第2章
1.青と白と緑と…
島を背に前へ前へと進む。
何処まで進もうとも目に映るのは空と海。
耳に届くのは風を切る音と波の音。
空を泳いでいるような、海を飛んでいるような、不思議な感覚を覚えると同時に不安が湧き上がり、一度動きを止めた。
軽く首を回しても視界は青と白で埋まり、美しいと思うのか怖いと思うのか自分でも分からない。
島へ戻ろうかと考えたが、それをすぐさま払い、前を見据えて駆け出した。
(魔力の心配がないからね)
太陽がとっくに真上を通り過ぎそろそろ空が茜色を纏う頃、遠くに陸地が見えた。
喜びに頬を緩ませながらスピードを上げそこへ一直線に向かう。
見えたと言ってもやはり陸地までは遠く、地に足が着いたときには闇と月が共にあった。
眼前には生い茂る木々。
そこにもまた広大な森が広がっていた。
(見慣れた光景だ…)
あの島の森に比べて木々の間隔が開いている。
これならば陽の光が森へ射し込むことだろう。
この光景に落胆しないのは降り立つ前、森の先に山が見えたから。
あの山の向こう側を知らないが目印もなく飛ぶよりは何倍もマシだ。
今日ここで休息を取ってから山へ向かうことにしたが、魔力感知が捉えるのは知らない魔力ばかりで不安が残る。
この森に生息する生物が分からない以上、この場で寝泊まりするという選択肢は消えた。
幸い今いる場所は陸地の端だ。
一度陸地の外側へと飛び、側面に魔法で穴を開けた。
一晩そこで過ごすことにしたのだ。
側面は波にえぐられ反り立つ崖となっている。
かなりの高さがあり一度落ちたら空を飛べない限り上へ戻るのは難しいだろう。
それに崖を強く打つ波が自然と防御の役割を果たしてくれそうだ。
自分であけた穴へ入り魔法で灯りを灯す。
放った魔法の威力が少し強かったようで想像より広くなってしまったが問題ない。
(絨毯を敷くにはちょうどいいね。というか、単にくり抜けば良かったなぁ)
そんなことを考えながら穴の中央に立ち結界を張った。
寝ているときは自身に魔力を纏わせることができない為、代わりとなるのがこれだ。
そうして安全を確保した後、絨毯を敷きクッションを置いた。
ふかふかのそこへ腰を下ろし、熱をもったままのおにぎりとスープでお腹を満たしていく。
そして自身に浄化をかけた
(快適だ)
ふわふわと微睡む内に崖を打つ波の音が徐々に遠ざかり、やがて闇の世界へと入った。
翌朝、朝食を済ませた後その場に転移陣を刻み穴を出た。
目を覚ましたとき入口から見えた外はわずかに薄明に照らされているだけだったが、今は太陽が高く昇り空に陣取っている。
高く飛んだはずなのに太陽の大きさは変わらない。
眼下に広がる森を探索したいところだが少しでも前へ進みたいので諦めた。
(転移陣があるからいつでも来れるしね)
風に吹かれその身を大きく揺らす木々たちを尻目に颯爽と空を駆け抜けた。
迫る山を越えようと更に上空へと飛ぶ。
見えた山の向こう側もまた森で、けれど悲観はしなかった。
森の奥へ行くほど木がまばらになりその先は野原。
更にその先には舗装されていない土の道。
魔物や獣が通るにしては綺麗なその道はおそらく人が通るためのもの。
(ついに…ついに人に会える!?)
そうと決まったわけではないが思わず両手を握り頭上へ掲げた。
少し心が落ち着いた頃、空を見上げ太陽の位置を確認する。
(ここで止まっている場合じゃない!)
陽が高いうちに人里に辿り着くため空を切るように飛んでいく。
眼下にある道を目で追いながら進むとやがて村が見えてきた。
途端に心臓が早鐘を打つのを感じながら村から少し離れたところにある林の中へゆっくりと降り立った。
村が見える位置まで移動し木の影に隠れながら顔を覗かせる。
村と聞くと木の柵があるイメージだったがこの村は3mほどの高さがある石壁で囲まれており、入口には石で造られた簡素な見張り台が建っている。
村にしては強固な造りをしているようだ。
あくまで自分のイメージと照らし合わせるとだが…
それに強固と言ってもマンティオロスが軽くぶつかるだけで壊れそうではある。
(そう考えるとあの石壁では心許ないな)
魔法で強化しているようには見えないただの石壁に心配になりながら視線を上げると見張り台の上に人が1人立っているのが見えた。
(第一村人発見!…あ…そっか…人だ…人なんだ…どうしよう……)
自分以外の人間がこの世に存在すると知りつい心が踊ったが、よく考えれば人なのだ。
どのような性質を持ち、どのような性格をしているか分からない未知なる存在。
(怖い…)
身体が震えるのは当然だ。
ずっとずっとその存在に怯えながら生きてきたのだから…
せっかく落ち着いてきた心臓の動きがどんどん加速していく。
恐怖と喜びがない混ぜになったこの心をどうすればいいのか分からない…
思わず胸に手を当てようと腕を動かすと少し冷たい青色の友に触れた。
視線を落とせば美しくも優しい友が心に寄り添っている。
(届けるんだ。腕輪を。必ず届けると決めたじゃないか!)
強く頷いた
そしてゆっくり…ゆっくりと吐き出していく。
未だ鼓動はドクドクと強く脈打っているが、心は少し落ち着いた。
(よし。微笑みを忘れるな。背筋を伸ばそう)
胸の青い小鳥を一撫でした後、魔力感知がきちんと発動していることを確認し足を踏み出した。
流れるように、いつも通りの姿に見えるように平然を装って。
けれど、袖に隠した右手にはナイフを握りながら…
少しでこぼこの土道をゆっくりと歩き、村のすぐそばまでやってきた。
やはりその間も心は恐怖で震えていたが、身がすくむことは無く、自然体でここまで来れたと思う。
「ふぅ……すみません!少しよろしいでしょうか?」
軽く息を吐いた後、見張り台の上へ向かって声を張った。
「ここへなんの用だ」
既に見えていたのだろう。
声をかける前から鋭い視線が届いていたのだから。
そしてその警戒心をそのまま乗せたような声が上から降ってきた。
だがそこに嫌悪はなく、ただただこの村を守る為のものだと分かる。
(微笑みと背筋ね。声を震わせてはいけない…頑張れ!)
「師匠が亡くなり独り身となりましたので、向こうの山の方から出てきました。ですが土地勘がなく困っておりまして…森で採取した素材を買い取ってくれるところを探しているのですが、ここでは難しいでしょうか?」
「山ぁ?」
私が言葉を返すと、村の番人は一気に顔を険しくさせ、怪訝な声を出しながらこちらの姿を上から下まで確認してきた。
“何言ってんだこいつ”という呆れも多分に含まれているように感じるその声は一体何を意味するのだろうか…
「山ってぇとあの山か?あそこに人が住んでるなんて聞いたことないが」
「街へ出なくとも暮らすことができておりましたので、人に会うことなく
「まぁ、あの山は横に長いからな。人が踏み入ってない場所の方が多いくらいだ。そもそも山に辿り着く以前に森の奥まで行ける奴なんて少ないしなぁ」
そう言いながら村の番人は再度こちらの姿を確認するように視線を上下に動かす。
(え?あの森そんなに危険なの?飛んできたから分からなかった…っていうか、もっとマシな理由を考えるべきだった…)
己の馬鹿さ加減に肩を落とす姿を誤魔化すように視線を落とし自身の身体を見つめる。
身なりを確認する風を装ったつもりが、その行動が己のアホさ加減に呆れを増やす結果となったのは言うまでもないだろう。
(この身体で危険地帯を抜けてきたとは思えないよねぇ…)
こちらに向けられている視線には未だ警戒が乗り続けているが、それは当然のことだ。
警戒を解く理由がひとつもないのだから…
「あの、ここで難しいようでしたら他に買取りをしてくれそうな村か街を教えてくださいませんか?」
「あ?あぁ…」
私の言葉に少し気が抜けたのはこちらに敵意がないと踏んでのことだろう。
それでもまだ充分に警戒は残っているが、これ程怪しい人物を前に肩の力を抜く方がどうかしている。
警戒しつつも真剣に考えてくれているのだから、悪い人ではなさそうだが、油断は禁物。
隠れて右手を更に強く握り締めた。
「そうだな…この道を真っ直ぐ行くと途中に十字路がある。そこを更に進むとすぐに大きな街が見えてくる。そこならギルドもあるし買い取ってもらえるだろうよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
行き先が決まりほっと一安心だ。
長居するものではないと判断し、村の番人へ向かって微笑みながら一礼を返してすぐその場を後にした。
元より大きな街へ向かいたかったので問題ない。
その前に少しこの世界の人達の暮らしや人柄を確認できればと思い小さな村を探していたのだ。
第一村人発見にはしゃぎそれを全て忘れていたのが大誤算だっただけのこと…
(ずっと真っ直ぐね。こんな怪しい奴にも丁寧に教えてくれるなんていい人だったなぁ。さっさと追い払ったっておかしくないのに。いきなり襲われることもなかったし…)
未だにナイフを握り締め、魔力感知で背後を警戒しているのは何もあの人を悪人と判断しての行動ではない。
これが日常でなければいけないのだ。
例えどんなに善人に囲まれていようとも警戒を怠ることのないようにしたい。
つい肩の力を抜いて気が緩みすぎることのないよう警戒行為を無意識にでもできるようにする。
それが今の目標だ。
島で暮らす内にできるようになったが、それはあくまで人がいない状況でできていたこと。
これから人のなかに飛び込んでそれがどう変わるか分からないのだ。
とにかく微笑み・背筋・警戒、この3つはいつ
それにはまず己を知り、人を知る……
(あれ?待って…あの人がやたらジロジロ見てきたのは鑑定結果に変なものがあったからなのでは?)
以前、自分が自分に鑑定を行使したとき、違和感なく結果が出た。
そして情報はたったの4行だけという簡素なもの。
けれどそれは私の鑑定能力の熟練度が低いからなのではないだろうか…と、この世に降り立った日にチラッと考えたはず…
(つまり、あの人には私の細かな情報が見えていたのかもしれない)
そうなると相手にはどこまで知られているのか…
ステータスなどの細かい数値や変な称号みたいなものも分かるのか…
(もしかして自分のステータスが雑魚すぎたのかもしれない…そんな奴が山の方から来たと言ったんだ。そりゃ怪しいよね…)
警戒うんぬんと語っている場合ではなかった…
だが、何も鑑定の存在を忘れていたわけではない。
勝手に使用しそれがバレたらどうなるのか判断がつかず、使用できなかったのだ。
自分は誰かに鑑定をされたこともなければ、誰かを鑑定したこともないのだから知らなくて当然。
もしかして、この世の人は鑑定を相手に使用するのが当然なのではないだろうか?
それがもはや自己紹介代わりなのかもしれない。
(使えるものを使わないなんて馬鹿でしかないもんなぁ…)
あまりにも考えが足りぬまま人と対峙した自分に呆れる。
そうして肩を落としながら林まで戻ったが、その後もしばらく悶々と考え続けた。
***
「なんだったんだあいつは」
村に背を向け遠ざかっていく黒いローブの男を見つめる。
「貴族かと思いきや山に住んでたって?あのなりでそれはねぇだろうよ」
貴族が身につけるようなギラギラした装飾はなかったが、胸に飾るブローチは遠目からでも高価なものだと分かった。
更には、衣服に艶があり汚れひとつないとなれば山を歩いたと思えなくて当然だ。
「しかもあの見た目だぜ?」
髪はしなやかで美しく、肌は白くシミひとつない─ように見えた。
あれで山で暮らしてたなんて嘘にも程がある。
いくら魔法で綺麗にできたとしても山で暮らしながらあそこまで高貴さを保てるとは思えん。
大体、山の中でならそうする必要もないだろう。
人に会うことがないのに。
百歩譲って本当に山で暮らしていたとしても売りたい物を手にしていないのはおかしい。
鞄も何も持たず買取りを願うと言われても信じられるわけがないのだ。
貴族が一人でこんなところに居るのはおかしいが、だからと言ってあの男の言葉を信じることもできない。
どちらにせよ怪しい人物であることに変わりはないだろう。
「え?つぅか、人?精霊…は姿を現さないもんな。しかもなんか人形みたいだったし…マジであれは何者だ?…男で合ってる?…分からんな」
本当はこの村でも少しならば素材の買取りができるがあえて伝えなかった。
街ならば怪しい奴の対応に慣れているだろうし、何かあっても屈強な冒険者や衛兵が多いので大丈夫だろうと判断し街へと誘導したのだ。
「とにかくこの村に入れない方がいいことだけは確かだな。うん。敵意は見られなかったが、怪しさしかないぜ」
つまるところ村の番人は、ただ怪しい人物から大切な村を守っただけなのであった。
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