第四話

「え、なんで……?」


 晨は困り、手を彷徨わせる。


 泣いている理由も、泣いている子の慰め方もわからない。


「どうしたの? 何が嫌だった? ごめん。俺がほったらかしにしていたから、怒ってる?」


 晨の問いかけに、真白は無言で首を振る。


 手の隙間から涙が零れてきて、真白の服に染みを作った。


 晨は迷った後、そっと真白の頭を撫でた。


 細い肩がビクッと跳ねる。


 それでも抵抗する様子がなかったため、晨は何度か撫でてみた。


 しかし、一向に泣き止む気配はない。


「真白、どうしたのか、教えて? 俺は気が利かないから、言ってくれないとわからないんだ。謝ろうと思っても、謝れないよ」


「晨は、悪くない」


 ようやく聞こえた声は鼻声になっていた。


「じゃあ、どうして泣いてるの?」


「私、どうしてここにいるんだろう……」


「俺が、連れ出したから?」


「違う」


 正直、もどかしい。


 真白は笑っていることが多いのに、こうして思わぬタイミングで泣く。


 普通なら、笑うだろうというところで、泣くのだ。


 その理由が理解できない。


 だけど、真白のことを知り始めた晨には浮かんだことがあった。


「幸せを感じたから?」


 晨の言葉に、真白は時間を開けて頷き、膝を抱えて、顔をうずめた。


「幸せになっちゃいけないから?」


「……うん。私は死ななくちゃいけない。なのに、どうして、まだ生きているの? どうして笑ってるの? どうして、晨との時間が楽しいと思っちゃうんだろう」


 晨は唇を噛み締め、真白の頭を引き寄せた。


 真白は素直に晨の方に頭を預け、目を擦る。


「腫れちゃうよ」


「おばけみたいになっちゃう」


「おばけの真白でも可愛いけどね。痛そうなのは見てるのが辛い」


「……うん」


 真白は小さく頷くと、そっと晨の腰に手を回し、抱き着いてきた。


 しがみ付いたと言った方がいいかもしれない。


 晨には漠然と、真白は何か縋りたいのではと思った。


「理由は教えてくれないの?」


「うん、言わない」


「……そっか」


 晨では力不足だと言われたみたいで、心が軋む。


 真白のことは一時的に面倒を見ているだけで、深く関わるつもりはなかったし、お互いのことを深く知るつもりもなかった。


 だけど、今は違う。


 真白のことを放っておけなくなっているし、心の奥にあるものを聞き出したいと思っている。


 一方で、晨の抱えている傷を真白に話すつもりはない。


 つまり、真白も同じ心境ということだろう。


 そう思うと、これ以上の追求はできなくなる。


「今日はもう帰ろうか」


 晨の言葉に、真白はパッと顔を上げ、激しく首を振った。


「晨の邪魔をしたいわけじゃない。晨がまだ撮りたいなら、私は大丈夫だから、撮っていこうよ」


「ううん。ちょうど満足したところだったから、真白のせいじゃないよ。せっかく作ってくれたお弁当だから、美味しく食べて、少し寄り道して帰ろうか」


 真白は首を傾げる。


「寄り道?」


「そう。いいところ」


 真白は少し迷った末、頷いてくれた。


 それに満足し、晨は真白の髪に指を通した。


 真白の長い黒髪は一切癖がなく、毛先までまっすぐだ。なんとなく、本来の真白の性格はこの髪のようにまっすぐな気がした。


 根拠があるわけではない。


 本当になんとなく。

 

 死のうとすることに賛成はできない。


 しかし、迷いなく死を望んでいて、『幸せ』に恐怖する。


 褒められる内容ではないが、そういう意味では真白の希望は最初から変わっていない。




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