第14話13 魔女と娘達 2

「あ、あのっ! キンシャさん、フェリアさまがお呼びって、どういうことなんでしょうか?」

 すたすた歩くキンシャの後を追いかけながらザザが尋ねた。

「お茶会よ」

「おちゃかい?」

 ザザには何のことかわからない。お茶を飲むのにわざわざ会合をするのだろうか? 

「そう。貴族の女性はね、午後のお茶の時間に、親しい人やお客様を招くことがあるのよ。というか、高位貴族になると、ほとんど毎日お茶会なんだけど」

「そ、そんなすごい会合に私を?」

「まぁ、私はよく知らないけど、ザザは森でフェリア殿下を助けたんでしょう? そのお礼をなさるおつもりだと思うけど」

「でも、お礼ならもう言っていただきました」

「ええ。でも、この機会に殿下はザザを皆に紹介したいんじゃないかしら?」

「紹介」

「そう。ザザって庶民の出なのでしょう? これは私の憶測だけど、フェリア殿下はああいうお人柄で、好奇心が旺盛であられるから、ザザのことを自慢したり、もっとよく知りたいのじゃないかしら?」

「確かに庶民です……」

 庶民の上に魔女だと知ったら、おそらく大ごとになるのだろうとザザは思った。そう考えるとあまり行きたい気持ちにならない。

「ですが私は庶民の上に、ずっと一人で森で暮らしてきたので、あまりお話ができないのです。ギディオンさまにも叱られて……」

「いいのよ、それで。あなたのそういうところが珍しいんだと思うわ。殿下は大抵いつも退屈されておられるから。だから、今から支度をするの。お茶会はお昼下がりにあるから、それまで突貫工事で挨拶の仕方や、お茶会の作法を私とセリカで教えるわ」

「……お断りはできるものなのでしょうか?」

 ザザの質問に対するキンシャの返答は、自分の部屋の中に投げ込まれるというものだった。


「……うーん、まだお辞儀の時に腰を引きすぎじゃない?」

「でもセリカ、初めてだったらこのくらいの方が初々しくて、好感を持たれるんじゃないかしら?」

「それもそうか。じゃあザザ、もう一回やってみて」

「はい」

 ザザは言われた通りに小腰を屈めた。

 身分の高い人の前で行う女性のお辞儀の練習である。かれこれ二十回は繰り返している。

「まぁ、こんな感じでいいんじゃない?」

「そうね。ザザ、ずいぶん上手になったわよ」

「あ……ありがとうございます。セリカさん」

 褒められることにはまだ慣れないが、嬉しい気持ちは素直に湧き上がる。ザザは自分が少しだけ、人との会話を学べたような気がした。

「次はテーブルマナーね。つまり飲食の作法。ちょうど昼時だから、ここで練習しましょう」

 キビキビとキンシャが次の課題を示す。

「でも私、お腹はまだ空いていません」

 朝に兵士用の食堂で無理やり食べたので、小さな胃袋はまだ容積を減らしていなかった。

「そう言えば、ずいぶん早く朝食をとっていたじゃない。それもギディオン様たちと一緒に。部屋にいなかったから探すのに苦労をしたのよ」

「え? どういうこと? キンシャ」

 セリカが割り込んだ。

「朝早くに目覚めたので、ギディオンさまに食堂に案内してもらったのです」

 できるだけ事実をぼやかしてザザは説明した。

「いけなかったのですか?」

「いけないっていうことはないと思うんだけど、普通は聞かないわね。この離宮では一般の兵士たちと、私たち侍女や召使いの食堂は分けられているの。もちろん、王族の方や女官の方には別の専用の朝の間があるし、お部屋で食べられることも多いわ」

「兵士、侍女、召使い、女官、貴族、王族……たくさんのお仕事があるのですね」

「やだわ。お仕事じゃなくって……ええと、仕事もあるけど結局は身分よね」

 キンシャがうんざりしたように言った。

「身分?」

「兵士っていうのは国軍に所属する軍人さんのこと。庶民でもなれるけど、貴族の子弟は大抵は王室直属の近衛騎士団に所属するの。軍隊の中でも特権階級ね。洗練された所作と確かな剣技を要求される。でも一般の国軍はもっと大変で厳しいって聞くわ。ギディオン様も元は国軍の指揮官だったのよ」

「そうなんですか?」

 軍隊には国軍と近衛騎士がある。ザザは一生懸命に話を理解しようとした。

「それからお城で働く召使いにもいろいろあるのよ。下働きとか庭師、料理人とかね。私たち侍女は下級貴族の娘がなるもので、召使いとしては上のほうに属するけど仕事は様々。女官たちのお世話とか連絡係りとか。女官について教養や作法を身につけ、女官長に推薦されていいお嫁入り先を探してもらうのが普通」

 面白くなさそうにキンシャは言った。

「そう。だから女官には嫌われないようにしないといけないの」

 セリカもあまり楽しくなさそうだ。

「女官たちは中級貴族以上のお嬢様がなるのよ。主に、王族の話し相手や学友、お衣装や宝石の管理なんかをしてる。中には身分をかさにきて意地悪な子もいるのよ。ねぇキンシャ」

 二人は訳知り顔でうなずき合っている。

「そして、すべての国民の上に立つのが王族ってわけね。このパージェスは古王国って言われるだけあって、大陸で一番古い国だから、王家も伝統やら格式やらで大変だって、フェリア様がこぼしていたわ」

「……全部すごく大変そうです。それでその……」

 ザザは真面目に感想を述べてからおずおずと言い足した。

「ギ、ギディオン様は騎士さまなのですよね?」

「騎士様よ。それに王国指折りの剣士様でもあるわ。以前は国境軍におられて『双剣の戦士』とか『最強の指揮官』って言う二つ名があったのよ。戦士としても司令官としても優秀な方らしいわ」

「最強の戦士さまで指揮官さま」

 そういえば彼は食堂で「指揮官殿」と呼ばれていたことを、ザザは思い出した。

「ええ、御前試合で何度か優勝されているはずよ。でも、三年前の大変な戦でお怪我をされて、自分から国境軍をおやめになったところを近衛に拾い上げられたって、誰かが言ってたわ」

「お怪我を⁉︎」

 ザザは思わず声をあげた。

「本当なのですか?」

「噂よ。見た感じ、どこもお悪くなさそうでしょう? で、これも噂だけど、フェリア様のたってのお望みで近衛、それも王女づきの護衛騎士に推挙されたって」

「無理もないわね。ギディオン様は立派な騎士様で、お姿も素敵で男らしい美男子だし」

「……びなんし」

 美男子とは何かよくわからないが、ギディオンはとても立派だとザザは思っている。

 藍鉄色あいてついろの髪を自然に流し、彫りの深い男らしい顔立ち。湖のような青い目は全てを見透かすようで、見つめられるとどきどきする。そして長い手足と均整のとれた体格、錆びた低音の声、落ち着いた物腰。

「ギディオン様にあこがれる侍女や女官は多いのよ。もちろんフェリア様も!」

 セリカが内緒話でもするように言った。とても楽しそうだ。

「でも、ご身分と年の差がね。ギディオン様って伯爵家の次男でしょ? いくらお気に入りでもそこまでよね」

「……」

 二人の侍女のおしゃべりは止まる所を知らず、ザザはただただ圧倒されるばかりだ。

「あ、でも今言ったことはあくまで噂よ。だから、こんなことをあからさまに誰かに尋ねてはだめよ。いいわね、ザザ」

「はい」

 ザザはざわつく心の内を押し隠して言った。

 またしてもたくさんの知らない、そして気になる言葉を知った。そして、一番気になるのはギディオンの怪我のことだった。


 少しも気がつかなかった。どこをお怪我されたのかしら? わたしにできることはあるのかしら? 


 しかし、ギディオンは魔法を信用しておらず、ザザの癒術いじゅつでも大したことはできない。けれども、少しでもギディオンの役に立ちたいという気持ちがますます募った。


「さぁ、お昼が運ばれてきたわ。ザザ、やるわよ。テーブルマナー」

「はい」

「食事の作法はお辞儀より大変よ。会話の決まりもあるし。森で一人で暮らすのとは訳が違うわ」

「そうよ、それももっと大変なのは会話術なの。これはほんと微妙だし、短い受け答えで教養がわかってしまうものよ。付け焼刃では身につかないけど、知っておくのと知らないのとでは全然違うわ」

 キンシャとセリカの容赦のない言葉に、ザザはぎゅっと拳を握りしめた。

「やります。わたし決心して森から出てきたんです。だから、教えてください。お茶会での作法を」


 まずはお茶会をなんとか乗り越えて、ギディオンさまに認めていただかなくては。


 小さな決心を胸に、ザザはこぶしを握り締めた。




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