第28話 走れ、サーフくん!

 サーフは走った……


 両親の待つビレイン男爵領へと……


 懸命に走った……


 そして、昼前に休憩をした時にふと我に返った。


「あれ? 何で僕は走って領地に向かってるの?」


 そう、ちゃんと往復馬車がデッケン子爵領とビレイン男爵領にはある。それに乗ればこんなに疲れる思いをしなくて済む筈なのに……


「あっ、そうか…… レミー嬢の口車に乗せられて……」


 レミーは言った。


「サーフ、他のみんなはしっかりと稽古をして鍛えるんだから、貴方もこれ以上差が開かないように領地に戻るなら走って戻るべきですわ」


 サーフはそれに軽く返事をした。


「うん、そうだね、レミー嬢。僕も鍛える為に走って領地に戻るよ!」


 サーフの自業自得だった……


「まんまとレミー嬢に乗せられてしまったな。まあ、もうここまで来たら走った方が速いし走るか」


 そう言うとサーフは休憩を止めて再び走りだした。誤解のないように言っておくと、サーフもロートもレイラにすら勝てないが、同年代の少年たちの中では抜きん出た強さ、体力を持っている。

 周りが凄すぎて目立たないだけである。箱庭で採掘までやっているサーフとロートである。それなりに体力はついているし、剣、拳ハニワたちとも訓練をしているのだ。


「まあ、僕にはどうも剣の方は才能がないみたいだよね……」


 走りながら自己分析をするサーフ。しかしながら、拳の方で槍についてはハニワからいつもグッジョブサインを貰っていた。


「うーん…… そうだね、僕は槍を自分の主要武器にして、いや、殺傷力の高い槍よりも僕の性格だとこんの方がいいや。これからは箱庭で拳ハニワ師匠からは棍と槍を中心に学んで行こう!!」


 走りながらもそう自己分析していたサーフは気がつけばビレイン男爵領に入り、そして領都の門までたどり着いていた。


「あっ! もう着いたんだ。うん、僕も中々の体力だよね。これなら大丈夫だ!」


 直ぐに自分を甘やかすのがサーフの悪いクセである。


 貴族用の門に向かうとサーフの顔を知ってる門番が驚く。


「サっ、サーフ様!! ば、馬車はどうされたんですかっ!?」


「えっとね、鍛える為にデッケン子爵領から走って戻ってきたんだ。でもさすがに疲れたから屋敷まで馬車を出して貰えないかな?」


 やはり自分を甘やかすサーフだった……


「ハッ! 直ぐに手配、致します。それと領主様に先触れを出しておきます」 


「うん、よろしくね」


 そう言うとサーフは門番詰め所に向かった。中に入り椅子に座り馬車の手配がつくまで待つ事にしたのだ。


 しかし、詰め所にいた門番たちは慌てる。領主の嫡男であるサーフがさも疲れた様子で中に入ってきて普段、自分たちが腰掛けている椅子に座ったのだ。慌ててサーフに声をかける。


「サーフ様! その椅子ではなくコチラのソファにお座り下さい」


「ううん、そっちに座っちゃうと寝ちゃいそうだからこっちでいいよ。馬車を待つ間だけだから、いいよね?」


「サーフ様がよろしいのなら……」


 門番たちはそう言うが、もしも領主に知られたらと気が気でなく、馬車よ早く来いと祈っていた。


「お待たせしました、サーフ様。馬車の手配がつきましたので、こちらへどうぞ」


 待つこと五分ほどでやって来た馬車に、手配してくれた門番に有難うと言いながら銀貨五枚のチップを渡してサーフは乗り込んだ。


「ふう、これで家まで楽ちんで帰れるね」


 門から屋敷までは八百メートルほどだが、馬車は街中を走るので速度はユックリだ。のんびりと外を眺めながらサーフはふと呟いた。


「箱庭にセバスさんかユルナさんが居てくれたら良いんだけどなぁ……」


 サーフの今回のいきなりの一人先行帰省は、クウラたちの時間を無駄にしない為に、先ずは自分の屋敷の自室から箱庭に入って、道を作る目的だったのだ。


 貰ったタリスマンによって何処からでも箱庭に入れるが、出る場所は今までに入った場所しか選べないので、サーフはビレイン男爵領の屋敷の自室から入り、自室に出れるようにする為に戻っているのだ。

 更には、もしも箱庭にセバスかユルナが来ていたらハイヒット侯爵領にも連れて出て貰えるので、それも狙っているのである。


 王立職能学園の夏季休暇は二ヶ月あるが、時間は有限なので少しでも短縮出来るようにとサーフなりに考えたうえでの行動だった。


 なので、もちろん帰りは箱庭経由でデッケン子爵領に戻るつもりである。


 どこまでも自分には甘いサーフだった……


 そして、屋敷に到着し執事のロッテンに言って父の都合を聞いて、執務室へと向かう。ノックをすると父から入れとの言葉があったので中に入るサーフ。


「どうしたのだ、サーフ。クウラ様とご一緒してないのか?」


 中に入ってきた息子にそう尋ねるビレイン男爵、名はクーフという。


「父上、先にお知らせした通り隣の領地のデッケン子爵様がハイヒット侯爵様の寄子になる事を希望しております。その話合いをする為に、ハイヒット侯爵領に集まるとお知らせしましたが、僕はクウラ様から特殊な移動手段を授かっておりまして、少しでもクウラ様たちの移動する時間の短縮が出来ればと一足先に戻ってきた次第です。その手段はクウラ様の許可なく父上といえども明かす訳には参りませんが、お知らせもせずにいるのはダメだと考えこうしてご報告しております」


「そうか…… クウラ様の為にな。分かった。それで、夕食ぐらいは一緒に食べる時間はあるのだろう?」


 父の問いかけにサーフは頷き、但し夕食を食べた後は直ぐに行動しますと断りをいれた。


「うむ、クウラ様のためなのだ、仕方あるまい。では、夕食の席でな」


「はい、父上。失礼致します」


 そうして、夕食を待つ間に風呂に入り身奇麗にしたサーフは夕食を久しぶりに父母ととり、学園での出来事などを話して両親を喜ばせた。


 それから両親にそれではハイヒット侯爵領でまたお会いしましょうと伝えてから自室に入り、箱庭へと入るとちょうどユルナが居てくれた。


「ユルナさん、良かった。コチラに来ていたんですね!」


「まあ、サーフ様! 今はデッケン子爵様の領地に居られる筈では? 箱庭に何か用事でもございましたか?」


 そこでサーフは自分の考えた移動方法をユルナに伝えて、ハイヒット侯爵領に連れて出て貰えないかと頼んでみた。


 ユルナは少し考えた後にサーフに言った。


「サーフ様、クウラ様、レイラ様の事を思って行動していただき有難うございます。もちろん、これからサーフ様をお連れしてハイヒット侯爵領へと出ますが、一つだけお約束していただけますか?」


 ユルナの言葉に頷くサーフ。


「もしも、クウラ様かレイラ様が、馬車での移動をご希望されたならばそれに従って頂きたいのです。お二人とも、揃ってお出かけなさるのは初めてでございます。ひょっとしたらその道中も楽しみたいとお考えになるかも知れませんので」


 その言葉にハッとするサーフ。


「そ、そうでしたね。旅の醍醐味はユックリと気の合う人と一緒に移動したり、宿泊したりする事ですからね…… 僕はそこまで思い至ってなかったです。ユルナさん、教えてくれて有難うございます」


「フフフ、とんでもございません。聡明なサーフ様ならば私が言わずともデッケン子爵様の領地に戻られる前にお気づきになるとは思いましたが、他でもないクウラ様のことでしたので、ついつい要らぬ口を聞いてしまいました、どうかご容赦下さいませ」


 緩やかに微笑むユルナを見てサーフはこんなにキレイな大人な女性は母上以外では初めてだなぁ……

 なんて思っていたが、これがサーフの初恋であった…… 初恋は実らないものである。



 それからサーフはユルナに手を繋いで貰い、ハイヒット侯爵領内の侯爵邸内にある居間に連れて行ってもらい、代官であるセバスの弟に紹介もしてもらい、利用されるならばいつでもと太鼓判を貰った。


「有難うございます。それでは僕はデッケン子爵領に戻ります」


 そう言うサーフに代官は、今日はもう遅いので泊まっていかれてはいかがですかと言われ、ユルナとセバスも頷いたので、一晩泊まる事にしたのだった。


 そして翌朝、ユルナに起こされたサーフ。


「サーフ様、聞けばデッケン子爵領からビレイン男爵領まで走って来られたとか!? 素晴らしい脚力でございますね! 戻られる際もビレイン男爵領から走って戻られるんでしょう?」


 初恋に気づいてはいないが、ユルナにそう言われたサーフは、


「勿論です! 僕はもっと鍛えないとダメですから!!」


 と元気良く答え、少しでもユルナに良く見てもらおうと虚しい努力をする事を決めたのだった。


 頑張れ、サーフ! 走れ、サーフ!!


 いつかその努力が報われる時が来る!!


 と良いね…… …… …… …… …… 


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