第22話 デッケン子爵がやって来た
街の宿で僕たちが夕食を食べていたら、街長であるダーン男爵の遣いの人がやって来て、食事が終わったらでいいので街長邸まで来てほしいって言われたんだ。
そこで急いで夕食を食べ終えて、僕、レイラ嬢、レミー嬢の三人で訪ねる事になったよ。サーフくんとロートくんは箱庭に行って修行したいって言ったから了承したんだ。
ダーン男爵の住まいでもある街長邸に行くと軍馬に跨った人が二十人ほどに、軽鎧を着けた歩兵らしき人たちが三十人ほど、庭で待っていたんだ。
一際目を引く見事な革鎧を着けた人が僕たちを見て軍馬からおりると他の人たちも軍馬からおりた。
そして、
「我が領地の領民たちの危機をお救い下さり、ここに最大限の感謝を込めて、このマルメイ・デッケン、クウラ様にこの剣を捧げます!!」
って叫んだかと思うと、跪いて僕に対して剣を捧げるんだよ!
いや、ちょっと待って下さーい。僕が慌ててダーン男爵を探すと男爵もデッケン子爵の後ろで跪いてたよ……
僕は呆然としてしまったんだけど、そこをレイラ嬢からツンツンと突っつかれてハッと正気に帰ったよ。
「あの、デッケン子爵、どうか頭を上げてその剣も仕舞って下さい。僕は自分のできる事をやっただけで、子爵の忠誠は陛下にこそ向けられるべきでしょう」
しどろもどろになりながらも僕がそう言うと、デッケン子爵はこう言ってきたんだ。
「勿論ですが、私は国王陛下に忠誠を誓っております! ですが、それとこれとはまた別の話にございます! 私は私が大切に思っている領民たちをクウラ様がもしもこの場に居られなかったら守る事が出来なかった! クウラ様がこの街の危機の時にこの場に居られたのは、これは神の奇跡と言っても良いでしょう! ならばこれは神の思し召し!! 私は陛下の危機には駆け付ける所存ではありますが、それ以上に神の思し召しであるクウラ様の危機には何を持っても駆け付ける所存でございます!!」
いや、その言葉誰かに聞かれると不敬罪になるから、そんな大声で叫んだらダメですよ。
「それに、私は陛下には失望しております! 何故ならば、我が娘が理不尽にも隣国の帝王に目をつけられ、強引に帝王の子息との婚約をまとめられそうになった時に、陛下は私の救助要請を無視されたのです! なのでそれ以来私は王都に出向く事なく領地にて領民たちと我が家族たちを守る為に奮闘して参りました!!」
ありゃ〜、陛下、何をしてるんですか…… って多分だけどデッケン子爵の救助要請は陛下どころか宰相閣下にまで届いてないよね。
恐らくは…… その下の下、文書管理官であるマーレイ伯爵あたりが止めたんだと僕は思うな。
マーレイ伯爵っていうのは父上と懇意にしている伯爵で、ローカス王都邸にも良く顔を出していたんだ。そして、口ぐせが
「下級貴族からの嘆願書なぞ宰相閣下はもちろん、陛下にお渡しする必要などございませんからな」
だったからね。僕はその事実をデッケン子爵に伝えてみたんだけど……
「そのような官僚を未だに雇い続けているという事自体が宰相閣下並びに陛下の能力を疑うに足る事になるのです!」
と言われちゃったら正論だけに僕も反論しづらいよね…… だけどそこでレイラ嬢が喋り出したんだけど…… ホントに八歳なの、レイラ嬢?
「デッケン子爵様、初めてお目にかかります。ハマース伯爵家のレイラと申します。クウラ様の婚約者です。一言だけよろしいでしょうか?」
「はい。レイラ嬢、何でしょう?」
「確かに陛下も宰相閣下もそのような者を雇い、雇用し続けているのは問題なのでしょうが、貴族には横の繋がり、派閥もあり、例え陛下といえども容易くその職から退かせるのは難しいかと存じます。むしろ、一度にそうしてしまうと陛下の御身にも危険が迫る可能性が高いのはご理解いただきたいのです。ワタクシの私見で申し訳ございませんが、陛下も宰相閣下も何とか職を辞させようとマーレイ伯爵の汚点を探っておられる筈なのです」
「し、しかしですな、レイラ嬢……」
「お待ち下さい、話は最後までお聞き下さいませ。デッケン子爵様はこれまで派閥に入らずに中立と言う名の孤立を選ばれて来られました。ですが…… もしもでございますが、例えばコチラに居られるレミー様のご実家、グラシア伯爵家の派閥に入られる等の道を選ばれておられましたなら、救助要請の嘆願書も宰相閣下または陛下にまで届いたと思うのです。貴族としての義務とは申しませんが、その行動をお取りになられなかったのはデッケン子爵様の落ち度だと、貴族の娘としてワタクシは思います……」
うん…… ホントのホントに八歳ですか?
レイラ嬢の意見もまた正論だね。そう、派閥に入るという事にはメリットも多々あるんだ。
それを他の貴族は信じられないという理由から怠っていたデッケン子爵にも落ち度は確かにあるんだよね。
レイラ嬢の言葉に深く考え込むデッケン子爵。子供のいう事だと一笑にしないこの人は本当に真面目な人なんだね。
「レイラ様…… 確かに仰るとおりでございますな。私はいつの間にやら嫌っていた貴族たちと同じような考えに染まってしまっていたようです。己の落ち度を
「ワタクシのような幼き者の言葉を真面目に受け取って下さって本当に嬉しく思いますわ。デッケン子爵様、今からでも遅くはございません、レミー様とこうして出会えたのも縁でございましょう」
レイラ嬢が花の綻ぶような笑顔でそう言うと、デッケン子爵の兵たちはホウッとため息を吐いてレイラ嬢に見惚れたよ。
フフフ、僕の婚約者なんだよ、凄いでしょう!
「クウラ様、ドヤ顔になっております……」
レミー嬢からコソッと突っ込まれてしまったよ。コホンって咳払いをしてからレミー嬢がデッケン子爵に話しかけたよ。
「デッケン子爵様、お久しぶりでございます。グラシア伯爵家のレミーでございます。もしも、よろしければ
「よろしいのですか、レミー様」
「はい、
「それは、近い領地に居られるので、お祝いを贈るのは当たり前の事にございましょう。私の子が産まれた時にも、グラシア伯爵家からもビレイン男爵家からも、また、今は王領だと聞いております旧ハイヒット侯爵領からもお祝いは届いておりました」
「フフフ、ですがデッケン子爵領よりもうちに近い場所に領地を持つマーレイ伯爵家からは何も届いてございませんのよ。うちはお子様がお産まれになった時にお祝いをお贈りしておりますが。それに、ハイヒット侯爵領は王領ではございませんわ。未だにハイヒット侯爵領ですのよ。その辺りも父にお尋ね下さいませ。きっとデッケン子爵様にとって悪い事にはならないと存じますわ」
そのレミー嬢の言葉にデッケン子爵は大きく頷いて、僕たちが子爵領での用事が終わり次第、一緒にハイヒット侯爵領に向かう事になったんだ。そして、ハイヒット侯爵領でグラシア伯爵と会談する事も決まったんだよ。
取り敢えず、僕に剣を捧げるっていうのは曖昧になってホッとしたよ。
で、明日からデッケン子爵と一緒に領都に向かう事になったんだ。ティリアさんの実家の剣術道場には何とデッケン子爵の子息も通っているんだって。だから子爵も一緒に顔を出しますって言ってたよ。
うん、でもよーく考えてみたら、僕は前世で十四歳まで生きたんだけど、今世の八歳、九歳って賢すぎない? 貴族だから? いや、それだとロートくんやティリアさんの事を説明できないよね?
やっぱり生きていくのに日本よりも厳しい世界だからなんだろうね。みんな知識が、力が武器になるって分かって、幼くても必死に学んでいるからなんだろうね。
但し一部の者は除くけどね……
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