人気Vtuberそっくりに造られた僕は、愛しの造物主を底辺呼ばわりする奴らを許さない

kayako

前編 僕の愛する造物主



「う、うわぁあぁああ~~んっ!!

 もう嫌、もう嫌、嫌ああぁああぁああぁあ!!

 どんだけ書いても書いても、私の作品なんか、だーれも見てくんないんだぁああぁああぁああ~~!!!」


 そんなものすごい泣き声で、僕は目を覚ました。

 周囲を見渡して、まず目に入ったものは――

 ひたすら乱雑に散らかった部屋。もう数か月は干していない布団の上に、散らばった本や雑誌やポテチ袋、洗ってないカップ麺の山。

 部屋には窓があるはずだが、無造作に積み重なったダンボールのせいでろくに陽の光も当たらない。その隅っこにある小さな机では、ノートPCの画面が光っている。


 そんなゴミの山の中心で、一人の女性――僕の『造物主様』が、泣き喚いていた。

 名前は星井ほしいせい。そろそろアラサーにさしかかろうという独身OLだ。僕は敬意をこめて「せいさん」と呼んでいる。

 着ているものは昨夜、仕事から疲れて帰ってきてスカートだけ脱いで布団にぶっ倒れた時そのままの、ブラウス一枚。多分シャワーも浴びてなければ歯も磨いてないし顔も洗ってない。


 ただ、彼女の枕元に投げ捨てられたスマホが、何かを訴えかけるように明滅していた。

 そっとスマホの画面を覗いてみると、そこにはいつもの画面が光っている。

 映し出されているものは、web小説投稿サイト「カケヨメ」に「小説家でアロウ」。そしてそこにあるものは、彼女が丹精こめて書いた、作品の数々。


 ――そう。

 せいさんはOLとして日々の仕事を頑張るかたわら、web小説作家としても活動している。

 異世界ファンタジー、異世界恋愛、現代ファンタジーやラブコメ、ホラー、SF、はたまたエッセイや詩や童話などあらゆるジャンルに挑戦し、頑張っている。


 何を隠そうこの僕――『水鏡みかがみトワ』も、せいさんが書いたラブコメ『騒音がうるさくてお隣の眼鏡イケメン男子に文句言いに行ったら、なんと憧れのVtuberでした♪』のメインキャラだ。

 せいさんイチ推しのVtuberに滅茶苦茶似せて作られたキャラ、それが僕。あまりに似ているものだから、二次創作になってしまう!と危惧して慌てて名前を大幅に変えてもらったくらいだ。


 何でその僕がここ、せいさんの部屋にいるのかって?

 決まってるじゃないか。せいさんの愛の力だよ。


 ちなみに今もノートPCでは、僕のモデルになったそのVtuberがにこやかに配信を続けている。栗色の柔らかな髪に涼しげなエメラルドの瞳、スラリとした長身にグレーのスーツに黒眼鏡といういで立ちは、僕の容姿と殆ど変わらない。低音のイケボで発される穏やかで丁寧な口調は、女性人気も高いらしい。


「せいさん。

 ……せいさん、まずはちゃんと着替えて寝ましょう。また風邪をひいてしまいますよ」


 僕はそう言いながら、せいさんの肩に手をかける。

 すると彼女はぼんやりと目を開け、ボサボサ頭もそのままに、しばらく僕の顔をじっと眺めていたが――


 やがて、火が付いたようにわっと泣き出して僕にしがみついてきた。


「う、う、うわぁああぁああん! トワくん、トワく~ん!

 私、頑張ったよ? 滅茶苦茶頑張って、トワくんの言う通りに作品を色々、コンテストにエントリーしてみたんだよ?

 どんだけ私が頑張ったか、分かってる? 私がトワくんを生んで5年もの付き合いになるんだから、分かるよね!?」


 僕の両腕に思い切りしがみついてくる、せいさん。

 昨日のままの化粧は中途半端に剥がれ、顔は涙と鼻水にまみれている。

 元々はそこまで酷い顔ではない、むしろ素顔でもかなり可愛い部類なのに、こうなると正直僕でも見ていられない……


「なのに、何で!?

 何で私の書くもの、全部全部みんな一次落ちなの!?

 もう1000作はエントリーしたのに、何でどの賞にも殆ど引っかからないの!?

 何でどれもこれも、ぜんっぜんランキングに入らないのよぉおおぉぉお!!!」


 ――そう。

 せいさんの書くものは、僕から見ても、そこまでの評価を得られていない。

 どのジャンルで作品を出しても、殆どの場合、PVも評価もさっぱりつかない。コンテストでもランキングでも、他の多くの作品に埋もれてしまうなんて当たり前。

 今一番せいさんが力を入れている作品のPV欄は、今日も真っ白のまま。勿論評価も1ケタのままだ。


「せいさん。作品の宣伝はしましたか?」

「SNSにも活動ノートにも書きまくったよ」

「他の書き手さんとの交流はどんな感じです?

 Web小説サイトでは、他の書き手さんに存在を認識してもらえなければ、よほどの幸運がない限り浮上できない。それは何度も……」

「トワくんに言われた通り、相互やりすぎって注意されない程度にやってるけど!

 企画にも色々参加してみたけど!

 私って不器用すぎて、思ったように他の作品に感想書けないし、合わないと思った作品には評価つけないし、活動ノートにコメントしにいくのも恥ずかしいし」

「確かに、合わない作品にお世辞の評価つけるのは、ある意味相手に失礼にあたりますが……

 他の作品を読みこんでレビューや感想を書くことは、自分の文章の訓練にもなります。それは分かってきたはずでは?」

「分かってるけど~!!」


 その後も僕はせいさんに、タイトルはどうしたか、あらすじはちゃんと書いているか、出だしはどんな感じか。というかそれ以前に、コンテストエントリー時のタグに不備はないか、応募要項違反はしていないか……などなど、あらゆる点を逐一確認してみる。

 すると分かってくる。せいさんの作品が浮上出来ない原因、それは――


「やっぱり、流行りものを書いてないから、かなぁ……?」


 そう。せいさんはいわゆる、今のweb小説の流行りを書けない。

 今のトレンドはやはり悪役令嬢ものか異世界転生。いずれも主人公が敵を速攻でフルボッコにして徹底的に叩きのめす、いわゆる『ざまぁ』テンプレものだ。

 ところが、せいさんの作風は真逆。主人公は徹底的に追いつめられ苦しめられ痛めつけられる一方、敵キャラはざまぁされずに延々生き残ってしまうというパターンが非常に多い。

 主人公が追いつめられすぎた挙句、闇落ちしてバッドエンドというパターンも少なくない。


 さらに言えばせいさん、悪役令嬢ものも異世界転生も、読むのも書くのも非常に苦手。

「お前との婚約を破棄」の文言が出てきた瞬間に血へどを吐き、1ページ目で主人公が転生したら全身にじんましんが出る。

 それでも、僕も一度悪役令嬢ざまぁものを書くよう説得してみた――何事も経験が大事と。

 しかし出てきたものは、婚約破棄を言い渡した婚約者と浮気相手に主人公が吐しゃ物をぶっかけ、やがてその吐しゃ物が放射熱線になり国を滅ぼすという滅茶苦茶なもの。

 受けるわけがなかったばかりか、「ジャンルを馬鹿にしています」とガチめのお叱り感想までいただいてしまった。


 それでも一応、その後も何作かは悪役令嬢ものも転生ものも書きあげているから、その根性は評価されるべきだと僕は思う。部屋中に血へどをまき散らし、かゆみで転げまわりながらという地獄の中だったが。


 ちなみに現在彼女が精根こめて書き続け、あらゆるコンテストにエントリーしているのは、怪獣と戦うロボットSFものである。乗り込むのは中学生で、仲間も家族も容赦なく殺されていき、話が進むに従って実は敵も同じ中学生だった!と判明するド鬱もの。

 ラストは主人公も敵もキレイに全滅させるよ!と息巻いていた。

 ……一応、僕は止めた。止めたんですよ?



 そういう作風が思わぬヒットを生む時も、決してないわけじゃない。

 だが、これほどwebに作品が溢れている今、せいさんみたいな作風の作品が浮上するには、よほどの筆力と構成力、そして豪運がなければ難しい。

 そこまでの力が彼女の作品にあるかというと――残念ながら今のところ、答えはNOだ。

 あくまで今のところは、だが。



 腕の中で泣きじゃくるせいさんの頭を撫でながら、僕は励ます。


「僕は、それでも前向きに頑張るせいさん、すごく偉いと思いますよ」


 これは本音だ。僕の嘘偽りのない気持ちだ。

 どれだけ評価されずとも、逃げずに踏ん張り、書き続ける。その根性に僕は、心から惚れこんでいる。

 それを聞いて、せいさんは鼻水もそのままに顔を上げた。


「ほんとう? こんだけダメな作品量産しても?」

「ダメ……って、そう言わないでください。

 せいさんの作品は正直、ちょっと前はダメなものが殆どでしたが……

 最近は、きちんと評価されているものも多くなってきたじゃないですか」

「でも殆ど、トワくんのアドバイスのおかげだよ」

「それでも、です。

 他の作品を読んだり研究したり、誰かのアドバイスを聞いていくことによって、せいさんの文章は確実に前よりブラッシュアップされています。

 遮二無二自分の書きたいことを書くだけでなく、誰かの言葉を聞き、他のジャンルを知り、自分を変えていく。それもまた、貴女の力なんですよ」

「でも……」


 ん? 何だろう。

 いつもならここで笑顔になってくれるのに、せいさんは何故か顔を曇らせうつむいてしまう。


「私、見ちゃったんだ。

 何となくSNS見てたら、私のこと色々言ってる奴ら……」

「えっ?

 せいさんのことを?」

「正確に言えば、私本人のことじゃないけど。

 私みたいに、ずっと底辺にいる書き手を、散々に言ってる奴らがいてね」

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