第103話 策士

豊前国にいる小早川隆景のところに三好長慶が訪れた。

瀬戸内の海を実弟の指揮する淡路水軍の船で移動して,豊前国に到着したばかりであった。

「三好殿。豊前にまで来ていただき助かります」

「上様の命だ。どこにでも赴くさ。それで大友の動きは」

「我らがわざわざ壊れるように作り上げた砦を,ようやく奪ってくれたので大義名分が立ったところ」

「壊れるように作った砦か,普通は壊れないように作るものだが」

「我らが大義名分を得るために,奴らにわざとくれてやる砦。頑丈に作る必要はないでしょう。大友が手に入れた後,我らが攻める時に簡単に壊れる方が何かと便利」

「普通は脆く作らんだろうから,脆く作る方が難しいだろう」

「なかなか苦労しました。見かけは立派に見せながら,実際は脆く作る必要がありますからね」

大義名分を得るため,わざわざ立派そうに見える砦を築き,それをさらに敵にわざと奪わせる。

どうすればそんなことを考えられるのか,小早川隆景の策に三好長慶はやや呆れていた。

「どうすれば,そんな策を思いつくのか。驚くばかりだ」

「書状で上様にもこの策を伝えましたら,上様からも呆れらました。ですが,上様からは面白い策であるから,銭は持つからやれとの命を受けましたので,即実行ですよ」

「お主も大概だが,それを簡単に許可する上様にも驚くばかりだ」

「ですが大義名分は手に入れました」

「確かに,この後の手筈は」

「先日,大友義鎮に弾劾状を送ってやりました」

「弾劾状だと」

「伴天連禁止令・私闘禁止令などの上様の命を無視する不忠の輩。朝敵・幕府御敵。女の尻を追いかける事しかできぬ女々しい奴と書いてやりましたから,今頃は怒り心頭でしょうな」

「やれやれ,そこまで書かなくともよかろう」

「いえいえ,事実を書いてやっただけ。大友義鎮も身に覚えのあることばかり書いてありますから怒ることは筋違いというもの。逆上してかかってくるなら,なお結構なこと。我らの前面には将軍家の旗印を掲げてございます」

将軍家の旗印と聞いて険しい表情に変わる。

「将軍家の旗印だと,勝手に掲げて良いものではないぞ」

「上様より許可を得ております。攻め寄せてきたら幕府御敵は確定。言い逃れはできませんな」

「だが,家臣の戸次鑑連べっきあつらは手強いぞ」

「相手にしなければ良いのですよ。戸次鑑連が出てきたら引き守りを固め,別の場所を攻めることを繰り返す。それに戸次鑑連はかなりの忠義者と聞いております。大友家で義鎮と家老達の会議でも,義鎮の行いをかなり叱責していたと掴んでいます。そんな武将が上様や朝廷に刃を向けることはできないでしょう」

「それでどう動くつもりだ」

「筑前の秋月への援軍として,毛利から我兄である吉川元春が1万の軍勢を率いて入っております。筑後の国衆の八割は我らの協力。大友が我らの砦を奪うように仕向けてもらいました。後は,肥後隈本城の菊池義武殿も上様の意向に従うとの返事を得ております」

「根回しは十分というわけだな」

「それに,そろそろ客人が来る頃かと」

「客人だと」

そこに小早川の家臣が慌ただしくやってきた。

「隆景様」

「どうした」

「大友家家老・戸次鑑連殿がお見えです」

「ここへ通せ」

「次から次へと驚かせてくれる」

「三好殿。一緒に戸次鑑連殿に会ってみましょう」

三好長慶は,小早川隆景と共に戸次鑑連に会うことにして待つことにした。


しばらくして一人の男が入ってきた。

歳の頃は三十半ば過ぎぐらい。

堂々としており,厳しい目つきのとこであった。

その男はゆっくりと頭を下げる。

「大友家家老・戸次鑑連と申します」

「毛利家小早川隆景と申す。戸次鑑連殿から会って話がしたいとの申し出あったが,どのようなことでござろう」

「将軍家の旗印が掲げられている。上様がいらっしゃるのか」

「上様はまだ九州には到着されていません。ですが,我らは将軍家の先兵のようなもの,そのため特別に許されております。攻め寄せてくれば自動的に幕府に逆らう謀反人となりますな」

「大友家は幕府と戦う意思は無い」

「それは大友義鎮殿の意思ですかな」

「・・大友家の総意」

「大友家の総意ですか・・大友義鎮殿の意思では無いと」

「説得しているところだ」

「時間が経つほど大友家にとっては不利になるかと思いますよ。すでに上様の手は九州南部にまで回っています。このまま行けば南北から挟み撃ち。本来なら大友家の身内のはずの肥後の菊池義武殿も長年の大友家内部の確執により反大友となり,すでに上様に忠節を尽くすとの申し出をされ,上様に許されております」

「何だと,菊池義武殿が」

「利用価値がなけなれば殺そうとする。それは怒りますよ。すでに上様から隈本城主として安堵されることが決まっております。手出しすれば,なお一層上様の怒りをかいますぞ」

「上様と朝廷に反意は無い。そもそも砦は毛利殿が誘い込んだものだろう」

「経緯はどうでも,結果が全て。大友家が強襲して毛利の砦を奪った。この事実は変わりません」

「砦からは手を引く。それで手を打たんか」

「もはや手遅れでしょう。私闘禁止令を犯したことは知られています。さらに伴天連禁止令にも従っていないことは上様はご存知です。ならば,最初から上様のご指示には従うべき。伴天連禁止令・私闘禁止令,どちらも従わない大友を放置すれば上様の沽券に関わります。上様が九州に到着されれば,大友家を確実に取り潰すことになります。それまでに上様が納得される解決策を示されれば,多少領地が減る程度で許されるかもしれませんけど」

「そ・それは」

「我らにかまけている時間は無いかと思いますよ」

小早川隆景の言葉に戸次鑑連は厳しい表情を浮かべ豊後へと戻って行った。

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