第104話 南蛮船と商人
村上水軍により鹵獲された南蛮船は,多くの船大工たちにより構造が調べ上げられていた。
南蛮船内部にも多くの船大工たちが入り込み,構造を紙に書き込んでいく。
慎重にそれぞれの部品などの長さや太さを調べて,どこにどう接続されているのかを詳細に見て調べ上げ,自ら南蛮船を作るための準備が続けられていた。
そんな姫路の湊に将軍足利義藤の乗る安宅船日本丸が入ってきた。
将軍足利義藤は日本丸からゆっくりと降りてくる。
すると先乗りしていた細川藤孝がやってきた。
「上様。予定よりも早い御到着でございますね」
「せっかく手に入れた南蛮船を早く見てみたいと思ってな」
「調査の途中でございますし,操船にも慣れておりませんから海に出ることはできません。見るだけでございますがよろしいですか」
「それでかまわんよ」
将軍足利義藤の目はすでに南蛮船に向けられていた。
将軍一行が南蛮船に乗り込む。
「思っていたよりもかなり広いな」
「南蛮船の中でもかなり大きな船になる様です」
将軍足利義藤は上を見上げる。
「しかし,随分大きな帆だな。しかも数が多い。後ろの帆は妙な形だな」
「あの三角の帆でございますか。村上水軍の船乗りたちの話では,南蛮船は逆風でも進むことができるらしく,船体の後方にある三角の帆にその秘密があるのではないかと言っております」
「逆風でも帆で進めるのか」
逆風でも進むことができると聞いて驚く将軍足利義藤。
「村上水軍の者達が,何度か瀬戸内の海で逆風の中で進む南蛮船を見たそうです。その時は三角の帆だけを張り,進んでいたとのことです」
安宅船の帆は基本的に1本であり,南蛮船は3本マストに大きな帆を張ることができる様になっている。
さらに船の後ろの帆は三角形の形をしていた。
船体はやや丸みを帯びていて,安宅船のような天守を乗せてはいない。
「ますますその技術が欲しいな」
「そこは船乗りたちに任せるしかないかと」
「他に特徴は」
「遠方からの航海をするためでしょうか,かなりの量の荷を積み込める様です」
「遠方との交易に適しているというわけだな」
「船大工たちに構造を調べさせております」
「まずは1隻同じものを作り,順次改良していくことにする」
「承知いたしました」
将軍足利義藤は,船を降りると上機嫌で姫路城に入って行った。
ーーーーー
博多にある南蛮人たちの館には,南蛮の商人や商人に扮した宣教師がいた。
南蛮との交易に伴い,博多の地に留まる南蛮人も出て来ていた。
彼らは,日本の屋敷に自分たちにの生活様式を取り入れ改築していて,テーブルや椅子が置かれている。
穏やかな日差しの下,皆が庭で椅子に座りテーブルを囲んでいた。
テーブルの上にはカップに入った紅茶が置かれている。
「このままでは,九州の地で大規模な戦が起こりそうだ」
「将軍が軍勢を送り込んでくるのか」
「大友が将軍の指示を無視して伴天連に寛容な態度でいることに怒ったようだ」
「その将軍とやらは,悪魔の手先に違いない。正しい神の教えを阻む悪魔の手先だ」
商人に扮している宣教師の言葉に,南蛮商人たちは少し困ったような顔をする。
「宣教師様たちは焦りすぎだ。熱心にやり過ぎれば目立つ。目立てば反動が必ずくる。そうなればこの先厳しい状況になる。しばらくは大人しくしておくべきだ」
「だが,許せない」
「焦ったらせっかく蒔いた種も全部枯れてしまう。今は大人しくするべきだ」
「どうしろというのだ」
「一度国外に出たほうがいい。宣教師に対して厳しい態度に出てくる可能性がある。我らは引き続き交易を通じて,この国に深く食い込む様にしていく。今静かにしておけば,数年先になってから再びチャンスが回ってくるはずだ。そのための交易だろう」
「仕方ないのか・・・」
宣教師は大きくため息をつく。
「我ら商人は,堺の商人たちとうまく手を結ぶようにしなくてはいけない」
「堺の商人たちか」
「堺の湊では,かなりの規模の商人たちが軒を並べている。彼らは強い。並の大名では戦うこともできないほどの財力と武力を持っている」
「交易都市の様なものだな」
「大名に頼らずに堺の商人たちで手を組んで自治をしているそうだ」
「なるほど,大名だけではなく,将軍の力も及ばないということか」
「堺なら,その強大な財力を我らの後押しで,ますます強くしてやれば,将軍も簡単には動けないはずだ」
「ならば,この国を堺の商人と組んで金の力で裏から支配していくか」
「それこそが我ら商人の戦い。火縄銃を使い,槍や刀を振り回すだけが戦いでは無い」
「何を売りつける」
「明国や朝鮮の茶碗が高く売れるらしいぞ。向こうで捨て値同然の格安の茶碗が,この国に持ち込めば破格の値段で売れ始めている。さらにこれから硝煙がかなり売れるはずだ」
「火縄銃か」
「この国では硝煙の鉱山は無いと聞く」
「なるほど,硝煙をこの国に高く売りつけ,この国の硫黄を明国に高く売りつけると言うわけか」
「さらに金銀の交換レートを我らの有利になるようにすればいい」
「大友はどうする」
「欲しいものがあれば,売ればいい。それだけだ。必要以上に首を突っ込めば我らの非を攻められるぞ。あくまでも物の売り買いに止める」
南蛮商人たちは遅くまで商売の計画を練るのであった。
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