第三話
五月晴れの心地良い朝。
晨はベッドで横になったまま、大きく伸びをした。
カーテンに隙間があったようで、そこから朝陽が差し込んでいる。
昨夜はイラストが思うように進まず、晨にしては珍しく早寝だった。
そのお蔭か、朝の目覚めは悪くなく、身体も軽い。
一日の始まりとしては上々だな、と思った晨はふと、違和感を抱いた。
布団がふっくらと盛り上がっている。
それはいい。
問題は晨の身体ではないもので膨らんでいることだった。
晨が恐る恐る掛け布団をめくると、小さく丸まった真白が眠っていた。
「え?」
晨の腕の中に納まるような位置で、晨のパジャマを掴んだまま、気持ち良さそうに寝息を立てている。
晨は何が起こっているのか理解ができず、遅れて、顔に熱が集まっていくのがわかった。
それどころか、身体全体が燃えそうになっていく。
「ま」
名前を呼ぼうとして、すぐにやめた。
真白の身動ぎでベッドが細かく揺れる。
次の瞬間、彼女が密着するように、身体を寄せてきた。
長くて細い腕が晨の身体に回され、きゅっと抱き着く。
真白の熱が、晨の右半身を焦がすように伝わってくる。
「――っ」
晨は叫びそうになるのを、唇を噛んで堪え、真白に触れないように両手をゆっくりと挙げた。
心臓が痛い。バクバクと暴れている。
この音が、この振動が、真白に伝わって起こしてしまいそうだ。
そうなったら、どんな顔をすればいい?
「うう、ん」
不意に真白から声が漏れる。
いっそ勢いよく起き上がって、真白から距離を取った方が良いのかもしれない。
そう思ったが、行動に移すことは叶わなかった。
「晨?」
「ななな、なに」
「おはよう」
「お、おはよう……じゃなくて!」
真白はこの状態が当たり前であるかのように、自然な様子で目を擦り、晨に抱き着いたまま視線を上げた。
「バ、バカなの⁉」
「うーん、バカかも」
くすりと笑った真白が、更にきゅっと身体を寄せる。
(柔らかい……)
不意に過った言葉に、晨は慌てて首を振った。
「離れて!」
「いーやーだっ」
真白は駄々をこねるように言うと、もぞもぞと動き、あろうことか、無抵抗の秋の胸の上に半身を重ねた。
真白の顔は睫毛の本数を数えられそうなほど近く、互いの心臓が呼応しているようにさえ感じられる。
「あったかいね」
「そうだけど、それどころじゃない!」
「反応しちゃう?」
「は、反応って」
「ほら、心臓がドキドキしてるもん」
(心臓か……‼)
晨は自分の不埒な思考に戸惑い、思わず真白の額に手を押し付けた。
「痛い……」
「ご、ごめん……違う。真白が悪いんだって。もういい加減に――」
「晨、嫌?」
真白は晨の手をそっと払うと、胸に頬を寄せて、甘えるような仕草を見せた。
「い、嫌に決まってるでしょう⁉」
「殺したいくらい?」
晨の上で、真白が顔を上げて見つめてくる。
その目はそれまで見せていた目とは違っていた。
晨は探るような視線から顔を背け、今度は華奢な肩を押してみる。
残念ながら、ピクともしない。
「どうして、そうなるの? ほんと、もうどいて……」
嫌だけれど、殺したいほどではない。
「だって、大事な睡眠を邪魔されたんだよ? 珍しく、よく眠れた日の朝にこんなことをされたら、怒るのが普通じゃない?」
「だから、怒ってるって!」
晨は叫んだ。晨なりに精一杯、怒っているのだと伝えているのに、真白はどうしても納得してくれない。
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