ!全て買い取ります!ぜひ買い取らせてください!」
欲を出しすぎたかと慌てたが問題ないようだ。
クルトさんの眼力が
少し怯えているとクルトさんがふと視線を下げ、テーブルにこんもりと積まれた魔草花をジッと見つめ動かなくなった。
テーブルの上のリスさんは動かぬ者を見上げていて可愛らしい。
(もうそろそろ終わらせたいなぁ)
どうせならば魔法薬を売りたいので冒険者ギルドか薬師ギルドにも行きたいのだ。
まぁ、それは明日でもかまわないが宿探しはしなければいけない。
「少々お待ちいただけますか?」
言葉は優しいのにようやく上げた顔が必死の形相すぎて少し怖い。
怯えを悟られないよう微笑むのが大変だ。
「はい。よろしいで…すが…」
理由を聞こうとしたものの、言葉を紡ぐことは叶わなかった。
言葉を届けたい相手が返事の途中にシュタッと立ち上がり目前から居なくなってしまからだ。
向こうに駆けて行くクルトさんをただ眺めることしかできないのは仕方がないことだと思う。
(お腹空いたなぁ…)
腹時計が告げる時刻が気になり、窓の外に視線を向けると太陽は真上を通り過ぎていた。
(…というか、鑑定が使えないはずの人々から視線を受けていたのは何故なのだろうか……)
答えの出ぬまま空を見上げていると、猛スピードでこちらに向かってくる人の姿が視界の端に入り込んだ。
そちらに顔を向けたときには既に肩を弾ませたクルトさんがすぐそこに立っていた。
「お待たせ致しました。お手数おかけしますが場所を変えてもよろしいでしょうか?」
言葉は丁寧だが圧が凄い。
鬼気迫るとはこのことかと思う程だ。
それがなくとも、商業ギルドと仲良しさんの方が今後生きるには役立ちそうだという考えがあるため断ることはしない。
宿については自分で探すよりもクルトさんに聞いた方が手っ取り早いだろう。
そういうわけで、いつもの微笑みをたたえたまま彼に頷きを返し立ち上がった。
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