中編 試してみますか? 愛の力
「せいさんが、底辺って……?
意味が分かりません」
その言葉だけで、僕の中で猛然と怒りがわきあがる。
web小説サイトでなかなか評価がつかず悩む書き手たちを、一部でそう揶揄する連中がいるのは、僕も知っている。
中には自分自身をそう呼んで、底辺作家と笑う書き手もいたりする。そう開き直れればいいが――
残念ながらせいさんは、そういうタイプじゃなかった。
「どうもね、そいつらの書き込みによると……
フォロワー〇〇件以上の作品を書けてなければ、その書き手は容赦なく底辺作家だとか。
『アロウ』の異世界恋愛で〇ケタポイント以上取れなければ、そいつは底辺オブ底辺のクズ作家同然とか。
××ジャンルや△△ジャンルでどんだけランキング上位になったって、ジャンル自体がゴミだから意味ないとか!
●●コンテストの☆☆部門で一次通過したって、あんなの単なるお情け、字さえ書ければ誰でも通過できるとか!!」
あぁ。僕の耳には、今伏字にした部分の具体的な数値や単語は入ってこない。
いや、認識はしているが表現していい部分ではない。耳にするのも口にするのも憚られる。
だが――
せいさんはフォロワー〇〇件以上の作品は一度も書けていない。
異世界恋愛でも〇ケタポイントなんて取れていない。
ただ、××ジャンルや△△ジャンルでちょっとだけランキング入りしたことならある。普段人の少ないジャンルだから比較的上位に入りやすいという事情もあるが、それでも立派なランキング入りだ。
そして、●●コンテストの☆☆部門というのは、せいさんが生涯にたった一度だけ、唯一通過したことのあるコンテスト。
胃の内容物のみならず胃酸まで吐きまくり、じんましんで身体中かきまくり全身血まみれになってようやく完成させた異世界恋愛転生ざまぁもので、見事一次通過を果たした。
残念ながら二次で落ちたが、それでもあの時の嬉しそうなせいさんの笑顔は、忘れられない。
――それなのに。
そんな彼女の努力を。
彼女の努力の結果を。良い結果も悪い結果も関係なく。
そいつらは全て踏みにじり、嗤い、一方的に侮辱したというのか。
誰からも石を投げられない、安全な、匿名のSNSで。
「へへ……そういうことだからさぁ~
私なんてどんなに書いても結局、底辺書き手にすぎないんだよねぇ~
あぁ、てーへんだ、てーへんだぁ~♪」
もう自虐が極まりすぎて、へらへら笑いが出てくるせいさん。
「も~、アカウント消して逃げちゃおっかなぁ~♪
こんな底辺作家、一度消えちゃった方がい~よね? ね?
トワくんもそー思うでしょ?」
「思いません。
というか、いきなりアカ消し逃亡だけは絶対やめましょう!
それまで読んでくれていた人たちがどう思いますか!?」
それだけは絶対にやめてくれ、せいさん。
まず僕が悲しい! 僕が生まれた作品自体が消えることになる!!
「だってぇ、××さんも△△さんも作風滅茶苦茶大好きで一生懸命追ってたのに、ある日突然予告なしのアカ消し逃亡されちゃったし~!
私だってヘコんだらやってやるんだぁ~!!」
「駄目です。
そんな苦い経験があるなら余計に、貴女はやっちゃ駄目でしょう!!」
「だって、だってぇ~!!」
せいさんが荒れると、いつも大体こうやって駄々をこねる。
デモデモダッテ連発の上、荒れ放題の部屋をさらに荒らしてそのままふて寝。
だけど――
翌日にはちゃんと仕事に行くし、執筆も再開する。
何だかんだで、アカウントは勿論、作品を消して逃亡したことは一度もない。
そんなせいさんのド根性が、僕はとても好きだ。
何度折れても戦いを諦めないその魂が、とても。
せいさんがようやく鎮まり、すぅすぅと寝息をたてはじめたのを確認すると。
その枕元に放り出されたスマホを、僕はそっと取り上げる。
画面ロックは僕のタッチ一つだけで難なくこじあけられた。すると――
「……やっぱり、ここを見てたか。
ヤバイのも多いから注意しろって、あれだけ言ったのに」
せいさんが少し前に見ていたであろう画面は、某所匿名SNS。
役立つ情報が転がっていることも多いが、匿名だけあって悪意ある情報も非常に多い場所だ。
書き込まれた大量の情報から、猛毒たっぷりの書き込みの集合体を見つけ出すのに、そこまで時間はかからなかった。
そこにあったものは――まさしく地獄。
あらゆる書き手たちがリストアップされては、悪意丸出しで弄られ、好き放題に言われている光景――
その中には、せいさんと交流のある書き手たちも少なくなかった。
「延々相互やりまくってやっと浮上できる底辺作家ども」
「クソみたいなジャンルでランキング入りして浮かれる底辺」
「異世界恋愛でポイント取れたとかでメッチャ調子乗ってるw このご時世、悪役令嬢ざまぁでトップ取れない方がおかしいんだよww」
「××大賞とか、誰も読まねーコンテストで何盛り上がってんのこいつらw」
「まーたしょーもねぇ自主企画で、底辺ジャンルのランキング独占しやがって」
「今度通報してやろうかな」
……想像通りの輩だ。
ろくに他者の作品も読まず、評価とランキングとジャンルぐらいしか見ずに書き手を罵る奴ら。恐らくまともに作品を掲載したことすらないだろう。
一度でも作品を書き上げ、小説サイトに載せてその厳しさを経験したなら、こんな戯言は決して言えないはずだから。
土俵に上がることさえせず、観客であろうとすらせず、上辺の評価だけを見て戦士たちを嘲笑う奴ら。そんな態度はコンテストの選考委員やプロの編集者でも許されないであろうが、こいつらは大体、ただのド素人。
興味本位でサイトを覗き、せいさんのように必死で這い上がろうと戦う者を、底辺と揶揄して楽しむ。
現代科学や現行法でこのような
仮にせいさんがこいつらについて活動ノートなどで、当然のお気持ち(というか愚痴)を漏らしたとしよう。
そうしたらこいつらはしめたとばかりに、「効いてる効いてるw」などとさらに調子に乗るのは目に見えている。
だとすれば――僕のやることは、ひとつだ。
法律からも現代科学からも外れた場所で、せいさんによって生を受けた僕が、やるべきことは。
書き込みのひとつを、僕は指で触れる。
するとその指は僕の意思に従い、みるみるスマホ画面へと吸い込まれていく。指だけでなく一気に二の腕まで、水面に吸い込まれるかのように画面に没していく僕の腕。
その奥を探ってみると間もなく、妙にぶよぶよとしたアブラギッシュの、気持ち悪いモノが手に触れた。
僕は容赦なくそいつを掴み、思い切り引きずり上げた――
すると。
「――ぐ、ぐぇえぇえぇえ!?
な、何だぁあぁ!?」
ヒキガエルが轢き殺されるが如き耳障りな絶叫と共に眼前に現れたものは、
でっぷり肥った汗臭い雄豚。もとい、頭髪が非常に淋しいデブ男。
多分体重は100キロを下らないだろうし、萌えアニメ絵がデカデカとプリントされたTシャツもよれよれのジーンズも何日も洗っていないのか、酷い臭いがした。
肌質は明らかにオッサンなのに表情は子供で、年齢が推測しがたい。
ともかく僕は片手で、スマホからそいつをえいやと引きずり上げた。
何でスマホから人間が引きずり上げられるのかって? 決まってるじゃないか、せいさんと僕の愛の力だよ。
何が起こったのか全く理解できないまま、その男は慌てふためいて短い足をじたばたさせる。
その脂っこい首ねっこを掴み、高々とつるし上げながら、僕は尋ねた。
スマホに表示された、例の
「答えなさい。
これらの書き込みをしたのは、貴方ですか?」
「なんだぁ? おめぇ……」
すぐには答えず、じろじろと僕を睨む小さな目。
その時にはもう、僕には分かってしまっていた――
このSNSにおける邪気たっぷりの書き込みは、殆どがこいつ一人によるものであることを。
巧妙にIDを変えながら、ほぼ全ての猛毒書き込みをこいつ一人がやっている。
何で分かるかって? せいさんの愛の力で生み出された僕に、出来ないことはないのさ。
僕の顔をじろじろ見ていた豚は、やがてにちゃりと笑った。
「あ~……思い出した。
おめぇ確か、全然売れてねー男Vtuberだっけ? 男のVtuberとか腐以外のどこに需要あんの、バーチャルホストがよぉw
ボクの推しV、まこーれちゃんなんかこの前の同接10万行ってたけど、おめぇの箱の奴ら、確か最大でも彼女の半分……」
何やら僕のモデルの件をぐちぐち早口で喋っているが、そんなことは今何も関係ない。
「質問に答えなさい」
「ぐえぇえっ!?」
僕が少々指に力をこめただけで、男は奇妙な悲鳴をあげながら鼻血と涎を吹いた。
あぁ、床がまた汚れてしまうな。
「ちなみに僕のモデルとなったVtuberは、ペットボトル60本を1分足らずで潰せます。
貴方がバカにした、そのVtuberはね」
「へぎっ!? そ、そんな初期設定……」
「初期設定ではなく事実です」
「ケっ、まさか。そのナヨナヨのキメぇ体型で何が……」
「じゃあ、試してみますか? 貴 方 で。
結構盛りに盛られて創造された、僕の力を――」
「ひぎぃい!?」
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