第101話 ほくそ笑む者

豊後国北部では,盗賊による村々の襲撃が頻発していた。

大友義鎮の傅役であり,義鎮の大友家家督奪取の首謀者とも言われる入田親誠いりたちかざねの嫡男の義実は,盗賊討伐を命じられていたが捕えることができないままであった。

大友家側も必死に盗賊を捕らえようと動くが一人として捕まえることができずにいた。

そのため,今回は筑後の国衆も動員して,入田義実に筑後国衆の指揮をさせ,盗賊捕獲に乗り出していた。

「走れ,奴らを捕まえろ。急げ」

盗賊を捕えるために入田義実が必死に命令を下すが,すでに盗賊は遥か彼方であり,遠くに走り去っていく後ろ姿がかろうじて見えていた。

盗賊達は悠々と豊前国へと逃げていく。

「これより先は豊前国。毛利の支配地。立ち入ることはできませんぞ」

国衆達を率いる若い入田義実は,国衆たちに止められ苛立ちを見せていた。

「盗賊が見えているのだ。このまま進み奴らを捕まえ,化けの皮を剥いで毛利の策謀を白日に晒してやるぞ」

「義鎮様から絶対に立ち入るなとの厳命にございます」

「そんな事は儂も分かっている。このままやられたままでいるのか」

「口惜しいですが,義鎮様のご指示は絶対でございます。それにこの先には,毛利が新たに築いた砦がございます」

「毛利の砦。国境の守りを固めるとの名目で毛利が作ったやつか。砦などとた名ばかり,砦と呼んでいるが,以前の報告通りであればあれは城に近いぞ」

「奴らは砦を‘’下鎮砦‘’などとふざけた名をつけ,大友家を見下しておりますぞ」

「義鎮様は毛利の川下に立つ程度で,毛利が格上だと言いたいのだろう。いちいち腹の立つ奴らだ。今日こそは捕まえ,奴らの化けの皮を剥いでやれたものを」

悔しそうに豊前国の方を睨みながら,入田義実は動こうとしない。

「このままいても何もできません。それとも物見を出してみますか」

「物見だと」

「戦う訳では無く。その砦の様子を探るだけです」

「なるほど,確かにこのままでは埒があかん。物見を出してみるか」

その言葉に入田義実が連れてきた家臣達は慌てる。

「殿。お待ちください。義鎮様から毛利の支配地には入るなと言われております」

「物見を出すだけだ。そのふざけた名前の砦を調べるべきだ。もしかすれば,そこに盗賊どもがいるかもしれんぞ」

「ですが」

「物見を出して調べるだけだ」

強い口調で言われ,仕方なく数名の物見を毛利側へ送り出すことに同意する。

筑後国衆達が物見を放った。


暫くすると物見たちが戻ってきた。

「砦の様子を調べてまいりました」

「それで様子はどうであった」

「非常に手薄でございます」

「手薄だと」

「毛利がわずかな手勢のみで砦を守っております。我らでも攻め落とせそうです」

「なんだと,それほどまでに守りが手薄なのか」

「はい」

「なぜだ。できたばかりの砦であろう」

「上様の私闘禁止令の所為かと。私闘禁止令で大友家が攻め込んでこないと思っているのでしょう」

「なるほど,私闘禁止令で我らが攻め込まぬと高を括っているのか」

「ここは攻め時かと。手薄の砦を手に入れることができますぞ」

「・・手に入る・・」

「迷って時間をかけていれば,毛利が戻ってくるかもしれません。そうなれば砦を手に入れることは不可能となりましょう。今しかありませんぞ」

迷いを見せているところにさらに筑後の国衆が声を上げる。

「今しかございませんぞ」

「豊前を切り取るきっかけとなれば,義鎮様も喜ばれましょう」

「ご決断を」

「急がねば毛利が戻ってきますぞ」

「新たな領地が手に入りますぞ」

大友の家来は筑後国衆の声に押され決断を下す。

「これより毛利の砦を手に入れる。すぐに取り掛かれ」

「「「「「承知いたしました」」」」」

筑後国衆は頭を下げながらもほくそ笑んでいた。


ーーーーー


将軍足利義藤の命を受けた毛利元就は,小早川隆景を豊前国に送り込む。

小早川隆景は,豊前国に入ると父元就とともに練った策を実行に移していた。

豊後国に向かう交易船を村上水軍を使い襲撃。

交易路を荒らして,さらに南蛮船を拿捕して姫路へと持ち込んでいた。

姫路に持ち込まれた南蛮船は,将軍足利義藤の命で構造を調べるように指示が出て,腕利きの船大工を集め調査が始まっていた。

さらに村上水軍を動かし毛利の援軍1万を受け入れ,将軍家先遣隊となる5千の軍勢を密かに受けれ体制を整えつつあった。

陸の上では,毛利の忍びである世鬼衆と毛利の調略に応じた筑後国衆を動かしている。

世鬼衆の世鬼政定を使い筑後国衆を調略し,盗賊に扮した世鬼衆が大友領を荒らしていた。

「隆景様」

「政定か,どうした」

「大友家の者が下鎮砦を奪い取りました」

「そうか,ようやく奪ってくれたか。いっこうに動かぬからどうしたものかと思っていたところだ」

小早川隆景は,毛利が作った下鎮砦を大友に奪われたと聞き嬉しそうな表情をする。

「筑後国衆がうまく動いてくれたようです」

「急拵えで作った砦。見た目は立派だが,簡単に壊れるように作っている。戦になったらあまりの脆さに驚くだろうな」

「あんな脆い砦で籠城する奴の気が知れませんな。何も知らんと言うものは恐ろしいものです」

「まあいい。毛利家の砦を攻め取ったのだ。これで大義名分はできた。小早船を使い大至急父と上様に知らせよ」

「承知しました」

「儂は,大友に弾劾状を送りつけてやろう。クククク・・・大友義鎮は今頃家臣の報告を聞いて慌てている頃であろう」

小早川隆景は,大友の行動を将軍家の命を無視する行動であると非難する,弾劾状の作成を始めるのであった。

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