第五話

 二人は弁当を食べ終えると、海を見ながら、少し散歩をした。


 のどかで、穏やかな時間。


 隣を歩く真白はもう泣いていないが、心の中はどうだろうか。


 もしかしたら、心にある傷から血が流れ出ていて、痛みを必死に堪えているのかもしれない。


 そう思うと、晨の心の傷まで疼いてきて、塞がったと思っていたところから血が滲んでくる気がした。




 晨は真白を連れて、駅前にあるゲームセンターへやってきた。夕方になって、学校帰りの学生が多くなっている。


 ふと、晨は真白を見て、思った。


 ついこの間まで、真白も高校の制服を着ていたのだ。


 美人でスタイルのいい真白の制服姿は、きっと綺麗だっただろう。


 桜の木の下で物憂げな表情をした真白。


 煌めく太陽の下で、友達と笑って歩いている真白。


 心の傷を隠すように、教室の窓から雨の降る世界を眺める真白。


 きっと、どんな瞬間も絵になったはずだ。


 晨が同じ時を重ねていたら、その一コマ一コマが脳に刻まれ、絵にしたくなっていたかもしれない。


「晨?」


 不意に聞こえた真白の声に、晨は我に返り、反射的に笑顔を作った。


「目的の場所はあっちにあるんだ」


 晨が指差した方には、人気ひとけのないパンチングマシーンがある。


「え、あれ?」


 真白は不思議そうな表情を浮かべ、晨を見つめ返す。


「意外?」


「うん……晨っぽくない」


 パンチングマシーンどころか、ゲームセンターの雰囲気から、晨は浮いている。


 中性的な見た目をしていて、大人しい雰囲気の晨は、どちらかというと図書館や美術館のような静かな場所を好むとイメージされることが多い。


 実際に、晨が好きなのは静かな場所だ。


 しかし、ここだけは例外だった。


「ストレス発散には、あれがいいって教えてくれた人がいたんだ」


「友達?」


「そう」


「晨の友達の話、初めて聞いた! どんな人?」


 パンチングマシーンに向かいながら、真白は嬉々とした表情で、晨の顔を覗き込んでくる。


 遠足を前に、ワクワクしている小学生みたいで、晨は思わず吹き出した。


「お節介な人だった」


「あぁ、なんかわかる。晨って、こっちから行かないと、一人の世界で生きちゃいそう」


 晨は疼いた傷の痛みを誤魔化そうと、笑った。


 そんな晨を見て、真白は怪訝な表情を浮かべる。


「その人とは――」


「ほら、真白、やってみなよ」


 晨は真白の言葉を遮り、機械にお金を入れた。


 音で溢れ返る店内でも、声は聞こえる。


 聞こえるが、聞こえなかったことにしたかった。


 その友達について話すことは難しい。


 口にしたら、晨はきっとまた壊れてしまう。




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