第45話43 魔女と王宮 5

「魔女です」

 ザザは小さく、しかしはっきりと言った。

「ふぅん、そうか……なるほどね」

「あまり驚かれないのですね」

 ギディオンの方が意外そうに言った。

「まぁそうだね。ウェンダルは私の師でもあったし、変わり者だけど好きなんだよ。だから、彼の蔵書に私は出入り自由だし、研究も知っている。彼の知識は多岐にわたるけれど、魔法にもすごく興味を持っていてね。魔女についての記録も蔵書もいくつか読んだよ」

「……ウェンダルさまは良い方です」

「ああ。厳しいけれど良き師だよ。でもそれじゃザザ嬢、君は本当に魔女なんだね」

「は……はい、そうです。まだ半人前ですけれど」

「どうりでその髪と瞳だ。美しい黒だね。ところで、君が魔女なら額の印は何かな?」

「つなぎの印と言う、あまり例を見ないものです」

「つなぎの印? 確かに初めて聞くね。それで、ザザはどんな魔法を使えるの?」

「えっと……」

 ザザは本当のことを言っていいのか尋ねるようにギディオンを見たが、彼は嫌そうに首をすくめて言った。

「申し上げなさい、ザザ。お前も俺も、この方には太刀打ちできない」

「酷いな、ギディ」

「その呼び方はフェリア殿下だけのものなので」

 ギディオンの言葉はザザの心を少し痛ませる。

「……あっ、あの! わたしはっ! 小さな風を呼んだり、軽い傷や病気なら痛みや苦しみを軽減することができます! 後、よく効く薬もいくつか調合できます」

「へぇ、風に癒しか。十分すごいじゃないか。だからフェリアは君を呼んだんだね。アレックスは獣医が驚くほど延命したんだってね……でもフェリアは、君が魔女だとは知らないのだろう? 多分、この男がうまく隠したんだな」

 レストレイはギディオンに流し目を送ったが、送られた本人は小さく首肯しゅこうしただけだ。

「でも、君にはまだ可能性があるのだね」

「……ウェンダルさまによると、修養次第では使える魔法の幅が広がるかもしれないということですが、自分でもまだよくわかりません。自分は今まで魔力が少ないと思い込んでいましたので。目下修行中です」

「そうか。不思議なものだな、魔女という存在は。近いうちに君の術を見せてもらおう」

「……」

「で、君のほかにも魔女は生き残っているの?」

「わからないのです。少なくとも、わたしは会ったことはありません。母は早くに亡くなり、三年前に師匠のドルカが死んでから私は一人で生きてきました。ドルカは私がおそらく最後に生まれた魔女だろうと言っていました」

「わかった。君は正直だね」

 レストレイは美しい瞳に納得の色を乗せた。

「魔女については君もよく知っているだろうが、この国では覚えている者は少ない。魔女が一番暗躍したのは『黒の十年』という我が国の内乱の時代で、その間に絶えた一族や滅んだ集落は何十にも上る。つまり、魔女に関わった人間がほとんど死んでしまった。そして魔女も多くは殺されたり追放された。仮に覚えている者がいるとしても、それは我々の祖父母の年齢で、その記憶は恐怖や憎悪に繋がるものばかりだ」

「はい」

「正直私も、今まであまり良い感情は持っていなかった。けれど、私は魔女について全て知っているわけではない。ギディオンが君を信頼しているなら、私もそうしよう。この男は人を見る目はあるからね」

「ありがとうございます」

 ザザは素直に感謝の言葉を述べ、深く頭を下げた。魔女と名乗って、もしかしたら罪に問われるのではと思っていたのだ。

「……で、ギディオン。君は私に内緒で魔女を世話してたんだね」

「申し訳ございません。正直申して、私も一番最初は信用していいか、どのように扱っていいのかもわかりませんでした。しかし、あのまま森に放っておいて、万が一悪い人間に見つかってよくない目的で利用されることを恐れ、連れて帰ったのです」

「なるほどね。でも、私にくらいは言ってくれてもよかったんじゃないか」

「返す言葉もございません。いずれはご報告するつもりではおりました。ただ、この娘はあまりに人馴れしておらず、自己否定も強かったので、まずは限られた空間で人の暮らしに馴染ませようと考えました」

「ふぅん……なるほどね」

 レストレイは美しい微笑みを浮かべる。その中に疑惑の匂いを嗅ぎとったザザは、彼とギディオンの間に割って入った。

「それは、わたしが物知らずで役立たずの魔女だったからです! ギディオンさまはわたしにいろいろなことを教えてくださいました」

「いろいろなこと? それは知りたいねぇ」

 王太子の微笑みはますます深くなる。

「えっと、まずご飯のいただき方ですとか、挨拶の仕方。それに人の話を言葉通りに受け止めないこととか……」

「ははは! なるほど。確かに大事なことばかりだね。そして、君がとても善良な魔女だと言うことはよくわかった。いや、人間としてもお人好しの部類に入るよ。これじゃあ、とても放って置けないね、男としては」

 レストレイは笑いを収めた。

「それで、ギディオン」

「は」

「このお嬢さんの力……つまり魔力が、いずれ来るチャンドラとの戦いの役に立ちそうなのかい?」

「いいえ。申し上げた通り、ザザの魔力についてはまだわからないことが多いのです。それにこんな娘を戦いに出すわけにはいきません」

「お役に立ちます! なんでもいたします! どうかわたしを使ってくださいませ!」

 ザザはギディオンの役に立とうと、レストレイに向かって叫んだ。

「……と、魔女のお嬢さんはおっしゃっているが?」

「こんな小さな魔女に外患を任せるような国ではいけないでしょう?」

「そうだね」

 ギディオンの言葉に、傷ついたように唇を噛むザザを見ながらレストレイは言った。

「今後の計画はもう出来上がっているのだろう? 速やかに私のところまで届けるように。まずは、使者を送ることだろうが」

「御意。探りを入れます。まもなく私も動く」

「やれやれ、また忙しくなるな。嫌だねまったく。まぁ、それはいい。この話は今はここまでだ」

 レストレイは頬杖を解いてギディオンを見すえた。


「さっきの話の続きだが、母上は割合本気だよ。君は身分を理由にしていたけども、母はフェリアが近くで幸せな姿を見せてくれるなら、多少のことは目をつむって、あの子の願いを叶えてやりたいと思っている」

「陛下も妃殿下も思慮深い方々です」

「そうだね。でも、君もフェリアのことは好いてくれているのだろう?」

「もちろんです。敬愛しております」

「ああ、わかった。君は賢明な男だ。自分がどうすればいいのかくらいわかっているだろう。おや!」

 レストレイは、胸をどきどきさせながら耳をそばだてていたザザに目を向けた。

「娘さん、目が落っこちそうになっているよ。そんなにこの話が気になるのかい? この男が好きかい?」

「えっ?」

 ザザは急に話を振られ、そしてその意味するところに気が付いた。

「ほぅ、みるみる頬が染まっていく。よいものを見せてくれるね。今どきの令嬢たちも、このくらい恥じらいがあるとよいのだが」

「あ、あるじを好かぬ魔女はいません」

「あるじ? 主人のことかい?」

「えっ、あの……その」

「我々にはわからぬ概念ですが、魔女には生涯仕えるべき、主と言う存在がいるようなのです」

 ギディオンが横から助け舟を出した。

「へぇえ、で、君がザザの主って訳か。そうなのかい? ザザ」

「は……はい」

「主だから君はギディオンを好いているのだね」

「え? ち、ちが……」

「殿下、この娘をおからかいになるのは感心しません」

「わかっているよ。そう怖い顔をするなよギディ。ザザも顔を上げなさい。意地悪言ってすまなかったね」

 目じりに涙がにじんでしまったザザは、頬を両手で隠し俯くしかない。

「なるほど、これは……確かに放って置けない」

 レストレイは手を伸ばしてうなだれるザザの顎に指を添えた。

 そのままついと指先をひねると素直に顔が上がる。夜の瞳から仕舞いきれなかった涙が一粒頬を伝って落ちた。

「うん、きれいだ」

「あ、あの」

「魔女のザザ、私は君が気に入ってしまった……そうだ」

 レストレイはザザを庇おうと身を乗り出したギディオンに、にやりと頷いて見せた。

「霜降の節の夜会で、ザザを借りることにする。いいな、ギディオン」




   *****



この章終わりです。長くなってすみません。

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