第三話
真白は名前のように、色白で、無垢な見た目をしている。
横顔を見ていて、そんなことを思ったからだろうか。
「……雪」
「え?」
自分でも意図しなかった言葉に驚いて、真白と同じようなきょとんとした表情を浮かべた。
「どうして、晨までびっくりしてるの?」
真白の笑い声に、晨は恥ずかしくなり、首の後ろを描く。
「いや、なんとなく真白を見ていたら、雪が思い浮かんで……」
晨に特別な意図もなかったし、深い考えがあったわけでもない。
言うなれば、単なる世間話に近かった。
それなのに、真白にとっては違ったようだ。
大きな目を更に大きくしたかと思ったら、あっという間に涙が溜まり、瞬きに弾かれて零れた。
「え、あの、ごめん……」
理由はわからないまま、反射のように謝る。
しかし、真白は顔を覆って、首を振るだけだ。
また、泣かせてしまった。
真白と過ごすようになって、晨は何度、真白を泣かせてしまっただろうか。
なんてことない行動で、言葉で、真白の涙腺に触れてしまう。
それが、悲しみの涙なのか、怒りの涙なのかもわからない。
「真白」
「呼ばないで!」
真白の大きな声に、晨の肩が跳ねる。
叫んだ時に現れた真白の顔は、涙に濡れ、目には怒りが滲んでいた。
「ごめん」
「……ごめんなさい」
晨の謝罪に、真白の言葉が重なる。
「真白は謝らなくていいよ。だって、真白にとっては嫌な言葉だったんだよね?」
「そうだけど、晨は何も知らないじゃない。それなのに、いきなり怒られたら、嫌な気持ちになるでしょ」
真白が申し訳なさそうな表情を浮かべると、まるで晨の反応から逃げるように俯いた。
晨は真白の頭にぽんと手を載せる。
すると、今度は真白の肩が跳ねた。
「真白はいい子だね」
「どこが⁉ 私なんて――」
「いい子じゃない。生きていちゃダメな人間、なんだね?」
晨が真白の言いそうなことを口にすると、真白は悔しそうに唇を噛み、そっぽ向く。
「わかってるじゃない」
「俺は真白の名前、可愛いと思うし、似合ってると思うよ。それに真白は優しいし、俺のことを気遣ってくれる。料理は上手だし、掃除も丁寧。乱雑になりがちな俺のデスク周りを慎重に整頓してくれる。デスクは、俺が困るといけないから、あんまりたくさんは動かさない。
明るくて、おしゃべりだけど、本当はもの静かで、落ち着いてる。あと、面倒見もいい。気配り上手だけど、それを相手に悟らせない。こんなにいいところがあるのに、いい子じゃないなんて、俺は言えないよ」
途中から号泣し始めた真白を、晨は抱き寄せ、背中を撫でた。
小さな身体が晨の腕の中で震えている。
「……殺してよ」
「嫌だ」
「じゃあ、私のこと、捨ててよ」
「それも、嫌」
「……晨のバカ」
「知ってる」
晨は宥めるように、しゃくり上げる真白を強く抱き締め直した。
外から聞こえる雨音が、晨の傷を疼かせる。
だけど、今はそれ以上に真白の傷の方が気がかりで、どうだってよかった。
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