16.その先には休憩所

 見つけた剣と装飾品を収納に収めた後、帰路へと着いた。

 その道すがら絵の具の材料となる魔草花を見つけ採取したが喜びはなく、思考の渦に囚われたまま今日こんにちに至る。


 あの日家に帰ってすぐに書庫へと足を運び、書物を読み漁った。

 そこから数週間、一度たりともこの部屋を出ていない。

 

「………」


 一冊の書物を読み終えドサリとソファに身を預けた。

 すぐそこにあるテーブルの上には本や紙の束が山と積まれており今にも崩れそうだ。

 床に散らばる数多の紙をぼんやりと眺めていると、片付けるのが面倒だと誰かが語る。


 腕輪を届けようにも届け先が分からない以上、行動に移せない。

 まずは名を知らねばと師匠が記した書物に目を通し始めたのが数週間前。

 日々の呟きなんかも思いのままに書物に残す人だから、どこかにヒントや答えがないかと考えたのだ。

 師匠本人のことを調べようにもそれが書かれた書物がない上に、他に案が思い浮かばなかった為、上記の行動に出る他ない。

 たが、いくら読もうとも望みのものはどこにも見当たらず、肩を落とす結果となったのが現在。


 もちろんこの書庫にある書物全てに目を通したわけではないが、これだけの時間と労力を使い得たのは、配達先にいる方の名以外の情報。

 だから、ずるりと身が落ちるのは当然のことと言えるだろう。

 

(疲れたな…)


 重い身体でふらりと外へ出た。

 風に揺らめく木々を見ながら気分転換でもしようかと…


(魔法薬の材料でも探しに行こうかな…)


 そう思うと同時に身体が浮かび上がり、眼下に広がる緑を視界に入れながら目的地もないまま前へと進んだ。




 魔法薬は下級、中級、上級、特級の4つの階級があり、さらにそれぞれE〜Sの品質に分けられる。

 自分は既に特級の品質Sを作れるまでになった。


 品質Bの魔法薬は魔力を多量に含めれば製作できるが、それ以上のものとなると素材の品質も大事になってくる。

 そして特級に関しては素材の品質と魔力量だけではどうにもならず、完成させることすら難しい。

 水温、水量、素材の分量・品質、魔力量、どれかひとつ、わずかに誤差が生じるだけで失敗に繋がる。

 水温は0.1℃単位、水量は1滴、その他の素材も0.1g単位で正確に用意しなければいけない。

 水温は製作途中にも変化するため常に気を張っての作業となる。

 鑑定で水温が分かるのならば重さも分かるだろうと調べたらその通りだったので大変助かった。


 ただひとつ、鑑定でも調べられないのが魔力量だ。

 軽量カップや天秤で計れるものではない。

 つまり、目で確認し魔力の分量を計るなど不可能。

 そうなると、体内からどれほど減少したかを感覚で感じ取るしかない。

 体内の魔力を正確に認識できるようになるだけでも苦労の連続だったというのに、そこから更に特級魔法薬に必要な魔力量を調べる必要があるときたもんだ。

 そちらに関しては何度も作り適正な量を調べる他なかった。

 まぁ、苦労とは言っても苦痛ではない。それすら楽しめるのが自分という人間だ。

  

 そんな感じなので特級魔法薬だけはまとめて作ることができず、1本ずつの製作となるため大量には所持していない。

 多くを作れない理由はそれだけではなく、素材の数が少ないということもある。 

 階級が上がるほど素材の入手が困難になるのは当然だ。

 険しい山の頂上付近、地下深くにある地底湖、獰猛な魔物の角…


 魔法薬の製作だけではなく、素材となる魔草花や魔物を探すのも森の中で宝探しをしているようで楽しい。

 家に元々ある素材は数に限りがある為、島内で入手できるものは自分で用意したいと探し始めたのがきっかけだ。

 自分は怪我や病気、状態異常なんかも魔法で治せるので魔法薬はいざというときの為に2、3本持つだけでいい。

 けれど、効果を検証するのに多く消費する為それに比例して材料も必要となる。

 

 師匠直筆の素材の扱い方が記された書物はもはやなぞなぞだ。

 それを解くのは、楽しさ9割、憎さ1割といったところか。

 ちなみに、“手を冷やして取りましょう”、“上の方の葉っぱをちぎりましょう”、“まんなかから下はおいしくありません”、“土の中の根っこは捨てません”、“爪の中にある硬いところは使いません”…などと書かれている。

 ふっ、家に残されていた素材や発見した素材に関しては全て答えを導き出している。ぜひ褒めてほしい。

 そのお陰で?今では採取や素材集めはお手のもの。

 入手できていない素材に関してはそもそもこの島に存在していない可能性もあるが、今は断言できない。

 いかんせん森が広大なので未だに全域を見て回れていないのが現状だ。




 ということで今日はまだ見つけられていない魔法薬の材料を探すことにした。

 戦闘や飛行訓練の他に魔力感知の精度向上にも繋がるので素材探しは良いこと尽くめだしね。


 現在地は2段目の崖の上に広がる森の上空。

 陽光が木の葉の下まで届いているため森の様子を上からでも窺える。

 森林浴に良さそうだと眺めながら飛んでいると少し先に知らない魔力を捉えた。


 その方角へ向かうとそこには青々とした木々に囲まれた大きな湖。

 射し込む光で煌めく水はまるで染料で染め上げたかのように鮮やかなコバルトブルー。

 吸い込まれてしまいそうなほどに神秘的だ。


 湖の淵には動物や魔物が集まり、水を飲むもの、身体を楽にし陽光を浴びるもの、仲間と戯れ合うものなど皆思い思いに過ごしている。

 さきほど捉えた魔力はここに集まる魔物や魔草花のものだ。

 動物や魔物たちを驚かせないよう皆から少し離れた位置にそっと降り立った。

 誰もがこちらを気にする素振りはなく、のんびりとした空気が漂ったままだ。


 一際目を引くのは純白の体と大きな黄金のツノをもつ鹿。

 静謐な空気の中で威厳を感じさせる佇まいは神聖な空間を創り出している。

 圧倒的な存在感を放ち佇むその姿を目にしても不思議と恐怖が湧くことはなく、むしろ心が洗われるようで安らぎを覚えた。


──────────

【ケリュウス】

 森の守護者

 清澄な森を住処とし、その地に集うものたちの守護者となる。

 邪気を払い、大地を豊かにし緑を育む存在。

 周囲にも影響を与え、邪気のない生物たちが自然と寄り合う。

 穏やかで争いを好まぬ性格だが、大切なものを奪おうとする者や牙を剥く者に容赦はない。

──────────


(森の守護者か…さすがにここで素材の採取はできないね)


 だからといって、ここまで来て何もせず帰るのはもったいない。

 綺麗な景色、穏やかな空気、平穏を覚える大きな存在、休憩所とするにはぴったりの場所だ。

 そうと決まればその場に腰を落ち着け、準備開始。

 柔らかい草が敷き詰められた地べたに座るのも大地を感じられて善きかな善きかな。


 そんなことを考えながら、自身が纏う魔力の強度を上げていく。

 更には自身を中心に強度の高い大きめの魔力球を作った。

 これは外で休憩をとるために以前考えついた結界だ。

 もちろん、魔力感知による周囲の警戒は継続中。


 さて、収納からパウンドケーキとレモン水を取り出し、日向ぼっこをしながらのおやつタイムといこう!


(んん、おいしい)


 家の粉物を収めている棚にベーキングパウダーがなかった為ケーキ類を作るのは諦めていたが、森で魔草花相手に鑑定をかけまくっていた際、似たようなものを見つけた。

 その名も“フワリカズラ”、見た目は鬼火ほおずきだ。

 実の中にクリーム色の粉末が入っており、それがベーキングパウダーと同じような特性をもつ。

 これのおかげで最近はお菓子も作るようになった。

 …いびつな形に仕上がることも多いが旨ければいいと思う。


 今食べているパウンドケーキはシンプルなものだが次作るときはドライフルーツを入れてもいいかもしれない。

 乾燥に関しては魔法薬のお陰で得意になったしね。

 そうしてのんびりと過ごしていると、突然対岸にいたケリュウスが地を蹴り高く跳んだ。

 その姿は空を飛んでいるようにも見え優雅で美しい。

 長くも感じたその瞬間に驚くよりも先に、神聖な存在がこちらへと静かに降り立った。


(跳躍力がハンパない)


 だって対岸まで50m以上あるのだ。

 そこに驚いている間にもケリュウスはこちらを見つめながら歩み寄ってきている。

 戸惑いを覚えながらも、近くで見ると思ったよりも大きいなぁと呑気に考える自分もいるという、よく分からない状況だ。

 地面から頭まで2mはあり、その上に大きく太いツノが乗っているため迫力がある。

 その存在は私の数メートル先で立ち止まった。

 向けられた金色の瞳から敵意が感じられないことに安堵を覚えると同時に安らぎと戸惑いが生まれるという不思議。


……………


………


……


 こちらに用があるのかなんなのか…

 様子を窺うしかないと黙って佇んでいるのだが、何も変化が見られない。


「あの…どうかされましたか?」


 言葉が通じるとは思えないが、じっと見つめられ戸惑った末につい声をかけてしまった。


「………」


(どうしたらいいんだろう?)


 声をかけて尚、相手からは動く気配さえ感じられない。

 そんな状況に眉を下げながら不安と戦っていると、ケリュウスの視線の先が自分ではないことに気がついた。

 もしかしてと思い、試しに右手を動かしてみれば相手が首もそれに合わせて動く。

 ゆらゆらと…


「こちらの食べ物が気になるのでしょうか?…よろしければ食べてみますか?」


 そう問いかけると、コクリと首を縦に動かした。

 頷きを返されたと判断し、収納から取り出したお皿に新しいパウンドケーキを乗せる。

 それを自分の足元に置き後ろに下がることでその場から離れると、ケリュウスが歩みを寄せパウンドケーキを食べ始めた。


(お腹壊したりしないよね?)


 凄そうな生物が自分の料理で腹を壊したなんてことになればいたたまれない。

 無事を祈りながらおやつタイムに入った姿を見るともう食べ終わっていた。

 あの体では数口分にしかならなかったようだ。


(なんとなく嬉しそうに見えるのは気のせいかな?)


 呑気にそんなことを考えていると、ケリュウスがこちらに足を進め近寄ってきた。

 思わず身を硬めてしまったが不思議と恐怖はなく、心が凪ぐ。

 揺らぎの無くなった心に違和感を覚えることなく金色の瞳に映る自分を見つめていると冷たい鼻先が額に触れた。


(あ、これ前にもあったな…)


 そう思うと同時に暖かい魔力が自身に流れ込み身体に馴染んでいく。

 額に触れていたものが離れ瞼を上げると、優しさを乗せた顔が視界に入った。

 煌めく黄金の瞳には慈愛が乗り、どこか懐かしいものを見ているようにも感じる。


「名をなんと申す」


 全てを真綿で包み込むような優しい音色が身に染み込んだ。

 平坦で温度のない声に聞こえたけれど、暖かみのある不思議な音だった。

 なんか凄そうな存在に早く言葉を返さねばと焦りながらも思考を巡らせた後、言葉を紡いだ。


「……レイと申します」


 問われた理由を考える余裕もないまま短い言葉を返したはいいが、わずかな時間に起きた出来事に混乱を極め、よく分からなくなってきた。


(いや、元よりよく分からないが…え?何が?)


 そんなことを考えている間に彼?は何かを心に刻むようにゆっくりと頷いた。


「そうか…いい名だな…」

「………」


 するりと入り込んできた言葉に嘘はないと理解したが、なんと返せばいいのか分からずつい視線を下げてしまう。


「馳走になった。レイからはフェリの魔力を感じるな」

「フェリ?あ、家に残されていた書物でその名を見ました。青い鳥ですよね?」

「ああ。そのブローチと同じ鮮やかな色だったな」

「この島に来たときに一度だけお会いしました。すぐに消えてしまいましたが…」

「あれはとうの昔にこの世から姿を消しておる。レイが会ったというのは魂の残滓だな」

「残滓?…ですか?」

「この世に心残りがあったのだろう。あいつは何かと口やかましくてな、そばにいると騒がしくて敵わんのだ…ふっ、ようやく行けて良かったな……」


 心から安堵していると分かる優しい瞳。

 けれどそこには、悲しみと寂しさも感じる。

 その様子に何も声をかけることができないまま少しの時が流れた。

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