15.青と黒と切願
初めて魔物を狩ったあの日からは森へ入り実戦での鍛錬を積んだ。
この過酷な世界を生き抜く為に恐怖や痛みに耐える努力もしている。
もちろん日課にしている鍛錬もかかさず行い、書庫で知識を蓄えることも忘れない。
そして魔法薬作りも継続して行なっている。
初めて魔法薬を完成させたとき、自分はこの世でも何かを成し遂げられるのだと生きる希望が生まれた。
それ程の喜びと光を生んだ魔法薬製作に魅了されるのは当然のことだと思う。
もちろん、ただ作りたいからという理由だけでそれを行っているわけではない。
魔法や魔力操作の練習になる上に様々な知識や道具の使い方なども身につくのだ。
純粋に楽しいというのもあり、合間を見つけては魔法薬関連に手を出し、同時に最高品質にするための検証を重ねてきた。
その際、品質や階級による効果の差もきちんと確認を取っている。
鑑定だけではどれほど治るのか分からないのだ。
軽傷が治るとは?解毒ポーションはどの階級でどの毒が治る?という話になる。
せっかく作るのならばより高みへ。
まぁ、とにかく魔法薬製作は一石三鳥どころではないということだ。
森には魔草花の他に山菜やきのこ、果物なども潤沢にあり食料の心配は減った。
コーヒー豆は木に成っておらず驚いた記憶が新しい。
時々、森で採取した花と地下室から持ち出したお酒を師匠へ供えに行く。
心に潤いをと思いリビングに花を飾るようにもなった。
ちなみに今日は雪華草という可愛らしい白い魔花が師匠のいる場所とリビングに彩りを与えている。
それもこれも森に入れるようになったおかげでできるようになったことだ。
魔法は随分上達したと思う。
一度放った魔法を動かすことが可能となったのだ。
今までは、ただそこに浮かべただけの魔力球を前へ飛ばすには、風で押すか手でぶん投げるかの2択だった。
前に飛んでいくイメージで魔法を発動すればその通りになるのだが、一直線に飛ぶだけで操作は不可能。
調薬ミキサーの刃もこれまでは回転が始まっている状態で発現していたのだ。
それが今では自由自在に魔法を動かせるようになり戦闘でも普段の生活のなかでも大変役に立っている。
これができるようになったとき、嬉しさのあまりはしゃいで木にぶつかったのはいい思い出だ。
魔力操作の方も順調でマンティオロスと同じく身に纏って防御とすることもできるようになった。
これのおかげで魔物との戦いが楽になり、わざとそうしない限り戦闘で怪我を負うことはほとんどない。
やはり直接身を守るものがあると心持ちも違い、戦闘中の動きが滑らかになったように思う。
それでも未だに魔物を前にすると身体が震えることがある。
どんなに守る術を身につけようとも、突如森に降り立ったあの日の恐怖や不安、そして最初に向けられた殺気を思い出してしまう。
だからといって震えて待つばかりでは何も成せないと己を励まし続けている。
敵の前では微笑みを絶やさずに生きるのだと決めたのは、初めて剣を手にしたあの日。
あの瞬間から常に微笑みを貼り付けるように意識しているが、保つのはなかなかに難しい。
魔物には効果が無いだろうが人と対峙したとき必ず役に立つ。
その思いで微笑みを顔に貼り付けながら日々の生活を送っている。
その笑みのように、盾ではないものが盾となるのであれば、“背筋を伸ばす”ことも効果がありそうだと考えたのはいつのことだったか…
軸がブレない。これはなかなかにいい考えだったようで、武器を扱う際にはもちろんのこと、走る時にも活かされている。
そしておそらくだが、背筋を伸ばし微笑みながら立っていればそれだけでも人に効果をもたらしそうだ。
とにかく常に軸と微笑みに気を配ってきたお陰で以前よりも意識を向ける必要がなくなってきた。
軸を保つのはいずれ無意識にできるようになるだろうが、無意識の微笑みは困難を極めるだろうなぁと思っている。
それでも、やめるつもりはないけどね。
実際に魔法陣を描く練習も始めた。
まだ転移陣のような複雑なものはできないが水を出すだけの簡単な魔法陣ならばもう描ける。
そして本日は魔力操作に時間を当てようと決め、家の前の
以前、身に纏った魔力を身体ごと動かせないかと考えつき、ここ最近はそれを実現するべく検証を重ねている。
魔力操作の練習をする際に定位置としている家と森の中間地点で胡座をかき魔力を身に纏わせる。
徐々に魔力を厚くしながら身体の表面に繋ぎ留め、そしてそれらを丁寧に上へ動かす…が上手くいかない。
魔力の量が少ないと身体をすり抜け魔力だけが動いてしまう。
反対に魔力が多いとなると、大気に溶け込もうとする魔力を繋ぎ留めることだけに意識が向く為、そこから更に動かすのが至難の技となる。
(ちょっと待てよ…やり方を変えればいいのかも…)
今は魔力を身体の一ヶ所から放出し、それを引き留めながら身を這わせ広げている。
だが、一箇所から放出する必要はないのでは?と考えた。
全身から出せばいいのだ。
そうすれば魔力を引き留めながら全身に広げる必要がなくなる上に、自身と一体となるイメージがつきやすい。
(魔力は身体の一部…とは自分の言葉か…)
まずは身体の表面全てから魔力を放出し、繋がりが切れぬよう引き留める。
そして徐々に魔力を厚くし、個となっているそれをゆっくりと上へ動かす…
……………
………
……
(……!?)
突如訪れた浮遊感に驚く間に身体が地に着いた。
一拍遅れて実感が湧き目を見張る。
(今浮いた!?)
再度挑戦すると先ほどと同じようにわずかに地面から離れすぐに元の位置に戻った。
(もうすぐ…もうすぐだ)
魔法で空を飛ぶことに憧れぬ者などいるか?
いや、いない!
それにこれができれば危険な森を抜ける必要などない。
船を漕ぎ別の陸地を目指す必要もない。
ここまできて諦めるという選択肢はない。
(絶対に飛んでみせる)
固い決意を胸に宿し、胃から迫り上がる異物を抑え込めるまでになって尚、何度も何度も練習を重ね続けた…
──────
───
──
そしてついに魔法で空を飛ぶ日が訪れた。
空高く浮き上がり、まだゆっくりとだが空中を動くこともできる。
今は島を一望できるほどの高さまで来たが…
「………」
眼下に広がる光景に言葉を失う。
光を遮ろうとするかのように寄り合う無数の木々たちは葉を揺らし、まるで波打っているようにも見える。
その雄大な森の奥には狂おしいほどの青が何処までも何処までも続く。
振り返ると家の裏手にある崖の上にも森が広がり、その先にはまた森を乗せた崖が見えた。
上から見ると崖が段々畑のように3段並んでいることが分かる。
1番手前の崖下に隠れるように建てられているのがあの家だ。
3段目の最奥、島の端にあたる所には険しい山がこの島を見守るように
ゆっくりと地上へ落ち、そして地に降り立った。
様々な感情がせめぎ合い胸をざわつかせる。
ついに空を飛べた高揚感。
森を抜ける必要がなくなった喜び。
別の陸地との距離が分からない不安。
自分以外の人間が存在するのかという恐怖。
まるで世界にひとり捨てられたかのような孤独。
全てが混ざり闇となる…
下ろした瞼の裏に広がるものが己を現実から離し、しばらくその場を動くことができなかった…
──────
───
──
あの後からは、とにかくこの島を出ないことには何も変えられないと己を奮い立たせ、転移陣を描く練習と並行して空を飛ぶ練習にも力を入れるようになった。
纏った魔力を動かすのではなく魔力球の中に入りそれを動かせばいいのではないかと考え一度試してみたら身体にかかる負荷が半端なかった。
きっとガチャポンのカプセルの中身はこんな感じなんだろうなと思った。
纏った魔力を動かして飛ぶときも負荷はかかるが、魔力量を増やせばその分負荷が減る。
なんだろう…皮膚を強化しているイメージだ。
寒さもかなり軽減されるため上空で寒さに震えることはない。
空中飛行はだいぶ上達した。
時々鋭い嘴と爪をもった鳥型の魔物─ケイラバードが襲ってくるので空中戦の練習にもなっている。
羽音をほとんどさせず飛んでくるので本来ならば驚くのだろうが魔力感知には引っかかるので問題ない。
この鳥は美味しいので襲われたら嬉々として狩っている。
森の中も木々を避けながら悠々と飛び回ることができる─と言いたい。
スピードを上げすぎて木を粉砕してしまったり、大木の土手っ腹に穴を開けてしまったことが何度かある。
ごめんなさい。
そして今日も空を飛んでいるが、今いるのは1段目の崖の上に広がる森の上空。
こちらに来たのは絵の具の材料となる魔花を探すためだ。
この世界に来て数か月が経ったころ絵を描き始めた。
それまではずっと何かに追われるように動き続けていた。
突然見知らぬ所に来て必要だとはいえ、どこかで一度身も心も休める時間を取らなければと思っていたのだ。
問題なく魔物を狩れるようになり少し自信がついた頃、同時に食料の心配も減りようやく心に余裕ができたので休息日を設けた。
とはいえ何もせずぼーっと過ごすのは落ち着かない。
料理をすればいかに効率よく魔法を使えるかとつい考えてしまうし、本を読めば新たに得た情報が気になり心がざわつく。
書庫には普通の小説が置かれていない為、本を読むとどうしても頭を使う方向に向かってしまう。
どう過ごそうかと思い悩んでいたとき物置部屋にあったキャンバスと絵の具が頭に浮かんだ。
せっかく道具があるのならばそれを使おうと物置部屋から運び出した。
あれ以来たまに絵を描くのだが絵の具が少なくなってきた。
鑑定で材料を確認し家の前に広がる森で探すも見つからず、崖上の森に来て探しているところだ。
こちらの森には初めて来るのでついでに調査も兼ねている。
絵の具の材料となるノリウツギの魔力紋が分からないので知らない魔力を感じたら森に降りて確認している。
既に2時間ほど探しているがこちらの森にしかない植物が多くあり進みが遅い。
それから更に10分ほど進むと森の奥から気になる魔力を感じた。
ノリウツギ探しを一旦辞めそこへ向かう。
一直線に進むと崖まで辿り着き、自分が追ってきた魔力を崖面の下の方から感じる。
森の中へ降り立ち眼前の崖肌を見ると不自然に魔力が集まっている箇所があると気がついた。
(やっぱり師匠の魔力だ)
それはあの家にいると当たり前に感じる魔力で間違うはずがないものだった。
魔力が集まる砂色の崖肌に手を添え体内から魔力を放つ。
ガコンッと身を揺らすような重低音が響くと眼前の崖面に扉のような切り込みが現れ、そしてゆっくりと開いた。
その先は闇に覆われ何も見えない。
魔法で出した光がアーチ型の天井とでこぼこのない平坦な道を白く照らす。
ゴクリと唾を飲み込み足を踏み出した。
木の葉の擦れる音がわずかにも聞こえなくなった頃、地下へと続く階段がぼんやりと見えてきた。
階段を降りた先には石で造られた飾り気のない扉がひとつ。
唯一扉を彩る嵌め込まれた魔石に魔力を流す。
ギィと音を立てひとりでに開いた扉を通り抜けると壁にかけられた複数のランプに明かりが
そこはドーム型の部屋で中央にはただ切り出しただけに見える石造りの台が据えられている。
上にはブローチが一つと腕輪が二つ、そして一振りの剣。
それらを飾り立てる魔石がゆらゆらと揺れるオレンジ色を反射して煌めく。
その手前には石で造られた楽譜代のようなものが立ち、乗せているのは1冊のノート。
近づこうと足を踏み出すとコツッと音がやけに響いた。
暗いオレンジ色の無地のノートを手に取り開く。
──────────────────────
腕輪は友へ
剣とブローチは君へ
その身に飾ってくれることを願うよ
──────────────────────
ノートを収納にしまい奥にある石台の前に立つ。
ブローチは夏空とそこに浮かぶ雲をそのまま落とし込んだかのような艶やかな色をもち、それを縁取る銀色が鳥の形を作り出している。
瞳は自分と同じく夜空を抱え込んだかのような漆黒。
角度によって色の濃淡を変えながら煌めく姿は目を奪われるほどに美しい。
久方ぶりに瞳に映せた友の姿に涙が滲む。
そのブローチを宝石に触れるかのように優しく胸に飾った。
小鳥を指で撫でた後、再度石台の上に置かれたものへ目を向ける。
2色の石が使われている銀細工の腕輪には繊細な模様が複雑に刻まれており、製作者の腕の良さが窺える。
それらは丹精込めて作られたものだと誰が見ても分かるだろう。
隣にある一振りの剣に鞘はなく露わにしている刀身はオレンジ色の光を受けて尚変わることのない闇色。
刀身のみならず全身をその色で染めた剣は毅然としているように見えた。
剣と腕輪を収納にしまい森へと戻りながらノートに記された言葉を思い出す。
(島を出る理由が増えたな)
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