22 ガムダリル原生林調査隊の記録
古い書籍や資料の山を崩すようにあさり散らかすチヨ。
「確か、この山にぶん投げた覚えなんだがねえ」
チヨが探しているのは古い資料。多くの冒険者が参加した原生林調査の詳細が記されたものだ。
しかし記録は六〇年以上も前の物と、中々に古い。
なので書物の山の深いところにあると思われる。
幸いなことに、最近部屋を整理した時に見た覚えがあるから、それを頼りに散らかしていると、ようやく目当てものものが見つかった。
紙を紐によって束にしてある古い報告書。
扱いは雑ではあったが、保存状態は申し分ない。
『ガムダリル原生林調査隊虐殺事件 記録資料』
それがこの資料のタイトルである。
古いが、その事件は今でも有名だ。
ガルダリム原生林とは、ダアクックの街から西へ進んだ先にあるガムダリル森林の更に奥にある、世界でも数少ない貴重な原生林だ。
その原生林の生態系調査に行った上級冒険者が正体不明の生物に襲われ三〇名の内、二九名が無残に殺された事件。
その詳細をまとめた資料だ。
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九六五年 七月にガムダリル原生林の調査に赴いた冒険者三〇名の内、二九名が死亡した事件をまとめた資料だ。
次に書く記録は生存者A氏の発言を元に作成したものである。
『二二日』
早朝、ダアクックの西門に調査隊が集合。点呼をした後、出発。
道中、特に問題なくガムダリル森林に到着し小休憩を挟んだ後に、森林の中へ進む。
昼頃になり、原生林の入り口へと到着。
原生林へ入り、少し歩くと池が見えたのでそこに拠点を設営。
周辺の動植物の調査をし、A氏は生物学専門の冒険者と共に行動。小型の竜を数匹討伐し、拠点へと戻った。
陽が沈む頃に点呼。全員集まっていることを確認し、各々のテントで眠りについた。
夜は三名が交代制で番をするように指示していたという。
深夜、月が真上に上る頃。一名の冒険者がこちらを伺う獣を発見。
茂みの音から推察するに、大型犬くらいの大きさだったそうで、獣はしばらく拠点周辺をうろつくが、やがて森へと姿を消す。
『二三日』
早朝、日が出る少し前。
木々が倒れる音で調査隊全員が目を覚まし、臨戦態勢を取った。
遠くから狼に近い遠吠えを耳にして、声が聞こえた方へと調査隊は視線を集める。
やがて目視が出来ないほどの速さで獣が飛び出し、茂みに近かった冒険者の首を嚙みちぎった。
襲われる冒険者を救助するために何名かの冒険者が近寄るが、近づいて来た人間を原理不明の力により切断されてしまい、胴体が原型が分からないほどに切り刻まれてしまったという。
生存者であるA氏によると、獣は剣や槍は通らず、火や雷といった術を受けても怯みはしなかったらしく、大抵の竜ですら足を止めるという攻撃にも臆する様子など見せず襲いかかってきた、と証言。
その生物の姿についても言及する。
煌々と黄金に光る毛並みを持った、姿形は狼に似ているが狼とは似ても似つかぬ化け物であった、と。
その化け物を目視した後、A氏は体に腕を切られた感触が走り、それと同時に意識を失ったという。
事件現場の死体の状態を見ると、その傷口は剣で切り裂いた傷よりも鋭く、綺麗な断面をしており、魔術に近い生体機能を持っているのではないかと推察された。
傷は主に謎の斬撃による傷と
捕食目的で殺した訳ではなく、縄張りを守るためのものではないかと考察されている。
(1)
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その後のページには事件現場の状態や、遺体の状態が二九人、一人ずつ詳細に書かれている。
この事件は当時の人間達を震撼させた。
三〇人の冒険者は皆、名の知れた上級冒険者ばかりだ。
生物学、地質学の専門家や、鉱物や毒に特化した変人、竜殺しを専門とする凄腕の狩人。
そんな精鋭達が一匹の獣に殺戮さてたのだ。
化け物に付いた異名は『
シスイが言っていた、フェリーの体が黄金に光るというのを聞いてピンときてこうして調べているが、中々に面白い。
黄金に光る毛並み。
断面が綺麗な死体。
狼のような化け物。
断面が綺麗というのは魔術であれば、属性で言えば風や水であれば説明は可能だ。
あらゆる魔術や攻撃を通さないというのも、フェンリルの加護というようにも見える。
しかし、生態系の守護者であり、理性の化身たるフェンリルが人間を無意味に人を殺すだろうか。
フェンリルに出会った事例というのは何回かある。
しかしそのどれも人間に対して感心を持つ素振りは見せず、その場からすぐにいなくなったという。
実際に私が見たわけではないからその証言だけでは情報に欠ける部分ではあるがね。
そしてこの資料の考察。
縄張りに入ったから殺された、というのも納得いかない。
そもそもな話、ガムダリル原生林自体がフェンリルの縄張りだ。森に長時間いたというのに襲撃されないと言うことは、特に気になどしていなかったと考えられる。
仮に忍び寄って襲う機会を伺っていたとしていたのなら、早朝の襲撃で木々を倒して冒険者達を起こし、警戒させ、更には場所を知らせるような行動をする意味が分からない。
理解不能だ。
それに、何よりフェリーのあの性格からして人間を殺戮するとは、とてもじゃないが思えない。
……。
うむ、考えても答えは出ないな。
チヨは手に持っていた資料を、本の山の中に投げ入れる。
ガシャン! ガタン! ゴロゴロ!
投げた弾みで本の山が崩れる。
「……」
謎の化け物なんか考察している場合じゃないな。
今考えるべき事は、この本の山をどうにかする方ではないだろうか。
ふむ、どうしたものか。
「……本を片付ける魔術の理論を考えてみるか」
そう言いながら、部屋を後にするチヨ。
この本の山が綺麗になるのは、しばらく先になりそうだ。
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