初対面で意気投合した彼と距離を縮めるのに大層な時間は要らなかった。知り合って数週間ほどで既に本音を云い合えるような仲にまでなっていた。




 彼の好きなものは茶と無花果、嫌いなものは犬と風呂。なぜ犬が嫌いなのかと聞いたら、「性が合わないから」らしい。如何にもこいつらしくて実に面白い。

 だが、こんなくだらない会話は飽きるほどしているのに、彼はちっとも名前を教えてくれなかった。彼の生い立ちすら、僕は全く知らない。時々僕が自然を装って聞いてみることもあったが、うまく話を逸らされてしまう。





 不思議なことだが、何よりそいつ自身が、自分の存在をよくわかっていないようにもみえた。時々彼は何かを思案しているのか心ここに在らずな状態になることがある。自分の手の平をまじまじと見続けていることもしばしばあった。そんな彼に聞きたいことは山ほどあったが、無理に問い詰めるようなことはしたくなかった。僕と同じように複雑な環境で育ち、何かの拍子にフラッシュバックを引き起こさせるような悲しい経験はさせたくなかったからである。彼が僕の過去を上書きしてくれたのと同じように、僕も僕なりに彼の支えになりたかった。

 そんな僕の気遣いも影響してか、彼だけが僕のことをどんどん知っていき、僕の方は彼のことを全く判らないという、一種の不平等条約のような状態がずるずると続くようになっていた。…すっかり置いてけぼりだ。






「名前、教えてくれたっていいじゃんか。云ったところで無くなるものじゃないんだし」



「否、やつがれにとっては無くなるのと同じ事」



「はあ?また意味の分かんないこと言って。ていうかよく考えてみろよ。百歩譲ってお前がどこでどういう風に生きてきたのかとかは知らなくていいとするよ。僕お前の名前さえ知らないんだぞ、な、ま、え。僕たちこんな仲なのに」



 最近彼の素性の謎ばかり考えていたせいか、つい不満を垂らす彼女のような言い方になってしまった。



「あ…否、怒ってるわけじゃないんだ、僕だけお前のことをなんにも知らなくて、それが少しだけ悲しくて。僕の身にもなってみてよ」



 そんな僕の説得の回避にもとっくに慣れたようで、彼は工場の流れ作業の要領で聞き流している。



「秘密は多いほうが魅力的に見えるだろう」



「なんだよそれ…」



 ああ、今日も負けた。僕はちぇーと云って拗ねながら、謎に包まれた彼の横顔を改めて見る。



 いつ見ても美しい顔立ちだ。この世の闇を形容したような底無しの漆黒の瞳に、つんとした鼻先。小さな顎に細くて長い首筋。病弱な肌があらゆる光を反射し、僕はいつも照明を複数向けられているような気分だった。髪型も僕に負けず劣らず特徴的で、顔周りだけ他の毛束より長く、その真っ黒な髪の毛先に少し白髪が混じっている。そこがまた可愛いかった。





 武装探偵社では、最近の事件解決率の上昇や際どい難事件解決の功績により、民間企業からの支援が少しずつ増えているようであった。町の治安も少しずつ良くなり、申請すれば何度か有給休暇を頂けるようにもなっていた。今日も今日とて平日の昼下がりだが、こいつがプ

リクラというものをしてみたいなどと言うので、僕はあまり乗り気ではないが彼の頼みならと、今から一緒に撮りに行ってやるのだ。プリクラがなんなのか、僕もよく分からないが。




「写真撮影をして、落書きができるってことだけ知っているんだけど…」



「ほお。落書きもできるのか」



「まあ、それがプリクラの醍醐味の一つらしい」



「では本気で落書きせねばな」



「何に本気出してんだよ…」




 彼の意味不明な返答に僕はまたクスッと笑ってしまう。彼もそれを見てにやりと口角を上げた。 


 

 小さなことに心を躍らせる彼が愛おしい。表情にはなかなか出さないけれど、目尻のあたりがピクッと動くのが彼の興奮のサインだ。唇を舌で舐めるのは冗談や嘘のサイン。彼のことを知りたいあまり、癖まで読み取るようになってしまったのか、僕は…。



 何もない予定を、誰かと一緒に過ごすために埋めて、その人とどうでもいい話をする。たった一人でいい、行動を共にして日常を共有できる人がいればそれで善かった。こんな日常を僕は求めていたのだ。僕は、君のことなど知らなくても、十分に幸せだ。




 プリクラを撮った僕たちは落書きコーナーに移動する。そしてこの後、僕たちはきっと取るに足らない落書きをして、プリントアウトされて出てきた一枚のプリクラを半分こして、日が暮れるまでその写真を肴に駄弁る時間を過ごすのだろう。今日の一日は其れだけで満足だと、僕自身も感じていた。

 






 


 本当に、其れだけの筈だったのだ。







「ふうん、お前、芥川って云うんだ」



 芥川は夢中のあまりプリクラの名前入力機能に抵抗を示すことなく、自分の名前を機械に入力していた。芥川の落書き画面にはポップな文字で「芥川龍之介」という字がはっきりと書かれている。



 僕が彼の名前を口にした瞬間、二人の間の時が数秒間凍り付いた気がした。ああ、これはきっと芥川が放った空気だ。今まで隠してきた芥川からすると今悪いのは完全に僕だ。だがちょっと待ってくれ。友達の名前を知るのがそんなに重い罪なのか?むしろ僕は、芥川がやっと僕に名前を教える気になったかと、なんだよ、自分の口から教えるのが小っ恥ずかしくてプリクラを言い訳に自己紹介しようとしていたのかよと、根拠なくポジティブ思考になれてしまえる程、彼の名前を知れたことが何よりも嬉しかったのに。

 僕が彼の名前を呼ぶと、芥川はペンの動きを急に止め、ゆっくり此方を向いた。そして徐々に顔の筋肉が引き攣ってゆく。僕にでも分かる、この目尻の痙攣は興奮のサインなんかではなかった。。否、ある意味興奮のサインかもしれないが。



「貴様……」



 芥川が身体を震わせる。やばい。怒らせてしまった。これが漫画なら背景の擬音にゴゴゴという文字と周囲に漆黒のもやが立ち込めていることだろう。背中から黒獣でも出てきそうだ。すかさず僕はフォローしようとした。



「もしかして自分の名前嫌いだった…?全然善い名前じゃん。むしろ似合いすぎ…」



「最悪だ」



 芥川は僕の言葉を力なく遮った。俯いているせいで表情が読み取れない。初めは憤慨に伴う震えだと思っていたが、今の言葉尻的に泣いているようにも思えた。



「…落書き、後は任せた」



「え!ちょっ…」



 芥川は、言葉を絞り出すように云うと、そそくさと此処から走り去ってしまった。










    *            *









 降り頻る雨の中、僕は地を蹴っていた。



 今自分がどれほど走っているのかさえ分からない。むせ返るほど暑い湿気は吸気の許容を容易に超え、その苦しさで涙が滲んだ。喉が張り裂けそうだ。頬に打ち付けている小さな雨粒ですら、いつの間にか僕の痛覚を刺激し始めていた。だがその程度の痛みでは今の僕の歩みは止められない。其れほど、僕は必死に彼を探していた。

 ああ、もう直ぐ日が沈むってのに何処に居るんだよ。



「芥川ぁ…」



 通りに跪いて目を瞑り、顔を空に向ける。深呼吸をして落ち着かせようとしたが、息を大きく吸った瞬間頬に雨粒が当たり、雨宿りのためさらに近くのバス停まで走る羽目になった。




 巨大な四角い石の中を刳り抜いて作ったような石造りのバス停の中に置かれている木製の長椅子に腰かけて思案する。撮ったプリクラを握りしめたまま雨の中慌てて走ってきたせいで、プリクラは湿ってくしゃくしゃになってしまっていた。プリクラの写真の中に歪に書かれた「芥川龍之介」という文字。まさかこれだけでこんなに彼を動揺させてしまうとは夢にも思わなかった。プリクラには数時間前までの楽しかった僕たちが印刷されている。プリクラにできた数多のしわが、今後起こるすべてのことに亀裂を入れようとしているような気がした。



 亀裂?…そんなはずない、話し合えばわかってくれる。そんな心許ない希望に縋るしかなかった。頭を切り替えて芥川を探しに出る。傘を差したかったが、つい先ほどまで晴れていたこんな平日に持っている筈もなかった。そもそも僕のビニール傘はだいぶ前に黒猫のもとに置いていってしまっていて持ってすらない。…そう云えばあの猫、あれからどうなったのかな。




 僕の足は無意識に公園のほうに向かっていた。








    *            *









 無我夢中で走り続け、気付けば芥川は公園の入り口に立っていた。




 かつてよく来ていた場所。結局、いくら人間をやっていても自分程度の土地勘では公園までの道くらいしか分からなかった。



 黄昏時。太陽が深紅に変わり、芥川の真っ白な肌をじりじりと焼き付けていく。その暑さが根性焼きの傷の記憶と重なり、背中の傷が少しだけ痛んだ。

 そろそろ街灯がつく時間の筈だ。だが壊れているせいか付く様子は全くない。あの時はいくら調子が悪いとは言っても芥火程度には付いていたのにな。…まあ、やつがれの命も結局そんなもんか。




 あの日、何処かから聞こえてきた声を思い出す。








―但し、…名前を知られるな。名前を知られたら、その日の日没にお前を元に戻す。善いな。







 やつがれはちゃんと頑張れただろうか。ずっと続けばいいと願っていた自分自身が墓穴を掘るとは。だがこれで構わない。大切な人と生を共にするには名前を明かさない制約は厳しすぎるのだ。いつからこんなにも我儘になってしまったのだろうか、「名前を呼ばれたい」だなんて。プリクラの落書きの時に不意に名前を呼ばれて、焦りよりも悲しみよりも、何よりも、嬉しかったのだ。やつがれの名前をずっと知りたがっていた大切な人に、ああ、やっと名前を明かすことができた、と。

 本来敦に感謝だけ伝えてすぐに成仏するはずだった命だ。元よりあの日無くなる命でもあった。もう十分だ。










    *            *










 公園に着くと、其処に芥川は居た。




 手前から二つ奥の、壊れた外灯の下で背を向けてうずくまっている。



「見つけた」



 僕のその声に、芥川は一瞬身体を強張らせた。が、頑固な彼のことだ、思った通りこっちを向こうともしない。僕はそんな芥川のもとにずんずんと近づき、彼の腕を引いて向かい合わせにさせた。それでも芥川は頑なに下を向き続け、顔を見せようとしなかった。驟雨でただでさえびしょ濡れの僕たちの服の色がさらに濃く、重くなっていく。



「…莫迦。お前のことどれだけ探したと思っているんだ」



「頼んでなどいないだろう」



「お前を放って帰れないよ」



「…ふん、この世話焼きが」



 下を向いたまま、でも返答はしてくれる芥川に、僕は少し泣きそうになった。



「なんだよ…判ったように云って」



「…本当に貴様は世話焼きだなぁ。本当に」



 芥川は、自分が発した言葉をもう一度、そして今度は優しく、繰り返す。



「…そうだよ、世話焼きだよ。だからなんだっていうんだ…」



「ありがとう」



 芥川が顔を上げる。








 雨が降り続けている。外灯の電力が回復したのか、カチ、カチ、と音を鳴らしながら点滅を始めた。瀕死の黒猫を助けた時は雷も相まって、不快な音のハーモニーを奏でていた気がした。だが今は外灯の点滅と音を合わせていたのは僕たちの吐息だった。天気も、状況も全く異なるのに、あの日と重ね合わせてしまうのは何故だろうか。






 分厚く覆われた雲の隙間から突如赤い光が差し込んだ。頭上の雨雲は変わらず僕たちを濡らし続けているが、不思議なことに夕陽だけは見える。これが天気雨ってやつか。

 夕陽が湿った空気を通過し、芥川だけを照らした。この腐り切った幻世で、間違えて産み落とされた美しい彼を連れ戻しにきたような、そんな夕陽だ。光が当たっても透き通ることのない芥川の眼球は綺麗に赤い光を反射し、この世のものではないようで、別世界に行くのがむしろ自然の摂理のようにも思えた。



 芥川の手が、僕の頬に添えられる。体温に近い雨に濡れていたにも関わらず氷のように冷たい掌に、僕は無意識にびくついた。芥川はそんな突然のことに動揺する僕から片時も目を離さなかった。その瞳が余りにも妖艶で、僕は体中が熱くなり、耐えられずにこちらから目を逸らした。そんな僕の顔を彼の手が再び向き直らせる。



「そなただった。琥珀色の瞳、片方だけ少し長い、白髪」



「…え?」



「今迄有難う。やつがれの名は芥川。芥川龍之介だ。この地に人ではない獣として生を受け、泥を啜る様な日々を生き、そして今間もなく、この浮世から消え去ろうとしている、芥川だ」



「…は?どうしたんだよ、芥川。お前はちゃんとした人間だろ?人ではないって…雨に打たれておかしくなったんじゃないか?」



「感謝の言葉だけ伝える筈だったのだ、…それだけの筈だった。…だが、無理だった」



 僕の言葉がまるで聞こえていない。何か訴えるように話し続けている。



「もう直ぐ日没だな」



「…?ああ、そうだな」



「そうしたら、夜が訪れる」



「…?うん」



「そなたは人間ではないやつがれを救ってくれた。そしてそんなそなたにもう一度逢いたいと、やつがれは願った。この地で人間に生まれ変わらせてもらったのだ」



 芥川は小さな声で「名前を知られてはいけないという条件で」とだけ付けくわえた。





 其れを聞いた途端、僕の頭に殴られたような衝撃が走った。脳内に数々の芥川との想い出が走馬灯さながらに蘇る。

 初めて出会ったときの顔に貼った絆創膏。犬が嫌いで……黒い外套、黒い毛……絆創膏、傘…。にわかに信じがたい言葉たちを並べている芥川の口は真一文字に結ばれている。ああ、芥川。お前、本当にあの時の……。




 芥川は僕の頬から手を離した。そして再び俯いた。



「…名前を知られたやつがれは、消えるを待つのみ」



 二人の間に沈黙が走る。僕が言葉を発しようとしたとき、芥川が俯いたまま口を開いた。彼の肩と声は、泣きじゃくる子供さながらに震えていた。



「本当はっ…本当は…こんなに長居するつもりではなかった…。感謝の意だけを伝え、早々に去るつもりだった。そうすれば善かったのだ」



 芥川が纏っている漆黒の外套は雨に濡れてさらにどす黒さを増し、彼自身がその重さに必死に耐えているようだった。ぺたんこになった彼の髪がどことなくあの時のびしょぬれた黒猫を連想させ、彼の弱々しさに胸が張り裂けそうになった。



「…なんで、そうしなかったんだ…?」



「………」



「……ッ …信じたくないけど、多分、否絶対、お前の云ってることは本当だと思う…そうだろ?だから信じるよ…だからさ、全部話してくれよ…二度と逢えなくなっちゃうんだぞ」



「手放したくなかった!」



 先ほどまでぶつぶつと独り言のように話していた芥川が突如として叫んだ。






「そなたとの時間を手放したくなかったのだ!楽しくて、愛おしかった!触れていたい。離れたくない!共に時間を過ごすほど、それを願う想いが強くなっていったのだ…名前さえ知られなければいいんだよな、と。名前なんて要らない。このまま共に生き続けられるのならなんだっていい、こういう生も悪くないなと…そばに…」



 徐々に弱まっていく言葉を切って唾を飲み込むと、芥川は最後まで言葉を紡ぐことなくそのまま背を向けてしまった。彼の背中からはつい先刻まで感じられていた弱々しさがすっかり抜け落ち、どこか清々しさがあった。



「そなたが名前を言ってしまったことは怒っていない。ただやつがれの欲が出てしまっただけだ」



 そのまま歩きだそうとする芥川の腕を僕は掴んだ。



「まって。行くなよ」



 僕の声は掠れていた。



「そなたに告げるべき言葉は告げた。もう用など無い」



「…泣いてるじゃん」



「泣いてなどいない!」



 そう云って慌てて顔を隠そうとする芥川の肩を掴み、今度は僕が無理矢理向かせた。



「僕も芥川に云いたいことがある。僕のこんな髪型を好きと云ってくれた頃からお前が好きだ!例えお前が芥川じゃなくても、虫けらでも、獣でも、生き霊でも。…好きだと云い続けるぞ」



 その言葉を聞いて大きく見開かれた芥川の瞳から大粒の光が溢れ出る。瞳にしばらく光を溜め込むと瞬きと同時に一気に僕の手を輝かせた。



「そなたの…そばに……ただ……居たかったんだ……」



 二人の間に再び沈黙が流れた。だが、先刻のような淀んだものではなくなっていた。僕たちは、もうそろそろだということを感じ始めていた。まるでこの瞬間にお互いのすべてを脳裏に焼きつけようとしているかのように、ひたすら無言で見つめあった。くしゃくしゃになってしまったプリクラは、だってもう意味を成さない。



「随分早い頃から、やつがれを好きになっていたのだな」



 芥川はそっと微笑む。 



「しかし訂正。やつがれは、そなたがやつがれを好きになるより前に、そなたを愛している。嫌いと云っていたその髪型も、見つけやすいその白い髪も、琥珀色の瞳も、全て好きだ。世話焼きなところにも幾度となく救われた。やつがれが先だ。やつがれが先に、愛したのだ、敦」



 自分の言葉が間違っていないか確かめるように、芥川はゆっくりと想いを紡いだ。それが余りにも愛おしくて、僕は彼の顔を両手で引き寄せ、唇を押し付けた。やはり芥川の唇は冷たかったが、距離が零センチメートルになったときの彼の吐息は、彼に触れた温度の中で一番熱かった。

 僕はそのまま芥川を強く抱きしめ、悟られないよう彼の背中で声も上げずに泣いた。



「敦」



「…なに?」



「もしも…やつがれが人間でなくなったとき、この名を忘れぬよう、やつがれの名をもう一度、呼んでくれぬか」



「え?どういうこと」












 僕はもう、ただ空を抱いていた。











 不気味なほどの静けさで我に返り、いつの間にか雨がぱたと止んでいることに気が付いた。辺りは真っ暗になっていて、公園に備え付けられている時計の短針が五の数字を指しているのを見て初めて、ここの時計が遅れていることに気が付いた。













    *            *












 其れは、鬱陶しい位の暑さの、或る夏の日のこと。僕、中島敦は、公園の外灯の下で身体を休めている黒猫を見つけた。…なんだ、生きていたのか。あの時以降全く見かけなかったからとても心配していたんだぞ。

 僕がその黒猫の視界に入るようにそっとしゃがみこむと、それ気が付いた黒猫がいそいそと僕のもとに走り寄ってくる。ふさふさの背中の毛からちらりと顔を覗かせる根性焼きが、僕の記憶を確信に変えた。僕はその黒猫をそっと抱きかかえ、黒猫の背中に顔を埋めた。根性焼きの痕にキスをすると、その黒猫は小さかった瞳孔を拡大させ、目尻をピクリと動かした。

 それを見た僕はもう笑顔が止まらない。





   



「おかえり、芥川。」






 黒猫は、「にゃあ」とだけないた。



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