第五話

「あったかい気持ちになったから」


「え?」


 それのどこに、殺害スイッチがあるというのか。


「幸せな気分になったから」


「それのどこが――」


「私には一番不要だから」


 そう言うと、真白はまっすぐ晨を見つめた。


 揺るぎない視線に、思わずたじろぐ。


「幸せなんて、いらない。感じたくない。感じちゃいけない」


 晨を見て言っているようで、どこか独り言のようにも感じる。


「……そう」


 真白が予想していた反応ではなかったのだろう。


 目を丸くしたかと思ったら、真白は口を開いたが、何も言えずに閉じた。


 しかし、晨には違和感のない返事だった。


 真白がどうしてそう思うのかは知らない。


 だけど、真白の言うことは理解できた。


 それどころか、同じ気持ちを抱いていたことに、親近感を持ったと言ってもいい。


 ただ、これだけは変わらない。


「だけど、俺は真白を殺さない」


 真白の表情が歪んだのを見て、晨は立ち上がり、キッチンに向かった。


 ケトルに水を入れて、スイッチを押す。


 マグカップを二つ出して、真白が好きなココアと自分用に紅茶のティーパックを用意する。


 そうしているうちに、ケトルからはコポコポと音が聞こえ、お湯が沸いた。


 二つのマグカップにゆっくりとお湯を注ぐ。


 すぐに甘い香りが漂ってきた。


 晨は真白の座るリビングに飲み物を運び、ローテーブルに並べた。


 真白はぼんやりと晨の一連の行動を見ていたようだ。


 再び正面に座った晨に、不思議そうな表情を見せる。


 これは、真白を落ち着かせるためでもあり、自分を落ち着かせるためでもある。


 過去へと引き戻され、恐怖と絶望の中に放り込まれる気がして、ずっと心臓が痛かった。


 自分よりも酷い状態の真白がいなかったら、晨の方がパニックを起こしていたかもしれない。


「飲める?」


「……うん。ありがとう」


 真白は腑に落ちない様子を見せながらも、大人しくマグカップを両手で持ち、ふうふうと息を吹きかけて、一口飲んだ。


 それを見てから、晨も紅茶に口に含む。


 アールグレイの風味が口の中に広がり、冷えた心臓に温もりを与えてくれた。


 何かを言いかけてはやめる真白を、晨はあえて気付かないように振舞った。


 二人が飲み終わると、晨は何も言わずにマグカップを運び、洗う。


 晨には、これ以上何かを言うつもりはない。


 確かなのは、真白が晨と似た考えを持っていることと、それでも真白を殺すつもりはないということ。


 ただ、真白に言えるのは後者だけだ。


 この日、二人が今回の出来事や互いの言葉について、触れることはなかった。


 いつか話すことになるという、確信があったとしても。














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