第105話 忠臣

大友家家老・戸次鑑連は、三好長慶・小早川隆景との会談を終え、大友館に来ていた。

大友家家臣の入田義実が、小早川隆景の計略にはまり、豊前との堺に作られた毛利の砦を奪い取ったことで大友討伐の大義名分ができてしまいもはや時間が無い。

すでに幕府は動き出しており、徐々に幕府の軍勢が集まり始めている。

もはや一刻の猶予も無いことを伝えようと、戸次鑑連は主君大友義鎮に会うために、ひたすら待ち続けていた。

すでに丸一日待ち続けているが主君大友義鎮は出てこない。

ただ何もせずに待っていた訳では無い。

何度も何度も主君大友義鎮に会うために小姓たちを通じて申し入れていた。

そんな戸次鑑連のところに大友義鎮の小姓がやってきた。

「戸次様」

「殿は如何された」

「会わぬとのお言葉にございます」

「殿は何をしている。大友家が終わるかもしれぬ非常事態だと言うのに、部屋で何をしている」

「そ・それは・・・」

小姓は何か躊躇うかのように言葉を濁す。

「殿は何をしていると言っているのだ。大友家が終わるかもしれんのだぞ。この非常時に何をされていると聞いているのだ。返答しだいでは貴様の首を刎ねるぞ」

戸次鑑連は、戦場にみせる獰猛な殺気を発して怒りを露わにする。

九州の大名たちを震え上がらせる武将であり、雷神をも切り捨てたと噂される男から発せられた殺気。

あまりにも強烈な殺気のため、小姓は恐怖のあまり震え始めた。

その顔からは大量の汗が流れ始める。

「義・・義鎮・・・義鎮様は部屋で・・・」

それでも小姓の口が重い。

「責は全て儂が負う。話せ」

「義鎮様は部屋に次々に女子を呼び寄せておられます」

思わず天を仰ぎ目を閉じる。

「この非常時に・・そうか。分かった。これより行うことは全て儂の責任。お主に咎は無い」

戸次鑑連はそれだけ言うと立ち上がった。

ゆっくりと大友義鎮の部屋に向かう。

進んでいくと部屋の前に控えている他の小姓たちは、進んでくる戸次鑑連を止めようとするが、戸次鑑連が身にまとう強烈な殺気に当てられ恐怖のあまり動くことができなくなる。

そして戸次鑑連が部屋の障子に手を掛ける。

「お待ちください。そこを開けては」

そこ声を無視して障子を力一杯開け放つ。

そこには数人の若い女が裸で眠っており、大友義鎮は褌一枚の姿で座って酒を飲んでいた。

「何だ。戸次鑑連か、どうだお前も一杯やるか」

裸の女は目を覚ます。

「下がっていろ」

大友義鎮の言葉に女たちは部屋を出ていく。

さらに酒を飲もうとしたが酒が切れていた。

「興醒めだな。酒が無い。酒を持って来い」

戸次鑑連はその瞬間、主君である大友義鎮を平手打ちにした。

屋敷に平手打ちにした音が響きわたる。

強烈な平手打ちに倒れる大友義鎮。

小姓たちは恐怖の張り付いた表情のまま動けないでいた。

「何をする」

唇が切れて血を流す大友義鎮の前に座り込む戸次鑑連。

「主君に手をあげる。これは誰がどう見ても謀反にございます。さらに伴天連禁止令、私闘禁止令、南蛮商人の件は全てこの戸次鑑連の起こしたことでございます。戸次鑑連が九州を手に入れんとする自らの野望のために企んだことで、ここまでくると隠しようもございません。どうか義鎮様の手で、この戸次鑑連をご成敗していただき、この首を上様にお出しください」

戸次鑑連は自らの刀を差し出し、首を差し出すように頭を下げる。

突然のことで意味がわからず狼狽える大友義鎮。

「な・なにを・なにを言っている」

「伴天連禁止令、私闘禁止令、南蛮商人の件は全てこの戸次鑑連が自らの野望のため企んだことと申しております。平気で主君を傷つける謀反人ですので、我が首を打ち上様にお出しいただければ、大友家は生き残れましょう」

「鑑連、死ぬ気なのか」

「武将たるものは、ひとたび戦場に出れば命を捨て死人となるもの。死人とならねば戦ではまともな働きもできませぬ。武将たる戸次鑑連はすでに死んでおります。これは鑑連、最後のご奉公にございます。義鎮様の顔にできた傷を見て、我が首を見れば上様も多少は納得されましょう」

「鑑連」

「時は切迫しております。鑑連は謀反人でございます。どうか存分にご成敗ください」

「で・できん・・出来る訳がないだろう」

「鑑連は謀反人でございます。躊躇う必要はありません」

「鑑連を殺せる訳が無いだろう。親父が儂に罠を仕掛け殺されかけた時、鑑連を含む数少ない味方が奮戦してくれたからこそ儂は生きている。その一人である鑑連を犠牲にして生き残るなどできん」

大友義鎮は、父の計略で別府に幽閉され、側近たちを始末された後に殺されるところであった。

しかし、それに気がついた側近や義鎮を支持する数少ない国衆が奮戦することで、圧倒的不利をひっくり返して義鎮が大友家当主となった。

いつの間にか大友義鎮の目に涙が浮かんでいた。

「鑑連の責任では無い。儂の責任だ。上様の前には儂が一人で出向こう。お前の首は不要だ。無実の家臣の首で生き延びては、この大友義鎮は天下の笑い物だ」

「某は謀反人でございます」

「良い、良いのだ。全ては儂の未熟が招いたのだ。少しは武将らしくさせてくれ」

大友義鎮は将軍足利義藤に会うことを決めるのであった。

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