飛散

何のためにあるのか分からない調査塔のような細長の建物は近所の岩崖の上の芝生の広場にポツンと立っていた。僕ら四人はその日、岩崖をよじ登って、その広場で遊ぶことにした。追いかけっこしか、することはなかったけれど。

夕暮れ時になって、ねえ蘭、どうやっておりよう?理子が僕に聞いた。崖下を覗いてみると、僕らのいる場所の高さに今更気がついてお尻がひゅんとした。どうする、治?そうだなあ、どうしようか。ねえ兄ちゃん、早く帰らないと。創は兄のTシャツを引っ張ってごね始めている。沈みかけの夕日は黒を混ぜた濁った茜色をしていた。

じゃあ手を繋いでいって、一人ずつ降りよう。僕はそう言った、僕と理子は治と創に比べて大きい、僕らを錘にして、まずは治たちを下に降ろせばいいだろうと思った。分かったわ、じゃあ早くやりましょうよ、ほら創、帰るよ。治も動いて!理子は笑顔を見せながら治と創と手を繋いだ。

理子は治と創を崖下にぶらさげるようにした。あれ、何かが違う。間違ってる。僕はなぜだかそう思った。けれど声には出なくて、ただ理子のすることを芝生の上から眺めていた。ほんの二秒くらいだったと思う。

理子の手から治と創が離れるのを僕は気づいていたのだろうか。知っていてなお、落ちることを望んだのだろうか。体を岩にぶつけながら、回転して落ちていくのを僕ははっきりと見た。パキャ。治は地面に透明な体液を飛び散らせて、その上に創がひしゃげた。二つの軽い破裂音がリズム良く響いた。そういえば烏が鳴いている。宵間際の風は闇を捲いて吹いていた。理子は崖下を覗いて膠着していた体を起こして、ゆっくり立ち上がった。それから振り返って僕をしんとした目で見つめた。彼女は心底落ち着いた、静かな表情をしていた。

「私たち、あぶないと思ってたなら、ちゃんと言ってよ。きみは卑怯な裏切り者だ」

彼女はそれだけを口に出して、崖下をぼんやりと覗き直した。治の残骸にこびりついたアリの屑と、四方に飛び散った二人の透明な体液。彼らは死んだのか。

「そうか、旅立ちだ」

たぷたぷ漏れる体液は地面が吸い込み、砕けた枯枝のような節足を黒い粒々が列をなして運んでいく。もうどちらの足かも分からない。

理子はいつも正しい。混じり気なく、悉く、須く、余すところなく、正しい。だから僕は、いつも間違う。歪んで、欠けて、ぼやけて、濃厚に、間違う。理子は宵闇と共に去った。僕は暗闇に一人、ふさふさした芝生の上に立っていた。名も用途も知らない塔と一緒に。風の気持ちいい夜だった。

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