第34話 ハイヒット侯爵領(一)

 僕たちは夕食も食べずにビレイン男爵領からハイヒット侯爵領に移動する事にしたんだ。


「お待ちしておりました、クウラ様」


 僕たちが現れると直ぐにそう声をかけてきた男性が一人いた。


「クウラ様、この者が私の弟で侯爵領の代官をしておりますロッテンにございます」


 セバスが教えてくれたよ。僕はロッテンさんに頭を下げたんだ。


「伯父上が亡くなられてから、母もまた公式にはここの領主の仕事を出来ずに、そしてまた僕が学園を卒業してからも一年間はご苦労をおかけしますがどうかよろしくお願いします」


 僕の横でレイラ嬢も一緒に頭を下げている。その様子を見たロッテンさんが慌てて言うんだ。


「ど、どうか頭をお上げ下さい! 我ら影の一族がこうして表で真っ当に働くことが出来るのも先々代の領主様と、先代の領主様のお陰でございます。代官という過分なる地位を得て私は幸せでございました。クウラ様があと少しでこの領地に戻られるまでの間もこの職務をまっとうする所存にございます!」


 えっ? 僕が領主になってもロッテンさんは代官のままだよ。僕がそう告げるとロッテンさんはセバスに向けて言ったよ。


「兄者、クウラ様はメリエ様にそっくりだな。私はもう少しでお役御免になるものと思っていたのだが……」


「フフフ、ロッテンよ。お前だけ楽隠居が出来る訳がなかろう。むしろクウラ様が領地に戻られてからがお前の本当の仕事が始まるのだ」


「そのようだな、兄者。クウラ様、兄と同じく私もどうぞロッテンと呼び捨てにお願い致します。それとレイラ様、ハマース伯爵家での事は全て把握致しております。ご心痛お察し致しますが、どうかこの領地にてのびのびとお過ごし下さいませ」


 こうして代官であるロッテンとの挨拶は終わり、取り敢えず夕食の時間まで待つ事になったんだけど、僕はロッテンに言ったんだ。


「今日は屋敷に居る全ての人を集めて貰えるかな? それと、料理人たちに食事の用意は僕がするからと伝えて欲しいんだ。みんなで食べて僕やレイラ嬢、それに僕の親友たちの顔を覚えて貰いたいからね」


 僕の言葉にロッテンが、


「クウラ様、屋敷で働く者を全てですか? そうなると総勢三十二名になりますが…… それに料理も今からそれだけの用意をするとなると……」


 って言うから僕が任せてよ。その三倍いても大丈夫だからって伝えて、強引に僕が準備する事に決めたんだよ。


 案内された食堂はとても広くて前世で言えば百人ぐらいでの立食パーティーが出来るぐらいのスペースだったから、部屋の中心部にテーブルを並べて貰い、壁際には疲れた時用にベンチを用意してもらったんだ。

 立食形式にするつもりなんだけど、ちょっと食器やグラスを置いておける背の高めの小さなテーブルを僕のアイテムボックスから二十ほど出してあちらこちらに配置してもらった。 


 そして僕はレイラ嬢と一緒に箱庭に移動する。この日の為にレイラ嬢は料理ハニワと共に数々の魚料理と野菜を使った滋養の良いスープ、肉をメインにした料理を作り、箱庭内に僕が作った調理済み料理保管庫(時間停止)に貯め込んでくれていたのだ。

 僕は今まで伯父上や母上が亡くなってからもハイヒット侯爵領を守ってくれた使用人の人たちに何かをお返ししたかったんだ。それをレイラ嬢に相談したら、


「この箱庭にある食材の数々を使った料理を振る舞うのはどうでしょう?」


 って提案してくれたんだよ。それにプラスして僕のアイテムボックス内にあるデザートの数々を出す事にもしたんだ。みんなが喜んでくれると良いんだけどなぁ。


 箱庭から戻った僕とレイラ嬢は部屋の真ん中にセッティングして貰ったテーブルに料理を並べる。ここで僕のスキル【くうかん】と【クウカン】を使用して、料理の周りを囲む空間を把握し支配して時間を停止してあるんだ。出来たてが一番だからね。


 準備を終えた僕とレイラ嬢はロッテンに言って全員を呼んで貰ったよ。

 そこで僕はみんなの前で挨拶をする。


「皆さん、はじめまして。僕の名はクウラです。メリエ・ハイヒットの息子となります。皆さんにはこれまで本当にお世話になりました。いえ、これからもお世話にならなければなりません。それに、僕が学園を卒業して一年後にはこの地に領主としてやって来ますが、若輩者かつ領地については何も知らずという事になりますので、皆さんのお力をお借りしなければままなりません。それでも、一足先にこうして皆さんと出会えたのは幸運でした。そこで、本日は皆さんと一緒に夕食を楽しみたいと思い、料理の数々を用意させて貰いました。これらの料理はデザート以外はコチラにいる僕の婚約者であるレイラ嬢が腕を振るってくれたものです。本職の料理人の方にも引けを取らないと僕は思っております。どうか心ゆくまで堪能して下さい。それと、僕たち二人にこの領地についてこの機会に教えて下さい、よろしくお願いします」


「皆様、ワタクシの拙い料理でございますが、精一杯心を込めて作らせていただきました。今後の精進のためにもどうか素直な感想をお聞かせ下さいませ」


 僕とレイラ嬢の挨拶を聞いたみんなからは盛大な拍手がおこり、みんながグラスを手に持ち(中身は水)乾杯の音頭をロッテンがとったよ。


「さあ、みんな、ご領主さまからのご好意に感謝すると共に、ご領主さまと一緒に働けるように我らも更に勤勉であろうと思う。その為にはみんなの健康もご領主さまたちが健やかに成長なされる事も大切だ。その事を神に祈りつつ今宵は楽しもう! 乾杯!!」


「「「乾杯!!!」」」


 こうして立食パーティーが始まったんだけど、何故か僕とレイラ嬢は侍女さんと料理人さんたちに囲まれている。 


「クウラ様、始まって時間がたつのにこのお料理が出来たてのままなのはクウラ様のスキルによるものなのですか?」


「レイラ様! この、この食材をこのように料理されるとは!? 私にもどうか教えていただけないでしょうか!! いや、是非とも教えて下さい!!」


 うん、うん、いい傾向だよね。みんなが喜んで料理を食べて、そして僕たちに質問してくる……


 いや、待って、僕はこのハイヒット侯爵領について知りたいんだよ。みんな、教えてよ……


「クウラ様、先ずは皆の質問にお答えしなければ難しいかと存じます……」


 僕の表情を読んだレイラ嬢からはそんな助言が来たよ。レイラ嬢はさっきからこの屋敷の料理人を束ねる料理長からの質問に丁寧に答えているよ。


「なんとっ!! まさか包丁の違いで味が変わるなんてっ!!」


「何ですって!! 塩だけじゃなく砂糖も振っておくのですかっ!?」


 さっきから料理長の驚きの声が止まらないよ。その後ろではメモを必死に取ってる料理人さんたちが……

 で、僕の方はというと、


「クウラ様、こ、このケーキとやらはどのようにして作られているのでしょうか?」


「クウラ様! このパイの中身はリンゴの様ですが、私たちが普段食べるリンゴよりも酸味が強めですね!! 何か違うのでしょうか?」


 って侍女さんたちからデザートについての質問が山ほど……


 それらの質問に答え終わった時には既に就寝時間になっていたよ……

 結果、ハイヒット侯爵領については明日の朝からロッテンの案内で馬車で周りながら教わる事になったんだ……

 でもみんながとても喜んでくれて良かったよ。それに、みんな僕が領主として来る事に不満を持ってないみたいで本当に良かった。


 それが知れただけでも今回の旅は来て良かったと思うんだ。今回の旅のきっかけを作ってくれたティリアさんに感謝だね。

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