11 大英雄ガルダリア

 聞き間違いでなければ、今この人「ガルダリア」って名乗らなかったか?


 ガルダリア。


 つい最近、というかついさっきまで馬車で話していた大英雄にしてこのダアクックという街を治める人物。

 広場にガンダムみたいに立ってたその人ってことか?

 リズ、話と全然違うじゃないか。

 絶対この人、大した奴のカテゴリーに入っているよ。

 てっきり気難しい受付嬢が出てくるとばかり思っていた。

 ボクがこんなに驚いているんだから、フェリーもさぞビビっているのだろうと、ちらりと横を見る。


 親指を立てていた。言い換えるならグッジョブしてた。


 こいつは何をしているんだ。緊張している様子は全くない。

 それどころか、何やらニヤついている。 

 この狼の人見知りの発動条件がよく分からない。 

 何故リズにはビビッて、この甲冑にはヘラヘラできるのか。


「あのタイタンタートルを倒したと聞いて貴公らと話をしてみたくてな。エリザベスに頼み、招かせてもらった次第だ」


 そう言うと、ガルダリアは手に着いた鎧を外し、手を差し出してくる。

 おっと忘れていた。

 まずは挨拶だ。けれど、どんな挨拶をすればいいのだろうか。

 普通に「こんにちは」で良いのだろうか。それとも仰々しく行くべきだろうか。


「そんなに気を張らなくていい。私はそう畏まられえるような立場ではないからね」


 どうやら、顔に出ていたらしい。

 まあ相手もボクらのことを下賤の者と見ているだろうし、畏まるなとも言った。ラフな方が良いだろう。


「ボクはシスイです。今回はお招き頂きありがとうございます」

「オレはフェリー、よろしく」


 そう言ってガルダリアの手を握る。

 握った瞬間、岩を握っているような感覚に陥った。

 硬い。

 人間の手とは到底思えない。

 他の人間よりも筋肉の詰まり方が違うのだろうか。


「立っているのも話しづらいだろう。そこのソファに座ってくれ」


 そう言われてソファに寄り掛かる。

 やはり良いソファーだ。体が沈むほどにフカフカだった。


「此度の件、聞き及んでいる。貴公らは森の主であるタイタンタートルを撃退したそうだな。報告に来た冒険者が語ってくれた。なんでも、風を操る獣人と亀の巨体を引き寄せるほどの魔術を使う者がその偉業を成した、と」

「ええ、まあ、そんな感じだと思います」


 伝えたのはダインだろう。

 フェリーの風魔法については冒険団の皆やギルドの中で話しているのを聞いたが、ボクの能力について知っているのは直に見たダインだけだ。


「なるほど、それが本当だとすれば素晴らしい実力の持ち主ということになる。タイタンタートルを少数、それも二人で倒してしまう実力者となると最上位の冒険者くらいになるだろう。冒険団規模であれば幾らかいるが、あれを単体規模で倒せる者など私を除けばエリザベスかバウアー……いや奴は対人特化だから、この街ではエリザベス程度しかいないだろう」


 あのお嬢ちゃん、そんなに強かったのか……。

 トップの実力のある冒険者というのは自称ではないらしい。それにしてもフェリーですら何とか時間を稼いで魔法を完成させてやっとこさ倒したというのにそれを単体撃破可能、だと?異世界の人間は化け物ではなかろうか。


「それで、結局どうしてボクらを呼び出したんです?ただ褒めたいだけで呼んだわけじゃないでしょう?」

「なるほど、もう少し話していたかったんだがな。では単刀直入に言おう。我々のギルドに入らないか?」


 まあ、実力者云々の話をし始めた辺りから何となくそう来るんじゃないかと思っていた。さっき話していた内容からして実力のある人材というのが少ない風に聞こえたからね。

 これはボクの推測になるけれど、他のギルドよりも実力者が少ないのだろう。

 タイタンタートルとはいかずとも強いモンスターみたいなのは多くいるはずだ。

 そういったものに対処するのにも実力者は集めておきたい。

 きっとそういう魂胆があるのだろう。


「魔族との戦争の話については聞いているだろう。だがこの街は魔族との国境が最も近い街というのは知っているだろうか? ダアクックは魔族との冷戦状態が崩れた際、最前線となる街だ。実力者は他の街よりも多いが、増えるに越したことはないからな。タイタンタートルを倒せるほどの実力を持つ者であれば尚更だ」

「想像よりも規模感がデカいな……まあなるほど、それでボクらにギルドマスターが直々にって訳ですね」

「待遇は保証する。なんなら他の冒険者よりも好待遇なものにするのもやぶさかではない。決して悪い話ではないと思うが、どうだ」

「どうだと言われましても……この話はちょっとおかしくないですかね」

「そうだろうか?」


 そうだ、おかしい。

 相手からすればボク等は素性も分からぬ怪しい奴らなのだ。そんな人間をこうも簡単にギルドに入れようとするのは、少し不可解だ。そいつの人間性を知っているなら話は別なのだけど。

 こういう話は何か裏があるというのは決まっているのだ。それがたとえ大英雄様が提案しているものだったとしてもだ。こういう時は客観的に物事を見なければ後悔する結果になることを、良く知っている。

 物事に対して善意だけで動けるものはいない。

 そこには謀りや下心なんかが潜んでいるものだ。

 その謀りを踏まえて自身に得が多くあるものを選ぶ。生きていく上で必要なスキルである。


「話がうま過ぎるというのもありますが、何よりも身元も分からない人間をこうも簡単に信用するというのが納得いかないんです」

「普通はそうだ。私も街で広まっている噂だけではこんなことはしない。しかしこの話を持ってきたのは私が信頼している冒険者だ。その冒険者が推薦するのだとすれば、確かな実力があるのだろう」


 ダインに信頼を置いているとはいえ、やはり納得できないな。報告で聞き及んだことをそのまま鵜呑みにして、採用というのは早計が過ぎる。


「もし自分が上司で信頼する部下がそう打診するならば、まずは自分の目でそれを図ります。今回の場合だったら……そうだな、その有用性を知るために試験であったり、実績を証明してもらわなきゃ信用はしない。生憎ボクらには示せるような実績や資格がある訳じゃありません。であれば、何かしらの試験があったりするんじゃないですかね?」

「確かに、もっともな意見だな」


 それとボクには提案が怪しい云々の前に懸念点があった。

 仮に、この話を乗るとしよう。

 フェリーは待遇に見合うかもしれないが、ボクはそうとは限らない。ボクはただの一般人であり、普通の人間なのだ。

 もし仮に魔族が攻めてきて、最前線に立つとなったら、まあ真っ先に死ぬだろう。

 これはあくまでこの話を飲むという状況になったらの話ではあるが、もし入るならば実力に見合った場所が良い。


「しかし、試験は必要ないように感じる。実力というのは見れば分かるものだからな」

「タイタンタートルを倒したという実績で買いかぶられている気がします。少なくともボクは」

「そんなことはない。岩石が降ってくるのを目前にしても、動じず力を行使し続ける強い精神力。特質した能力を持つ人間ばかり注目されるが、仕事や役割を理解し、それをしっかりと全うすることが出来る人間というのは、特質した人間とは違い、探そうと思って見つかるものじゃない。私はそれを高く買っているのだよ」

「見てもないに、どうしてそんなことが分かるんです?」

「……本当に分からないのか?」

「ええ……まあ」

「なんでい、冷たいじゃないか。一緒に命を懸けて戦った仲だっていうのに」

「ん?」


 なんだ、急に口調が崩れるな。この大英雄。


「……ブフォッ‼ もう駄目だ、我慢できない。面白過ぎる!」

「え、何故そこで笑う?」


 なんだ? 急にフェリーが笑い出したけれど……いや、ちょっと待て。さっきの声どっかで聞いたことあるような気がするぞ。


「なんだ、まだ分からないか? じゃあ、よく見てろよ」


 そう言ってガルダリアは兜に手をかける。


 ポン!


 コミカルな音と共に兜を脱ぐガルダリア。

 しかし兜の下にあったのは、見覚えのある男の顔。

 ダインの顔だった。


「……」

「……あら? 反応がねえな」


 もう一度頭に兜をはめて、また顔を出す。


「やっぱり反応がねえ。本当に見えてるのか」

「ダインもっと速くだ。もっと速く兜を脱ぎ着するんだ!!」

「フッ……任せろ」


 ポンポンポンポンポンポンポン。


「だあああああ、もうやかましい‼」

「お、ようやく反応したか」

「誰だって反応するわ」


 あれなのか、異世界では最近すぐにキャラ崩壊するのが流行っているのか?


「で、俺の正体も分かっただろう?」

「そうだな。ダインだろ」

「そうだ。中々気づいて貰えなくてショックだったぜ?」

「気付ける訳ないだろッ。はあ……つまりアレか? ダインというのは世を忍ぶ仮の姿で、本当はガルダリアだったってことか」

「まあ、間違っちゃいねえ。ガルダリアっていう男は気軽に出歩くのには不向きでな。そんなときに俺はダインになる訳さ。ちなみにダインって言うのは俺が子供の頃の名前だ。俺の村は生まれた時と成人した時と二度名前を貰うんでな。仮の姿って訳じゃねえのさ」


 大英雄になると色々大変なんだな。

 こっちの世界で言うところのアイドルや俳優、女優みたいなものなのかもしれないな。


「フェリーが爆笑してた理由っていうのは……まあおおよそ察しはつく。犬だもんな、お前」

「入ってすぐに匂いで分かったんだ。それであのお世辞にも誠実そうじゃないダインがガルダリアとして振舞ってるのと、そんなダインに畏まってるおっさんを見たら、笑いたくもなるだろ?」

「俺も笑いをこらえるのに必死だったぞ。鎧来てるとチャリチャリなってばれちまうからな」

「なんだ、そういう事だったのか。くっそ、やられた」


 腕を組んで頷くダインとフェリー。

 同じ状況だったら、ボクもやるから強くは言えないな。似た者同士ってことだ。内気なフェリーが普通に接することが出来るのも頷ける。

 しかし、ダインがこの街の大英雄だったとは全くもって気づけなかった。

 いや、もしかしたらさっきの会話で気づこうと思えば気づけたかもしれない。

 ボクがこの街に関してあまり詳しくないことを知っているのは、馬車で話していたガランダムの尾のメンバー以外にいないはずだ。そのことを知っているというのは自分としても気づいても良かったのではないかと思う。

 そう気づけるのはダインがガルダリアというのを知っていればの話かもしれないな。


「なるほど、これほど待遇も良くて信頼もしているというのは、一緒にタイタンタートルと戦ったからってことか」

「ま、そういうこった。俺としちゃ一種の恩返しだと思ってるんだ。あの時助けてくれた恩のな」

「ボクとしては恩を返されたというより、嵌められた気分なんだけどな」

「というかオレ気になったんだが、ダイン。お前が本当に大英雄ガルダリアだったなら、アレくらいのモンスター倒せたんじゃないか? それとも、大英雄なんて肩書は飾りなのか?」

「痛いところついてくるな。まあ理由は色々あるんだが……俺と会った時、持っていた装備していた大盾っていうのが見てたから分かっていたと思うんだが、木製だっただろう?」

「まあ、今みたいな重装甲ではなかったね」

「あの時は森の生物の生息地域が数日で変化したと報告があってな。それの調査で来てたんだ。鎧だと金属音で生態調査には向かないだろう?だから軽装備で向かったんだが、まさかタイタンタートルが襲ってくるとは思わなかった。あの装備で森の主とやりあうにはさすがの大英雄の俺でも難しいわな。感覚としてはキッチンナイフでドラゴンに挑むようなもんだ。それにあんな怒り狂っているバカでかいモンスターが不意打ちで飛び出してくるなんて誰が思うかよ」

「あー……なんか、なんか……すんません」


 心当たりしかないフェリーは申し訳ない様子で謝っていた。

 今回のタイタンタートル事件(仮)を起こした元凶というか、犯人だからね。


「種明かしも済んだ。それでどうだ?乗るか、乗らないか、どっちだ」

「そうだな、その話を飲んだとしてだ。仮に飲んだ場合、ボク達は街から出られたりするのか?」

「ある程度はできるが、長期となると難しいかもな。なんせ戦力として引き入れる訳だから。だが不自由はしないし、安心して生活できると思うぜ。商人にとっちゃこの街は今売り時だからな。いつ戦争になるか分からないし」

「それなきゃ完璧なんだよね……」


 けれど不自由のない安心した生活か。何とも魅力的な宣伝文句じゃないか。これから新社会人として独り暮らしする人が居たら、真っ先に飛びついてきそうな効果はありそうだ。最前線に行かなければ、割とありなんじゃないか?

 何とも悩ましい提案だ。

 まだ右も左も分からない自分にとって安定した生活というのは、この世界での最終目標にしているところがある。

 けれど、この街から遠出が出来ないというのは、なんだか勿体ない気がする。

 中々答えが出せないでいると、


「すまん。オレはできない」


 とフェリーは頭を下げた。


「おっさん、オレはパスするぜ今回。オレにはやらなくちゃいけない事がある。ここに留まり続けるつもりはないんだ。ごめんな、ダイン」


 フェリーは何か目的があるらしい。それはボクには分からない。

 けれど、その眼には決心というか、覚悟みたいなものを確かに感じる。

 その目を見た時、自身の中で何か吹っ切れる音がした。


「ダイン、ボクもこの話パスさせてくれ。せっかく街まで出てきたんだ。できるならこの街以外の事、世界を色々知りたいし、見てみたい。提案に乗れなくて申し訳ない」


 多分フェリーに感化されたんだと思う。

 話は確かに美味しいのかもしれない。

 けれど、これはあの時轢かれた男の凝り固まった思考が見せる理想に過ぎない。

 どうせなら、あの男が選ばなかった物を拾ってみたい。せっかく異世界に来たのだから、見たことない景色を見て、知って、触れたいという感情が、ボクの中には強く燻っていた。

 自分の意思を尊重する覚悟を、今したのである。まあ……もしかしたら気の迷いかもしれないけれど、それを決めるのは今のボクではない。

 それを決めるのは、きっと明日以降の自分だろう。

 ボクとフェリーに断られたダインだったが、何故か表情は明るかった。


「分かるぜ、その気持ち。俺も昔は夢や理想を追い求める冒険者だったからな。今はギルドマスターになっちまってそんなことはほとんど出来なくはなっちまったけれど、あの頃の感情ってのは腐ってねえ。良いぜ、今回の話はなかったことにしよう。だが、今回の恩を返したいのは変わってねえ。何かしらの形で返すとしよう。手始めに俺のギルドのフルコースを味わってくれや」

「そいつは楽しみだな」

 

 こうして、ギルドマスターガルダリアことダインとの会談はひと段落着いたのである。

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