第15話14 魔女と娘達 3

 フェリアから午後のお茶会の招待状が来たのは、昼食後すぐのことだった。

『お天気がいいから、湖を眺めながらお茶を一緒に楽しみましょう。ドレスを届けます。後で私の部屋まで来てね。 フェリア』

 丸い文字はそう綴られている。


 付け焼刃ながらテーブルマナーと会話の心得を叩き込まれたザザは、夜でもないのに顔を洗って鏡の前で下着姿になっていた。

「あの、これからどういう……」

「着付けと、お化粧よ。それにしても痩せっぽちねぇ。これじゃ、何を着ても映えないかも……あ、キンシャが戻ってきたわ」

「ドレスが来たわよ」

 入ってきたキンシャは大きな籐の箱を抱えている。

「本当にまた着替えるのですか?」

「そうよ、お茶会用のものよ」

 そういってキンシャが箱から出したものは、今着ているものより明るい青い服だった。生地が更に上質で、襟と裾に白いレースが施されている。

「まぁ、素敵じゃない。おとなしいめだけど上品だわ。さすがフェリア様のお見立てね。さぁ着てみましょう。その変な石は外さないなら、服の中に入れておいてね」

「はい」

 ザザは何とか布の多いドレスを着込んだ。

 帯が高い位置にあって、広がらないドレスだが、裾がかなり長く足首まで隠れてしまう。こんなに丈の長い服を着たのは初めてだ。

「帯は後ろで結ぶのよ……いいわね。じゃこれ」

 キンシャは服と共布のリボンをヘアバンドのように巻きつけた。それから顔を洗うように言いつけ、ザザの前にいろんな形の綺麗な小瓶を並べる。

「この水はなんですか?」

「これは化粧水と乳液というものよ。いわゆる肌の手入れの品。化粧道具ももらってきたので、これからは段取りを覚えて、髪結いもお化粧も自分でしなければね」

 ザザは、これまた生まれて初めての体験することになった。

「これも塗って」

 セリカがまた違う瓶をザザに手渡す。いったい、何層顔に塗りたくればいいのだろうかと思いながらも、ザザは大人しくねっとりする乳液を顔に塗り広げた。

「これがいわゆる基礎化粧というものよ。森から来た娘という設定だから、このくらいでいいでしょ。紅も色の薄いものにしましょう。これを小指につけて唇に塗るのよ」

 平たい瓶の中には淡い桃色の軟膏のようなものが入っている。これが口紅だということも初めて知った。鏡を見ながら、恐る恐る唇に重ねる。何とかはみ出さずに塗ることができた。

「あら、上手よ。案外手先が器用よね、ザザは。私、先に上に上がっているわね。あとは任せたわよ、キンシャ」

 そう言ってセリカは出て行く。キンシャはザザの長い髪を梳かしていた。

「黒くて長いのはいいけど、まだぱさぱさしているわね。これから洗髪後に必ず髪油を塗り込んでね」

「はぁ」

「結い上げずに脇だけ編みこんで、あとは背中に流しましょう。装飾品はつけない方が、かえって素朴でいいわね」

「……」

 お茶会前にすっかり疲れたザザは、もう何もかもキンシャの言うがままに任せた。髪を編むのもまた初めての経験だ。

「はい。まぁ、こんなものでしょう。そろそろ時間だわ。私について来て」

 そういうとキンシャはさっさと部屋を出て、ザザがついて来ることも確かめずに姿勢良く歩き出した。

 何度か角を曲がり、広い廊下に出ると大きな階段があって、召使風の人たちが幾人も上り下りしている。


 すごいわ。こんな大きな階段の真ん中を進むなんて……。


 三階まで上がると広いホールがあって、その奥の廊下をキンシャは進んだ。大きな扉の前にセリカが待ち構えていて、ザザを見ると微笑みかけてくれる。

「上出来! 可愛いわよ。さぁ、中で殿下がお待ちです。そのままどうぞ」

 セリカが頷くとキンシャは「キンシャでございます。ザザ様をお連れしました」と声をかけてノックもせずに部屋に入る。

 

 うわぁ……。

 

 こんなに綺麗な部屋をザザは見たことがなかった。

 室内には巨大な花がいくつも咲いている。

 外観と同じく、部屋は白と薄い紫色で設えてあり、凝った飾りの家具や花柄の布製品があちこちに置かれている。どんな小さな隙間にも置物や布がしつらえてあって、空間というものがほとんどない。

「姫様、お客様のようですわ」

 巨大な花かと思ったものは、美しく膨らんだ女性達の衣装だった。彼女たちはキンシャとセリカとは全然違った雰囲気で輪になって座っている。

 そしてその中央にフェリアが座っていた。

「あら! やっと来てくれたのね。待っていたわ、ザザ」

「フェリアで、殿下には、ご機嫌麗しくぞんじ……ます。おまねきを感謝、いたします」

 つっかえつっかえ返事をしたザザに、フェリアの後ろに控える女官の一人があざけるような笑いを浮かべた。

「その服似合うわ! 私が見立てたのよ。ザザはきっと赤や黄色の服は嫌だろうと思って」

「ご配慮、ありがとうございます」

「今日は先だってのお礼にザザをお茶に招待しようと思ったの。この部屋の外がテラスになっていて、そこにお茶の用意をさせているのよ。湖から風が吹いてくるからきっと気持ちがいいわ。こっちよ!」

「テラスでお茶……」

 言葉の意味がよくわからなかったザザは、とりあえず皆の一番後について行った。

 部屋の入り口の扉の反対側は床まで届く大きな窓で、そこから外に出ると大きな露台ろだいとなっている。これがテラスというものなのか、とザザは理解した。

 フェリアの言った通り、高いところから突き出たテラスからは、眼下に広がる湖が鏡のように空を映している素晴らしい景色が見渡せる。

 周囲に広がる丘陵地帯は、色とりどりに夏の花が咲き乱れてとても美しい。今までほとんど森しか知らなかったザザは、こんなに高いところに登ったことがなかったので、感心して見入っていた。

「こっちよ、ザザ。私の隣に座ってちょうだい」

 明るい午後の光の元、ザザにとって初めての茶会が始まろうとしていた。




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