第二話

「晨」


 真白に呼ばれ、ゆっくりと起き上がる。


 部屋がコーヒーの香しい匂いでいっぱいになっている。


 テーブルに置かれたコーヒーカップから湯気が立ち上っている。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 晨の言葉に、真白は笑顔で応え、晨の足元に座った。


 真白はラグの上がお気に入りで、あまりソファーに座ることがない。


 真白曰く、毛足の長いラグが気持ちいそうだ。


 晨がコーヒーを口に含む様子を、なぜか真白はジッと見ている。


 不思議に思いながらも、二口目を飲んで、カップをテーブルに戻した。


「何?」


「晨って、コーヒー嫌い?」


「好きだよ。じゃなきゃ、こんなにも飲まないよ。どうして?」


「コーヒーを飲むたびに、眉間にしわを寄せてるから」


「そう?」


「うん。こんなふうに」


 そう言って、真白は眉間にしわを寄せ、険しい表情を作った。


「そんな顔してないよ」


「してるよ! 本当は、甘い方が好きなんじゃないの?」


 晨はその言葉に、胸が締め付けられた。


 本当は、わかっているから。


 晨は甘党だ。


 ブラックコーヒーを好んでいたのは、晨ではない。


「これでいいんだ」


 晨は自分に言い聞かせるように呟くと、またカップを手に取り、コーヒーを口に運ぶ。


 とても苦くて、苦しくなる。


 コーヒーなんて、大嫌いだ。


 納得できないと表情で訴える真白には気付かない振りをして、晨は放置していたタブレットとペンを手に取った。


 ペンが液晶を滑る。


 スケッチブックに描いていた時は、鉛筆を走らせる音が好きだった。


 デジタルで描く時は、ペンが液晶に当たった時に鳴るだけで、心地良さは感じない。


「今は何を描いてるの?」


「何を描こうか、考えてる」


「……そっか」


 それから訪れる静寂。


 真白はおしゃべりな印象があったが、意外と無言の時間を苦に思わないようだった。


 一緒に過ごす時間が教えてくれた、意外な一面だ。


 こつんこつんと、ペンで液晶を突く。


 それで何かが浮かぶわけではないが、考え事をしている時の晨の癖だ。


 真白も慣れたのか、そんな晨には話しかけずに、窓の外を眺めて、カフェオレを飲んでいる。


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