第二話

 朝食を終えた二人はマンションを出て、最寄り駅を目指して歩いた。


 十分ほど歩いたところに百貨店があり、もう少し進んだところには、手頃な値段の家具や生活雑貨を置いている店がある。


 二人は迷うことなく、後者を選んだ。


「うわぁ! すごいすごい!」


 真白のはしゃいだ様子に、晨は苦笑する。


「特別なものなんて、無いでしょ? これが高級店ならわかるけど……」


 晨の言葉に、真白は力強く首を振った。


「ううん、特別だよ! 私、こういうところ、初めてなの。だから、すっごく嬉しい!」


 晨は思わず言いそうになった言葉を飲み込んだ。


 人の生きてきた道は、人の数だけある。


 真白の人生は、まだ十八年だ。


 それほど長くない真白の人生はどんなものだったのか。


 今の晨には想像すらできない。


 だったら、晨にとって当たり前のことも、真白にとって当たり前ではない可能性は充分に考えられる。


「じゃあ、今日は布団一式と食器。あと、他の店に行って、真白の服も買おう」


「真白って言った!」


「え?」


「だから、今、私のことを真白って言った! 嬉しい。もしかして、忘れたのかと思ってた」


 晨は自分の顔が熱くなったのがわかった。


「だ、だって、そう呼べって言ったでしょ」


「晨!」


「なに?」


「なに、じゃなくて、私の名前を返さなきゃ!」


「返さない」


「なによ、いいじゃない。減るものでもないのに」


「何かが減る気がするから、言わない。ほら、時間がなくなるから、行くよ」


 晨は口を尖らす真白のパーカーの袖を引っ張り、寝具コーナーへ向かった。


 後ろからぶつぶつと文句が聞こえる。


 晨は自分の口元が緩んでいることに気付いていなかった。




 二人の買い物は、非常にサクサクと済んだ。


 女の子の買い物は時間がかかると聞いたことがあった晨にとっては拍子抜けするほどだった。


 真白はファッションにこだわりも好みもないような様子で、安いものを適当にかごに入れていった。


 晨ですら、好みがあって、悩むこともあるのに、真白にはそんな様子がまったくない。


 考えなくてもいいのかと聞いても、『着られたらいい』とだけ返ってきたのには驚いた。


 晨が真白の潔さに圧倒されているうちに、あっという間に買い物が終わっていた。


 布団は配達を頼んだが、荷物は思っていたよりも多くなった。


 それぞれ両手にショッピングバッグを抱えて歩き、マンションに着いたのは昼を少し回ったくらいだった。

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