第3話

誕生日



 それから、とカタンと小さなお皿を梨花の前に置いた。


 小粒のチョコレート菓子のアポロが十数個、コロコロちょこんとお皿の上に鎮座していた。



「お誕生日おめでとうございます。何もないのですが、よかったらどうぞ召し上がってください。疲れもとれますよ。店からのサービスです」


 ちょうど甘いものがほしかった梨花は、ありがとうございますと言うと、ひょいとつまみ上げてピンクのチョコレートを口の中に一粒放り込んだ。


 甘みが優しく口の中で解けていく。噛まずに舌で押し溶かしながら無言になった梨花を見て、若いよく見てみるといい男なバーテンダーは微笑んだ。


 ちょっといい男だあと現金にも思った梨花は口を開いた。


「マスターはお名前なんというのですか?」


「イツキと申します。五本の木です。一気はしませんが、よろしければイッキと呼んでくださいね。お客様はなんとお呼びすればよろしいか伺っても?」


「梨花です。リカちゃんって呼んでください。恥ずかしいけど、名前負けで」


茶色くカラーした根本の少し黒くなったロングヘアを揺らした梨花は照れ笑いを浮かべながらそう言った。職場ではお団子にまとめている髪を帰宅する際ロッカールームで解いたので、緩やかに波打っている。かわいいな、とホクホクしながら五木は頷いてリカちゃんと呼びかけた。


「はい?」


 小首を傾げる梨花に、五木は静かに微笑みながら呼んでみたかっただけです、とはにかんでみせた。


「イッキさんはお若く見えますけど、ここのオーナーなんですか?」


 肩をすくめながら頷いてみせた五木は


「はい。オーナーバーテンダーの五木徳成と申します。恥ずかしながら、まだ二十九歳でして。若輩者にご指導ご鞭撻くださいね。失礼ですがお誕生日ということは、お幾つになったのか伺ってもよろしいですか?」


 気分を悪くする気配も見せず、梨花は頷いてみせると


「三十七歳になりました。女の厄年です。なにかこのチョコに合うスコッチをロックでください」 


と、応えた。かしこまりましたとあれこれ好みを聞いて請けた五木はテキパキと慣れた手付きで氷を削っていく。その所作少し見とれながら、梨花はますますいい男かも、若すぎるけど、と密かに思っていた。


「どうぞ」


 コトンとグラスをコースターの上に置いた五木は、一口飲んで美味しいとこぼす梨花にまた花のように微笑んだ。


 静かにバンプオブチキンの飴玉の唄が流れるバーでゆったりと寛ぎだした梨花は、疲れから少し緊張も解けてきて、ウトウトと船を漕ぎだした。


 バーで寝る客は言語道断だが、ウトウトとしてはハッと気づいて姿勢を正す梨花を微笑ましく五木は見守っていた。バンプオブチキンが静かに静かに流れているバーだった。

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