第六話

 晨は真白の頬にかかった髪に触れ、慎重に整えた。


 するりと流れる髪は、来たばかりの頃に比べると、艶やかになり、天使の輪ができるほど美しくなった。


 晨にシャンプーの良し悪しなど、わかるはずもなく、そういったことに興味があるだろう女の子の真白も、まったく詳しくなかった。


 そこには、真白の育ってきた環境が影響している。


 そう思う反面、興味のない女の子だっている、という考えも浮かぶ。


 些細な理由であってほしいと願っている晨は、すでにそうではないとわかっているのかもしれない。


 晨は真白を頬に触れ、心の中で何度も謝罪した。


 そして、不安と恐怖を抑え込み、一つの決意を固めた。




 いつの間にか、雨が止み、わずかに開いた雲の隙間から夕陽が漏れ出ている。


 茜色の陽射しがレースのカーテンを通して、優しく真白の顔を照らした。


「……ん」


 顔をしかめた真白から、ようやく声が上がった。


 その声がまるで寝ぼけている時のようで、張り詰めていた神経が緩んだ気がした。


「真白、大丈夫?」


 晨は真白の額にそっと手を当てた。


 そこがひんやりしていることに気付き、自分の気遣いのなさに落ち込む。


 今に始まったことではないけど、もっと大切にしてあげたいのに。


 深い傷を負っている彼女を労わってあげたい。


 傷を癒すなんて、烏滸おこがましくて、到底言えない。ただ、ほんの少しでも、真白の傷を覆ってあげられたら、と思う。


「あのさ、もしかしたら聞きたくないかもしれないけど、俺の話をしてもいい?」


 晨の決意。それは紘一の話をすることだった。


 真白に心を許してほしい。


 傷を見せてほしい。


 そう願うなら、まずは晨が見せることだ。


 真白は晨の真剣な顔を見つめ、注意深く観察している。


 真白もわかっているのだろう。


 晨が話そうとしている内容が普通ではないこと。


 そして、晨の抱える問題であること。


 しばらく悩んだ様子の真白だったが、真白なりの決心をしたのか、真剣な表情を見せ、はっきりと頷いた。


「聞かせて」


 晨はその言葉を聞き、大きく深呼吸をした。

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