第四話
「俺、人を殺したことがある」
「……え?」
「だから、真白のことも殺せるかもしれない。そう言ったら、真白はどうする?」
腕の中で顔を上げた真白を至近距離から見つめ、晨は真剣な表情を浮かべた。
真白はといけないから、真白は動揺し、視線を彷徨わせる。
晨は真白の濡れた目元に触れ、そっと撫でた。
「唯一の親友を、俺が殺したんだ。コーヒーはその人が好んでいたものだ。だから、俺はコーヒーが苦手でも飲む。その人は俺の水彩画を気に入ってくれていた。でも、もう見てくれる人がいないから、俺はデジタルでしか描かない。
こんな俺が生きている資格なんてない……俺も、本当は殺してくれる人を探していたのかもしれない。だから、真白が俺を殺してよ。殺してくれたら、俺も真白を殺すから」
真白の表情が歪み、晨の首に両腕を回して、抱き着く。
そんな真白を晨はしっかり受け止めた。
「殺してなんて、言わないで……」
「うん」
「生きてる資格がないなんて、言わないで……」
「うん」
「ごめんなさい」
「いいよ」
晨は涙を堪え、無理やり笑顔を作った。
真白に言ったことは本心だ。
嘘は一つも言っていない。
だけど、真白にそれが伝わらなくてもいいと思っている。
真白に晨のことを知ってほしいのではなく、真白が生きることを望んでいるのだと知ってほしかった。
真白に『殺して』『生きる資格がない』と言わせたくない。
言われることがどれほど辛いか、真白に気付いてもらいたかった。
真白にこの思いが伝わったから、『ごめんなさい』と言ったのだろう。
いや、そうであってくれと願う。
真白はしばらく晨に抱き着いたまま、声を殺して泣いた。
思い切り泣けばいいのに、と思ったが、今は静寂が必要だと思い、晨はひたすら真白が泣き止むのを待った。
「晨」
落ち着いた様子の真白が掠れた声で、晨を呼んだ。
それは、弱々しいながらも、どこか決意を含んだような強さも垣間見える。
「何?」
「真白は、雪の日に生まれたから、真白なんだって」
「そっか。きっと綺麗な景色だったから、ご両親は名前にしたくなったんだろうね」
二人はソファーを背もたれにして、並んで座った。
真白が自分の話をしようとしている。
それだけで、晨は胸がいっぱいになった。
一生懸命話す真白を見たら、泣いてしまいそうだったから。
偶然かもしれないけれど、真白が横並びになってくれてホッとした。
「どうなのかな。私にはその時の両親も気持ちなんて、わからない。もう聞くことができないから」
「……もしかして」
「二人とも死んじゃったから。私を捨てて、二人だけで……」
両親がいないことも、家がないことも聞いていたはずなのに、改めて言葉にされると、やはりそうだったのかと実感する。
「捨ててって、どういうこと?」
「私はいらなかったんだよ。だから、一緒に死なせてくれなかった。連れて行ってくれなかった」
晨は頭を抱えそうになり、必死に堪えた。
真白の言いたいことはわかるようで、わからない。
そもそも両親の死は同時なのか、たまたま続いたのかがわからない。
病死なのか、事故なのか、も。
連れて行ってくれなかった、とはどういう状況なのか、汲み取ってあげようにも難しい。
「真白――」
「どうして? そんなに、私のことがいらなかった? 邪魔だった? 私が生まれたせいで、二人は……私の存在が罪なんだ。生まれてこなければよかった」
「真白?」
「私なんて、産まなければよかったじゃない!」
晨は慌てて真白の顔を覗き込んだ。焦点の定まらない目は虚ろで、顔色はいつも以上に白い。
震える唇からは想像もできないような、強い怒りが全身から溢れ出している。
「真白? 真白ってば……俺のことわかる?」
「もう、嫌!」
真白は叫んだ瞬間、気を失ってしまった。
幸い、晨の方へ倒れ込んできたお蔭で、身体や頭を床にぶつけずに済んだ。
しかし、そんなことでは喜ぶことができない。
それどころか、気を失うまで、自分を殴りたくなった。
晨は、真白にパニックを起こさせたのだ。
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