13.収納のち晴れのち闇

 森を抜けるのに体力が必要だろうと筋トレとランニングもメニューに加えた朝の鍛錬を終えた。

 身体を動かした後の食事はいつもより美味しく、鍛錬を頑張る理由になりそうだ。


 今はソファに座りテーブルの上に置いた中級魔力ポーションを見つめている。

 昨日苦労して作り上げた魔力ポーションのおかげで心置きなく魔力操作の練習を行えるのでこれから取り組むところだ。


 目を瞑り体内の魔力に集中する。

 魔力を捉え流れを操作すると以前よりもするすると体内を巡らせることができた。

 昨日一日中魔法を使っていたので魔力の扱いに少し慣れたのかもしれない。

 そう考えただけで昨日の苦労が報われる。


(ここからが本番だ)


 息を吐き体内の魔力に全神経を注ぐ。

 穏やかに流れる川を外へと伸ばすように、ゆっくり…ゆっくりと…少しずつ魔力を放つ。

 外へ出られたと喜ぶかのように本流から離れていこうとする魔力にそっと手を添えるように自身の魔力を繋ぐ。

 それでも尚こちらから離れようとするものを魔力の川が包み込む。

 細くなっていた繋がりが少しだけ太くなり、そこで魔力の放出を止めた。


 ゆっくりと息を吐き身体の強張りを解く。

 前回よりも大気へ溶け込もうとする魔力を引き留めることができたと思う。

 魔力欠乏症の兆しもなく終えられたことに安堵を覚えるが、また気を引き締めた。


(まだまだだ)


 少し引き留めるだけではダメなのだ。

 背筋を伸ばし再度体内の魔力に集中する。

 そうして同じことを繰り返す。何度も何度も…




***




 魔力を引き留めておける時間が少し伸びた頃、ふと外を見ると陽が傾き始めていた。


(とっくにお昼を過ぎてしまったな)

 

 ここに来てからどうも食事をおろそかにしてしまっている。

 だが、今後も料理や食事に時間が割けないことが多いだろう。

 それに毎回自分の為だけに作るのが面倒だ。

 だからといって食事を抜いていてはいつか倒れてしまう…

 

 今日は魔力操作の鍛錬をここまでにし、料理の作り置きをすることにした。

 あらかじめいくつか作っておけば食事を抜く回数が減るだろうと考えキッチンへと向かった。




 手軽に多くの栄養を摂れるのはやはりスープだろう。

 だが、毎回一から作るのは時間がかかる。


(コンソメと中華スープの素が欲しい)


 材料をはっきりと思い出せないので、とりあえず思いつく食材で作ってみる。


 大きな寸胴鍋に水、鶏ガラ(ケイラバード)、玉ねぎ、人参、セロリ、ローリエ、パセリ(…パセリ入ってたっけ?分からないけど入れておく)を入れ火にかける。

 あとは時々アクを取りながら煮るだけだ。

 果たしてコンソメになるのか…


(本当は顆粒のものが欲しいけど…)


 中華スープの素はなんか魚介類が入っているイメージがある。

 スカラップ(ホタテを10倍大きくしたような貝)の貝柱、レッドプローン(赤い大きいエビ)、ブランタケ(きのこ)、長ネギ、生姜を乾燥し粉砕する。

 好奇心でレッドプローンの色違いを見つけたのでそれも使ってみる。

 ちなみに名前はグリーンプローン。

 それらにコーラルソルト、ホワルペッパーを加え混ぜ合わせれば完成だ。

 全て調薬ミキサーでできるので簡単にできた。

 

 少しお湯に溶かして味見をすると始めに伝わってくるのは磯の香り。

 中華スープの素とは少し違うが、魚介類の旨味がギュッと詰め込まれていて美味しい。

 この海鮮スープの素は大量生産することにした。

 今回はこれができて満足なので中華スープの素の研究は追々。


 次はつみれとハンバーグの種を多めに作ってストックしておく。

 全て成形するには時間がかかるのでそれは食べるときに都度やればいい。

 肉も魚も玉ねぎも調薬ミキサーを使えばすぐに細かくなる。

 刃を変えれば捏ねるのだってお手のもの。


(いや、ほんと便利だ)


 ひき肉ができたついでにコロッケとメンチカツも作った。

 こちらはパン粉をつけるところまで済ませ、あとは揚げるだけの状態にしておく。

 パン粉がなかったので食パンを乾燥し細かくしたものを使った。

 せっかくパン粉を用意したので豚カツと白身魚フライ、レッドプローンフライもメニューに加える。


 魚はすぐに使えるように数種類を切り身にした。

 一部ボロボロになってしまったところはいつかあら汁に使うので勘弁してほしい…


 あとはすぐに食べられるものを多めに作っておく。

 おにぎりとサンドイッチ、茹で玉子。

 

 前回はお米を炊くときに火加減を間違い失敗したが今回は大丈夫。

 レシピにかなりの頻度で載っている“沸騰したら弱火にします”という言葉を思い出したからだ。

 そうしてできたごはんは少し柔らかかった…

 

(水加減がまだ分からない)


 それでも美味しいことには変わりないためそのままおにぎりの制作に取り掛かる。

 今用意できる具は焼いてほぐしたマーレトラウト(鮭に似ている)しかないのでもっとバリエーションが欲しいところだ。

 加えて海苔もないので少し寂しいが仕方がない。


 サンドイッチは以前作ったものの他にも数種類作った。

 コロッケやメンチカツ、ハンバーグを挟んだものやスクランブルエッグを使ったシンプルなものなど様々だ。


 これでしばらくは食事の用意が楽になるだろう。


(おっと結局スープを作っていない)

 

 夕飯用のポトフを多めに作ることにした。

 ウインナー、じゃがいも、人参、玉ねぎ、キャベツをオリーブオイルで炒めコンソメを加えて煮込んだら塩胡椒で味を整え完成だ。

 おかずはハンバーグ。コンソメとトマトで作ったソースを添えて。


(コンソメ便利!)


 そうして出来上がった物たちは魔道食料庫に入れておけば時を止められるので、腐る心配はない。


(魔道食料庫便利!)


 今後も定期的に料理の作り置きをしておこうと決めた。




***




 翌日の午前中は前日と同じく朝の鍛錬をし朝食を済ませた後、魔力操作の練習を行なった。

 午後は魔法の練習というか検証というか確認しておきたいことがあるのでそれを確かめる。


 昨日料理をしていて思ったのは“食事などの荷物をどうするか”ということ。

 もし転移魔術を覚え簡単にここへ戻れるようになったとしても、島を出るときは食事や食材を多めに持ち歩きたいし、着替えや野営道具なども念のため持っておきたい。

 転移魔術は便利な分、悪用する人も多いだろう。

 国や街によっては規制がかかり使えない可能性もある。

 すぐにここへ戻れないことも想定して準備を進めないと痛い目に遭いそうで怖い。


 だがさすがに鞄に全てを詰め込むことは叶わないだろう。

 そこで目をつけたのは魔道食料庫だ。

 鑑定による説明には“魔法により空間が広げられ”と出る。

 それならばそれと同じようなものを鞄で作れないかと考えたのだが、転移扉の説明を思い出し考えを改めた。

 “魔法で新たに空間を作り”と出たのを覚えている。

 もしその空間に物を収納することができるのなら鞄はいらない。

 そうすれば盗まれる心配も戦闘の邪魔になるということもなくなる。

 自分は空間を作れるのか、作れたのなら物を収納することは可能なのか…


(まずは、やってみよう!)


 結果、空間は簡単に作れた。物の出し入れも可能だ。

 新たな空間を思い浮かべながら魔力を放出するだけ。

 ただ、大量の魔力を持っていかれた上、出来上がるまでにかなりの時間を要した。


 魔法を発動する際に使用する魔力量はあらかじめ決めておくことができる。

 その他には、思い浮かべた魔法が完成するまで魔力を放出し続けるという方法もある。

 今回に限らず基本的に自分は後者で魔法を発動することがほとんどだ。

 放出量と自然治癒量を同じくすれば体内の魔力が減ることはない上に、それよりも大規模な魔法を使おうとも魔力は充分残るからだ。

 後者の方法を取る理由はもうひとつある。

 単純に、頭に思い浮かべた魔法を行使するのにどれだけの魔力が必要なのか分からないのだ。

 ちなみに途中で魔力の放出を止めることが可能なため、魔力欠乏症に陥る心配は少ない。


 新たな空間を作る際はとにかく広くと考え、体育館を思い浮かべながら魔力を放出したのだが、途中で東◯ドームはどうか、いや、体育館を10個並べるか、実家のお隣さんの兄夫婦が営む農園はどうだろうか、濃厚なソフトクリームを求めて行った牧場も広かったな…などと考えてるうちにどんどん空間が広がりその分魔力も時間も使った。

 途中で止めることもできたのだが、自然治癒も相まって魔力欠乏症になる程ではなかったというのが大空間になる所以となった。

 それに、広いに越したことはないよね?


 この収納空間─“収納”でいいか─を自分が作れると分かり、ひとつ懸念が生じた。


 自分が作れるのならば他者も作れるだろう。

 もしそこに魔法を収納することが可能ならば、こちらがいくら魔法で攻撃をしても意味をなさない。


 それを確かめるべく収納の入口を開き、そこへ水球を放つと水球は何かに弾かれ散った。

 その結果を受け、顎に手を添え首を捻る。


 ふと思い立ち収納に手を入れようと試みるが、その手もはじかれた。

 物の出し入れをする際は収納の入口を開いたあと物を押し込むイメージ、もしくは引き寄せるイメージを思い浮かべるだけで済むので直接触れる必要がなく、手がはじかれることに気がつかなかったのだ。

 

 物を入れることは可能なのに魔法と手─つまり人は入れることができない。

 今度は足元に生えている草を入れようとしたができなかった。

 だが、むしり取った草ならば入れられる。


 植物は大地との繋がりが切れたそのとき死に至るのだと仮定すれば“異空間に生き物を入れることはできない”と無理矢理考えることができるが、それだと魔法について説明がつかない。


(魔法が生き物だとは思えないし)


 植物の生死についても魔法についてもよく分からないので結局はそういうものだと自分を納得させる。

 なんにせよ魔法や生物を収納することは不可能だと確認できたのでほっと胸を撫で下ろ…せなかった。


(魔道食料庫や転移扉は自分をはじかないじゃないか!)


 詳細を確認すべく慌ててキッチンへと向かった。

 弾かれる理由が知りたいと魔道食料庫を鑑定する。


──────────

【魔道食料庫】

 食料を貯蔵するための魔道具。

 魔法により空間が広げられ、中の時が止められている。

 〜いつでも新鮮な食べ物をあなたに〜


 ※この家の主または主が許可した者にしか使用できない。

  この家に組み込まれている魔道具の為、設置した場所から移動することは不可能。

──────────


 転移扉も鑑定で確認したところ※は同じ内容だった。

 持ち歩くことができれば便利だなと考えていた結果が2行目だ。 


 これではなぜ魔道食料庫が自身をはじかないのか分からない…

 空間を新たに作るのではなく、広げているから?

 だとしたら転移扉はどうして自身をはじかない?

 製作者が許可すればいいのか…


 考えても分からないため書庫で調べてみることにした。


 魔道食料庫や転移扉はいわば魔道具、先ほど自分が作った収納は魔法。

 魔道具は製作する際に“使用条件の魔法陣”を刻む必要があるそうだ。

 そして、魔道具を使用するには、使用条件を満たした上で使用者の魔力登録が必要となる。

 今回は“この家の主もしくは主が許可した者”という使用条件の陣が魔道食料庫や転移扉に刻まれていたようだ。

 登録できる使用者の数も設定可能で、数を絞るほどそして使用条件が細かいほど魔法陣は複雑になる。

 つまり製作難易度が上がるということだ。

 ”許可条件なし&人数制限なし”というのが1番簡単らしい。


(製作者は師匠だとして…2つ同時に許可が取れたのはいつ?それに魔力登録もしていないよね?)


 思いつくのは玄関扉の横の白い魔石だ。

 

──────────

【家の権限を譲渡するために作った魔道具】

 これが設置された家の権限を譲渡する為に作られた魔道具。

 最初に触れた魔力(魔力紋がある場合のみ)を持つ者に譲渡すると設定されている。

 同時にその者の魔力登録も成される。

 この魔道具で主以外の者に家の使用許可を与えることが可能。

 〜家の権限をあなたに〜

──────────


(これはキャッチコピーって言えるのかな?)


 これも魔道具だったのかと驚くよりも先に気になったのはそこだ。

 名前は…まぁ分かればなんでもいいと思う。


 それはともかく、魔道具は使用者登録が成された者をはじかないということが分かった。

 そして許可には魔力が必要だということも。


 警戒さえしていれば誰かの家の魔道食料庫に押し込まれるなどという心配はしなくて良さそうだ。

 “うちの魔道食料庫の使用を許可するから魔力を登録してね”と言われても絶対にやらない!

 そう言って閉じ込めるつもりなのだ!


 とにかく他者が持つ異空間に自分が閉じ込められることも、放った魔法を取り込まれることもないと確認できた。


(けどなぁ…)


 異空間に物を入れられるということは危険な物だろうと運び放題ということだ。

 爆弾や毒物だって街へ簡単に持ち込める。

 それについて何か対策が取られているのか、自分で身を守るしかないのか…


(少なくとも外よりは街中の方が安全だと思っていたけど、それは間違いなのかもしれない…)


 なんて危険な世界なんだ…

 魔法を知れば知るほど不安と恐怖に苛まれる。

 何か覚えるたびに喜びが闇に包まれ消えていく…この世界が怖くてたまらない。

 荷物や攻撃も大事だが、防御や回避、逃走についてもしっかりと考えなければと自身に強く念を押した。


(収納は盾としても使えるかもしれない)


 魔法をはじくのならば相手が放った魔法がこちらに届くよりも先に自分の前に収納の入口を開けばいいのだと閃いた。

 ただ、複数相手取る場合や奇襲を受けたときは役に立ちそうにない。

 

(使い勝手が悪そうだ…防御は別のものにした方がいいな)


 そうして喜びと恐怖と共に、身を守る術について考えては走りを繰り返す…

 幾度日が昇り、そして、幾度闇が降りたか分からぬまま時が流れた。

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