18 ロマンの在処

 時間は過ぎていき、スライムを運び終えたのは日がある程度傾いた頃だった。


「なんだ、遅かったじゃないか。というか多いな……なんだこれ」

「素材になるって聞いたんで一応全部もってきたんですけど」

「その場で捌いてくれば良かったじゃないか」

「魔法で爆発させていたもので」

「なんだ、お前等。スライムの捌き方も知らないのか」

「鍬じゃ刃も通らなかったんだぜ?ナイフが通るかよ」

「コツがあるんだ。まあ、持ってきてくれたのならスライムの身が手に入る。身の用途はいくつもあるから良しとしよう。台所に持ってきな」


 言われるがままに運んできたスライムを家の中へと運んでいく。

 チヨさんの家は石のレンガを主に使用した、中世の頃の民家のような造りをしていた。

 木製の家よりも少し冷たい雰囲気を感じたが、台所にある調理用の暖炉がそれを温かく包み込んでくれる。

 石畳の床に集めてきたスライムを置くと、チヨばあさんは近くの小さい樽に座り、ナイフでスパスパと捌いていく。


「もうやることない感じか」

「ああ、テーブルにでも座って待ってろ。飯作ってやる」

「了解、じゃあオレは一旦畑に戻って道具を片付けてくるけど、おっさんはどうする?」

「ボクはチヨさんのを手伝うよ」

「あいよ」


 フェリーはそう言うと、鼻歌交じりに外に出て行った。

 あいつからすれば、部屋にいるよりも住み慣れた外の方が落ち着くのかもしれない。

 ボクはチヨさんの対岸に座り、スライムを拾う。

 ポケットから携帯用ナイフを取り出して、スライムに突き立ててみるが、案の定弾かれてしまった。

 捌くって言っていたが、どうやって捌くんだこれ。

 表面は弾力性のある硬い皮が覆っているから、簡単にはナイフが通らなそうだ。

 チヨさんの方を見てみると、簡単に膜を切り開いて、桶の中にスライムの内容物である貝殻やらなんやらに仕分けしている。

 何かコツでもあるのだろうか。


「下手だねえ。お前の指はいちもつ握る以外に能がないのかい? スライムはね、大体下側にケツの穴みたいなのがあるから、そこからナイフ入れるんだ。おっと気を付けろ。ナイフを入れすぎると爆発するかな。少し破いて中の水をある程度抜いてから深く入れるんだ」


 スライムを回してみると、確かに穴があった。

 膜をナイフで少し破くと水分が沢山出てきたので、床にこぼさないように桶を下に敷いて続ける。

 中の水が抜けると、球体だったスライムはクラゲの親戚みたいな姿になるまでしぼんでしまった。

 捌く中で透明な管だったり、内臓っぽい部分だったりがあったが、どう仕分けすれば良いのか分からなかったため、仕分けがチヨさんが担当し、ボクはスライムを開く担当として勤めた。


 ただスライムを掻っ捌いていく作業。

 それを黙々と進めていく。

 静かな部屋に響くのは、スライムから水が滴る音と暖炉の薪が弾むようにパチパチと鳴る音。

 それと外から聞こえる小鳥のさえずりと虫の声。

 部屋が少し暗くなり、ふと窓を見ると日が雲に隠れるのが見えた。日が完全に雲で隠れると、部屋に飾ってある乳白色の石が翡翠色に光始め、部屋と手元を明るくした。これもチヨさんの魔法なのだろう。

 静寂が馴染んだ空間に、チヨさんがふと話しかける。


「私を手伝ったところで、報酬は出ないぞ」

「別に欲しくてやってるわけじゃないですよ。自分で持ってきたもんですから、量が多いのは知ってます。なので手伝おうかと」

「手伝われると、追加で報酬をやらんといけないから面倒くさいんだ」

「それで言うなら、最初の畑仕事も寄こしてほしいんだが」

「あんなの準備運動程度だろ」

「ヘクタール規模の畑を耕すことを、準備運動という奴をボクは知らないね」

「ケッ、面倒くさいガキだねえ。だが、逃げなかったことは評価するべきだね。大抵畑仕事の途中で逃げだす奴らがまあまあいるからな」


 そりゃいるだろうなあ。

 なんせスライム駆除の触れ込みでこっちは来ているんだから。着いた瞬間「数ヘクタールの畑を耕せ」なんて誰が予想できるだろうか。


「しっかし魔術の覚えには驚いたぞ、シスイ。才能はないが筋が良い」

「それって褒めてます?」

「勿論褒めているとも」


 どうやら本当にそう思っているようだ。その証拠に彼女は真剣な顔立ちをしている。


「子供でも習得するのに数カ月は掛かるところを、あの一瞬で見事に出来てしまうというのは物事の理解力というのがずば抜けて良いのだろうな」

「物事の理解力……そういうものなのだろうか」


 確かに前の世界でもドラクエとかやっていたし、異世界系統の作品を見ていたりはしたが、それらの知識が活かせたとは到底思えない。

 強いて役に立ったかもしれないものと言えば、子供の頃かめはめ波を打つ練習をしたとき、手と手を近づけると熱を感じて「これが気か‼」と思っていたことぐらいだろう。

 多分あの経験が、魔力を貯めるのに応用できているに違いない。


「でもそんな才能がある、才能があふれているボクに防御魔術を教えてくれないんです?」

「才能はないと言っているだろう。いいか、才能はないんだお前は。防御魔術を覚えたところで全くの無意味だ」

「どうしてだ」

「防御魔術の効果は、魔力出力の性能によって決まるからだ」

「……あ—、つまりボクが仮に防御魔術を使ったとしても……」

「紙装甲で、自分の使う魔術すら耐えられない」

「じゃあ、魔法覚えてもロクに使えないってことか、ボク」

「ってことになるな」

「チヨさん、いや先生。どうか才能のない私でも魔法を使えるようにご教示して頂けませんでしょうか。ボク、どうしても魔法を、いえ魔術を使いたいのです‼」


 ボクは深々と頭を下げる。

 あんまりじゃないか。異世界に来て、目の前に魔法があるというのに、自分自身に才能がないから使えないなんて。それはあまりにも残念過ぎるじゃないか。

 だから、少しでも良い。

 少しでも良いから魔法を使ってみたいのだ。

 チヨさんは捌いていたナイフを止めてスライムを置くと、足を組んで少し前のめりになる。


「ほう、この私を師と仰ぐか。その気持ちは分からんでもないぞ。私は凡人とは違い、天才の部類だろうからねえ。だがお前がそんなことをほざくなんて一万年早いね」

「やはり駄目か……」


 魔法は異世界に来たなら誰もが憧れる一大コンテンツみたな所があったから、使えない事が残念でならない。

 まあ、火の玉を出せる魔術が出来るだけ良いと思うとするしかないか。

 そう落ち込んでいると、チヨさんは手に持っていたナイフをくるりと回し、ボクの座る樽目掛けて投げてくる。

 回りながら飛んできたナイフはボクの股間、のちょっと下の樽の縁に綺麗に刺さった。


「あっぶな‼」

「しかしだ、何故魔術を覚えようとする? 魔術を覚えたとて、お前の実力では使えて所詮家庭レベルの魔術だ。覚えたところでモンスターを殺すことは愚か、かすり傷を作るのがせいぜいだろう。何故求める?」


 何故……か。

 どうしてそんな質問を……ああそうか、これは、試されているのだ。

 この質問に対して、ボクがチヨさんにとって良い答えを出さなくてはいけない。もし答えられたら魔術を教えてくれる。そういう類の質問だと見た。


 ならば何と答えるべきか。

 世の為、人の為に使いたい……ふむ、そんなことを言う人じゃないだろうな、自分は。

 仮にこれが会社の面接等であれば言うのだが、チヨという女性の性質を考えると、これは直観だが的外れなような気がする。

 なら身の丈に合うような答えをするべきだろうか。『なんかかっこいいから』とでも? 理由なんて正直これだけなのだ。


 でもこれでは、絶対認められないだろう。

 だからボクはこう答えた。


「旅に出るのを考えているので、やはり魔法があると便利だと思うので。フェリーと違ってボクは一般人ですから多少何か出来るようになりたいんです」


 嘘はついていない。

 フェリーからしたら、物を引き寄せられる程度の能力しか持っていないおじさんなんて、お荷物でしかないだろう。

 何かしら役に立つ特技みたいなものを、ボクは欲していた。


「ほう、旅をするのか。どんな理由だ」

「どんな理由? ……世界を見てみたい、的な感じか」

「ふむ……」


 そう答えると、じっと嘗め回すようにボクを眺める。

 しばらく眺めて何かを納得したような顔になると、ポンとボクの肩に手を乗せる。


「よく頑張ったな」

「あんた今何を妄想したんだ」

「なあに、言わなくても分かっているさ。私はあんたの味方さ」

「本当に何を妄想したらそんな返しが返ってくるんだあ⁉」

「簡単な考察だ。魔術をこれまで知らなかったこと、傷一つなく皮の薄い手、なによりその自分を歯車とでも思っているような死んだ瞳が全てを物語っている。差し詰め、非道な魔術師の実験動物かなんだったんだろう、お前」

「すごいな、チヨさん。何一つ合ってないよ、その考察」


 その妄想力、もはや小説書けるだろう。


「外したか。じゃあ何で魔術を学びたいんだ? 別に旅をするだけならば魔術なんぞ覚えなくても、道具ですべて代用できる。お前は魔術を学ぶ意味なんてないんじゃないか」

「いや、それを言われちゃあお終いなんですが」

「よけりゃ旅に出る冒険者セットを無料で見繕ってやろうか?他の店で揃えるよりも良い奴を作っていやる」

「うーむ、しかし……」


 それに一体どれほどの価値があるだろうか。

 確かに、火打石とかで火を付けるのはやってみたことないから、興味はある。魔法の見込みのない自分は、火打石打ってた方がコストも良いのは分かっている。


 だけど……だけどな。

 そんなの———


「そんなの、何のロマンもないじゃいか‼」


 結局のところ、ロマンなのである。

 味方の役に立ちたい、利便的であるから使いたい、そんなものはどうでも良い……訳ではないか。

 ただボクは魔法という面白そうなものに触れてみたいだけなのだ。


「なんだ、言えるじゃねえか」


 今日見た中で、一番満足そうな笑みをするチヨさん。


「採用だが不合格」

「採用? 不合格? 結局どっちなんです、それ」

「目だよ目、お前鏡見たことないのか?」

「目って言われても」


 チヨさんはテーブルにあった手鏡をこちらに投げてくる。

 鏡をのぞき込んでみるが、そこにはいつもの冴えない自分の姿があった。

 アレか、でっかい目ヤニでも付いていたか?


「まだ分かんないのかい? お前さんはね、目が死んでいるんだよ」

「そ、そんな馬鹿なッ⁉」


 再び鏡を見る。

 そんなことはないはずだ。

 自分はこの異世界に来てだいぶストレスから解放されたはずなのだ。

 鏡を見ても分かるが、クマがだいぶ薄くなった……ような気がする。

 いや、言われてみればあんまり変わってないような、気もしなくもない。


「私はね、死んだ目をする奴が嫌いでね。私はロマンを求めてこの世界に入ったんだ。『綺麗だから』『かっこいいから』『楽しそうだから』そういう幼稚な考えを、私は未だに大切にしているのさ。ロマンを口にするならば、まずは言葉を心の底から想わなくちゃいけない。だから私は死んだ瞳で言うお前に、不合格だといったのさ」


 こいつは困ったなあ。死んだ目を治せ、なんてどうすれば良いのだろうか。

 これはきっと社畜の期間が長すぎた弊害だ。社畜根性が抜けきっていないのだろう。

 

「じゃあ、今回の話はなかったことになるんですかね」

「何を言うか。言っただろう、採用だとね」

「え?」

「私は意地悪でね。私はお人好しじゃないんだ。そんな奴を見ていると否定したくてうずうずする。その在り方も、生き方も間違っていると笑ってやりたくて仕方がないのさ。他者を自分に染めるのは気持ちが良いだろう?」

「そいつはまた、良い性格をしてますね」

「そうだろう? お前はそんな人間を師と仰ぐんだ。今から私が正しいといったものは例外なく正しく、違うというものはすべからず間違っていると思うがいい。お前はそれについて来れるかな?」


 彼女の在り方というのは、ボクが全く知らないものだった。

 不作法で無遠慮。傍若無人、厚顔無恥、唯我独尊。

 自分の好きなものしか見えていない人間というのはこういう性質を持っている。

 きっと、こういう人のことを天才肌というのかもしれない。

 けれど、彼女の言葉に不快感というのは不思議と感じなかった。

 それはきっとチヨさんが嘲笑で言ったのではなく、心の底からそれを信じているというのが伝わってくるからだろう。

 そして何より、ボクが彼女の在り方に憧れた。

 いつか忘れて、置いてきてしまった童心を、彼女はこの歳になっても持ち続けているのだ。

 最初は魔術について知りたいだけだったけど、それだけじゃなくて人生の秘訣という奴も、もしかしたら学べるのかもしれない。


「よろしくお願いします」

「言質は取ったよ。やっぱ辞めますなんて言うのは無しだからね」

「そりゃ勿論ですとも」

「よろしい。ならば享受してやろう。魔術という名の様式美を」


 そう言うと、指を鳴らして小さな火の粉を発生させると、やがて火の粉は炎になって、炎は姿形を変え、大きな竜へと成る。

 炎の竜はチヨさんの周囲を回り、ボクと目が合うと襲ってくるようにこちらに駆け寄り、襲われそうになるその瞬間、竜は霧散して辺りには数十の蝶となって火の粉に戻る。


「すげえ……」

「これは炎を作り出す魔術を少しいじって形を変えただけのものだ。これが出来たところで、何ら役に立つことはない。だが無価値に価値を見出すことこそがロマンだろ?」

「先生、ボクにもドラゴンって作れますか?」

「百分の一くらいのは出来るんじゃないか?」


 出来ないのは何となく察していたさ。まあ、HGのガンプラよりは大きいから良しとするか。

※HGのガンプラは144分の1サイズ


「そして、お前がこれから敬愛する師からの最初の課題を出す」


 空気が変わったのを感じ取って、しっかりと向かい合い、聞き逃さぬように耳を立てる。

 しばらく溜めた後、彼女は口を開いてこう言った。


「樽に刺さったナイフ、取ってくれ」

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