第26話 過去の母上の話……

 僕たちは稽古が終わったので母屋に招かれたんだ。


「さて、クウラくん。おっと、くん呼びで構わぬかな?」


 ザンさんに問われて僕は頷いたよ。


「うむ、有難う。それでどうだったかな、ザン剣術道場は?」


「はい。とても勉強になりました。僕もかなり鍛えているつもりですが、まだまだだと思い知りました」


「アラ〜、そんな事はないのよ〜、クウラくん。あと必要なのは経験だけじゃないかしらね〜」


 メイリアさんがそう言ってくれるけれども、僕としては本当に今いった気持ちなんだ。 

 小手先の技ばかりを磨いて、基本を疎かにしていたのだと気がついたんだから。僕が素直にそう言うとザンさんが突然叫んだよ。


「偉いっ!! うーん、ジンよ聞いたか? 九歳の頃のお前に聞かせてやりたいわっ!!」


「父上、勘弁してください……」


 ジンさんが困った顔でそう返事をしてたよ。ザンさんがそんなジンさんにワハハと笑いながら、今度はティリアさんに声をかけた。


「ティリアは明日から予定通りメイリアと一緒に稽古だな。古道場の方に行くように」


「はい、父さん。母さん、いいえ、師匠、よろしくお願いします」


「あらあら〜、ここでは母さんでいいわよ〜、ティリアちゃん。それよりも、レイラちゃんもレミーちゃんも一緒にどうかしら? 四日間だけなんだけど? 都合が悪いかしら?」


 メイリアさんが僕の方を見ながらそう聞いてきたので、僕は


「えっと…… こちらで十日ほどご厄介になる予定でしたんですけど…… ティリアさんとの話では」


 と言った途端にティリアさんがアッという顔をして、メイリアさんはギギギーという音がしそうな感じで首を回してティリアさんを見る。


「ティリアちゃ〜ん、お母さんそのお話聞いてなかったわ〜…… 大事な事は忘れる前に伝えなさいっていつも言ってるでしょう〜。でも、それならレイラちゃんもレミーちゃんも大丈夫ね。一緒にお稽古しましょうねぇ〜。ティリアちゃんには別メニューを今晩のうちに考えておくわ〜」


「か、母さん!! お願いします、ちょっと忘れてただけなんですっ! 悪気は無いんですっ!!」


 あのティリアさんが必死になってるよ…… どんなメニューなんだろうね?


「ウフフフ、ダメよ〜」


 絶望感に打ちひしがれたティリアさんを見て僕は話題を変える必要があると思ってメイリアさんに聞いてみたんだ。


「あの、メイリアさん。僕の母上と親友だったっていうのを教えていただきたいんですが?」


 僕の言葉にあら〜と言いながらもメイリアさんは


「少し長くなるけどいいかしら〜」


 と話してくれそうなので僕はよろしくお願いしますと頭を下げたよ。


「そうねぇ…… マルメイくんも居る事だし、出会いからお話しましょうかしらねぇ。あ、マルメイくん、今から話す事は他言無用よ〜。話したら私が直々にしばき倒しに行くからねぇ」


 言われたデッケン子爵は顔を青くしながら、


「ぜっ、絶対に喋らん!! 神に誓おうっ!」


 って宣言したよ。


【メイリアさんの話】


 そうねぇ、私がメリエちゃんと出会ったのは六歳の時なの。この王国の王宮で出会ったのよ。

 その時は王太子殿下(今の国王陛下よ)と亡くなられたけれども第二王子殿下の婚約者を決めるっていう事で王宮で盛大なお茶会が開かれたのよ。

 え? 何でそこに平民の私が居たのかって? 失礼ねぇ、マルメイくん。私は今は平民だけどその当時は東方の国の姫として来ていたのよ。

 そうよ、私は東方の国ヤポンの王族に連なる者なんですからね。って言っても兄、姉、弟、妹合わせて十九人いる中の一人だったんだけどね。


 その時は王国内の下位貴族、高位貴族、それから他国へも打診して婚約者候補を呼んでいたのよ。

 でも、他国からは私と帝国から来てた子だけだったわね。


 それでね、その時に一人一人王太子殿下と第二王子殿下の前でアピールする事になったんだけど、当時六歳だった私はお転婆でね。お二人に向かってこう言ったのよ。


「お呼びいただきまして感謝致します。けれども、私は自分よりも弱い者と婚約や婚姻をするつもりはございません。ですので、お二人とも私よりも強い事を証明していただけますか?」


 って言ってのけたら後ろからね、


「ちょっと待ったーっ!!」


 って声が聞こえて前に出てくるご令嬢が一人。そしてそのご令嬢が、


わたくしも自分よりも弱い殿方と婚約するつもりはございません!! 陛下、どうか腕試しの機会をお与え下さいませ!!」


 って私の横に並んで国王陛下に直訴したのよ。それがメリエちゃんだったのよ。


 で、前国王陛下様と王妃様は大変、くだけた方で、私とメリエちゃんの提案を面白いって仰って、私は王太子殿下と、メリエちゃんは第二王子殿下とその場で対戦する事になったのよ。

 王太子殿下は当時十二歳、第二王子殿下は九歳だったわ。


 で、対戦するに当たって王立職能学園でも採用されてる、当たっても衝撃や痛みはないけれども、当たった場所に色がつくっていうアレを急遽用意して、私は着物のまま、メリエちゃんはドレスのままで対戦する事になったの。

 陛下も王妃様も着替えても良いって言って下さったんだけど、これぐらいのハンデがあってもお二人には負けませんって私たちが言ったものだから、王太子殿下なんて目が座っちゃってたわねぇ……


 結果? もちろん、私とメリエちゃんの圧勝よ。五本勝負の五本とも私たちが取ったのよ。王太子殿下なんて往生際が悪いったら、もう一本なんて言って王妃様に怒られてたわ。


 まあ、それでね私が今なぜここに居るのかって言うと、帰国しようにも兄、姉の策略で着いてきてた従者たちはみんな私を置いて一足先に帰ってしまったのよ。

 それで困ってたところをメリエちゃんとメリエちゃんのお兄さん、後のハイヒット侯爵様が一緒に来られますかって言ってくれてね。

 でも、ハイヒット侯爵領に入る前にこの地で一晩休憩をするってなって、見つけちゃったのよ〜。

 ザン剣術道場をね。で、私は頼もう〜って入っていって…… コテンパンに先代のザン様、お義父とう様にやられちゃったのよ。

 余談だけど、この剣術道場は道場主があとを継いだらザンと名乗る事になってるのよ。


 そこから私は弟子入りして、今の主人であるザンと結婚してって事なのよ。


 ハイヒット侯爵領は近かったからメリエちゃんもよく遊びに来てくれて、それから王立職能学園にも一緒に入ったわ。

 学園では私たち二人は過去、現在、未来を合わせても最強の女子って言われてたものよ。ウフフフ、ビックリした顔をしてるわね、クウラくん。

 

 でもね、ある日を境にメリエちゃんは剣を握ることを止めて、本を手にとるようになったの。


 それはね、ハイヒット侯爵邸にある禁書室にメリエちゃんのお兄さんが私も一緒に連れて入ってくれて…… そこでメリエちゃんは出会ってしまったのよ…… そう、禁断の【BL】に!


 私はハマらなかったんだけどメリエちゃんったらどハマりしちゃって王国内各地の小さな古書店にまで問合せを出してたぐらいよ。


 でもそんな時間も長くは続かなかったの。私たちが学園を卒業して二年後にメリエちゃんのお兄さんが流行り病で亡くなってしまい、後釜であるメリエちゃんを狙ってハイエナ貴族たちがあの手この手で迫ってきてたの。


 そこに手を差し伸べてくれたのが、今の国王陛下と第二王子殿下改め公爵となられた方だったのよ。私はもう平民だったから貴族に対しては何の牽制も出来なかったんだけどね。物理的な障害はメリエちゃんと一緒に叩き潰してたけどね。


 で、表向きにはハイヒット侯爵領を王領にするって発表して、元々ハイヒット侯爵が持っておられた飛び地の領地であるローカス領をメリエちゃんに与えて女侯爵として下さったの。

 でも、事実はハイヒット侯爵領もメリエちゃんの管理下にあったのは、グラシア伯爵家、ビレイン男爵家ぐらいしか知らない事だったのよ。

 あら、マルメイくんビックリしてるわね。


 今の話もそうだけどこれから言う話も他言無用よ、マルメイくん。


 クウラくんが学園卒業後、一年間はハイヒット侯爵領で家臣たちと共に領地経営を学び、レイラちゃんが学園を卒業した後に、二人の婚姻とクウラくんが正式にハイヒット侯爵となる事が国王陛下より発表されるわ。


 分かった、マルメイくん。絶対に喋っちゃダメよ。


 あと、もう一つ…… コレはメリエちゃんが亡くなる直前に私にあてた手紙に書いてあった事なんだけどね…… クウラくんはスパッツのクソ野郎の子じゃないそうよ。メリエちゃんはいつも薬を使用してスパッツには子作りしたと思わせていたみたいなの。実際には身体に指一本触れさせてないって言ってたわ。


 マルメイくん、コレも他言無用よ!!


 ホントの父親については書いてなかったから私にも分からないんだけどね。でも、いつかクウラくんが訪ねてきたら私の口からこの事実を伝えて欲しいって手紙に書いてあったから。


 さあ、私の長い話はこんなところかしら?

 

 メリエちゃんの過去が分かって安心したかしらクウラくん? そう、良かったわ。


 それじゃ、明日は先代のザンの元にジンとライくんと一緒に行ってらっしゃい。

 この家の裏にある小山の中に住んでいらっしゃるから。サーフくんやロートくんはどうするのかしら?


 あら、サーフくんはやる事があるのね。ロートくんは? そう、クウラくんと一緒に行くのね。


 フフフ、ロートくん、頑張ってね。今する努力はいつかはかえってくるものよ。


 さあ、それじゃみんなもう寝ましょう。明日は早いんだからね。




 母上の過去の話は衝撃だったけど…… 僕の父親は誰なんだろうね? まあ、いつか明らかになるかも知れないし、明らかにならなかっても別にいいかな。僕は今、こうして生きているんだから。


 

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