第102話 激論
豊後国大友館では,朝から大友義鎮が側近たちと激論を戦わせていた。
大友義鎮は,暫くはこちらから毛利や秋月に仕掛けることをするなと命じていた。
「いいな。こちらから決して手を出すな。越境しての戦いは当面の間禁止だ」
「いつまででございますか」
「儂がいいと言うまでは厳禁だ」
大友義鎮の命令に不満げな表情をする側近たち。
側近たちの中から
大友家三宿老に数えられ,その勇猛さにより諸国中の武将たちに恐れられる男である。
その勇猛さと困難な状況下でも冷静に判断を下すその姿勢を,敵である相手からも褒め称えられるほどの名将であった。
「伴天連や南蛮人とは,深く付き合わぬほうがよろしいのではありませぬか」
「伴天連や南蛮人との関係を深めることは,大友家をより強く,より大きくするためには必要なことだ」
「ですが,そのことが上様に目をつけられる原因ともなっております。上様より,伴天連禁止令が出されております。お止めるなるべきかと存じます。このままでは幕府御敵となり確実に討伐の対象となりますぞ」
「問題無い。いらぬ心配をするな」
「ならば,交易船が襲われている件はどうするのです。毛利配下の村上水軍に決まっています」
「豊後の水軍衆を強化する」
「何を悠長なことを言っているのですか。すでに莫大な損害が出ております。水軍衆を強化するなど,一体いつできるのですか。このままでは,交易路が立ち枯れしてしまいますぞ」
「そんなことは分かっている」
「殿は分かっておりません。商人たちや領民の不満が高まっております」
「黙れ」
「黙りません。豊前や筑前との国境付近では,盗賊に扮した毛利や秋月の手勢が村々を荒らしております。直ちに軍勢を起こして毛利と秋月を討伐すべきです。豊前国と筑前国を大友領にすべきです」
「出来るくらいならやっている」
「ならば,すぐに軍勢を動かすべきです」
「今は出来ぬ」
「そもそも,上様の顔色を伺うのなら,初めから九州の制圧など無理でございます。今軍勢を動かさぬなら九州制圧など諦めて,上様に頭を下げて伴天連禁止令には従うべきかと思います」
「上様に頭を下げろと言うのか」
「先ほどからそう申しております。戦えないのなら結果は見えております」
「九州を手に入れることはできぬと言うのか」
「毛利・秋月の後ろには間違いなく上様がおられます。殿も分かっておられるはず。上様に大義名分を与えることを恐れている時点で,すでに勝敗は決しております」
「まだ,負けたわけではない」
「上様の麾下には,毛利元就,三好長慶,六角定頼など謀略に長けた名将が多数おられます」
「だからどうだと言うのだ」
「上様は西は周防の毛利家。東は信濃国の小笠原,越後国長尾家まで従えております。この間にいた敵対的な大名の多くが討たれ,または忠節を誓い京に人質を送りました」
「それがどうした」
「大友家の10倍以上もの石高と兵力を持つ相手と戦うことになると言っているのです。勝てるのですか」
そこに慌ただしい足音が聞こえてきた。
「殿。一大事にございます。入田義実殿が毛利の砦を強襲。毛利の砦を占拠したとのことでございます。なお,御味方の損害は無いとのこと」
その報告を聞いた者たちは皆言葉を失い茫然としていた。
やがて
「味方の損害が無いと聞いたがなぜだ」
「入田殿が毛利の砦に物見を出して探らせたところ,守りが非常に手薄との情報を得たため直ちに手勢と筑後国衆を率いて攻め込むと,毛利の兵は戦わずにすぐに逃げ出したとのことです」
「そうか。ご苦労であった」
報告に来た家臣が下がっていくと戸次鑑連が呟いた。
「毛利の兵が戦わずにすぐ逃げたか。どうやら誘い込まれたようですな」
「誘い込まれただと」
「毛利とは国境で何かと揉めているにも関わらず,守りが僅かしかおらず,しかも砦にいた全ての毛利の兵が戦わずにすぐに逃げ出した。毛利に誘い込まれた以外に何があると言われるのですかな」
「まだ負けた訳では」
「間も無く10万をこえる軍勢が京の都からやってきますぞ」
ーーーーー
大友家が毛利の砦を占拠したとの報告が安芸国にいる毛利元就,姫路で待機していた三好勢2万,大阪城にいた将軍足利義藤,それぞれの下に小早船で迅速に知らされた。
姫路で待機していた三好勢2万は,大友家による毛利の砦占拠の知らせを受けると,姫路水軍の船と村上水軍の船ですぐに豊前に向けて出発した。
三好勢は三好長慶自らが軍勢を率いていた。
淡路水軍の長は
「兄上。いよいよ九州ですか」
「いよいよ,上様の西国平定の仕上げが始まる」
「西国が終われば,東国平定ですな」
「まだ気が早い。まずは九州を平定してからだ。油断は禁物だ」
「承知しております」
「上様も準備ができしだい豊前入りされる。最終的には15万ほどの軍勢になるだろう」
「想像もできませんな」
「我らは豊前で上様の露払いをしておかねばならん。忙しくなるぞ」
三好長慶は瀬戸内の風を受けながら次の戦いに思いを馳せるのであった。
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