第99話 強奪

新月の夜、灯りもない海に停泊している一隻の南蛮船。

ここは豊後国に入る手前であり、ここから船であと1〜2日ほどで豊後府中の沖合に到着する。

その南蛮船に近づく多数の小船。

帆にはどこの海賊衆か表す印は一切無い。

小船が南蛮船に近づくと、小船に乗っている男たちは、かぎ爪のついた綱を南蛮船に投げる。

やがて何本もの綱が南蛮船に掛けられると、小船の男たちは音もなく次々に綱を使って南蛮船に登っていく。

南蛮船の甲板に男たちが立つと、すぐさま起きている見張りを音を立てずに制圧して縛り上げる。

男たちは一言も話すことも無く、手の動きだけで意思疎通を図り、船内の制圧に取り掛かる。

船内への入り口から慎重に船内に侵入していく。

男たちは手分けして船内の制圧を始めた。

「喋るな静かにしろ」

寝ていた南蛮人のうち数人が気が付き起きた瞬間、首にいくつもの刃が突きつけられる。

「大人しくすれば命は取らない」

南蛮人は男たちの言葉は分からないが、意味することは何となく分かる為、大人しくしている。

南蛮人を素早く縛り上げていく。

他の南蛮人が物音に気がついて起きた時には、すでに船内に多数侵入しており、抵抗することもできずあっという間に制圧された。

男たちは南蛮人や船の漕ぎ手である奴隷たちも含め、小船に乗せると豊後沖合で開放した。

乗っ取られた南蛮船は、瀬戸内の海へと姿を消した。


ーーーーー


豊後国大友館では、船を奪われた南蛮人が通訳を通して大友義鎮に苦情を言っている。

「この沖合は、大友家の領内であろう。船を取り返してくれ」

大友義鎮は通訳の言葉を聞きながら憮然とした表情をしている。

「取り返してやりたいが相手がどこの誰か分からん。船もどこに向かったのかも分からん以上、手の打ちようが無い」

「放っておくと言われるのですか、我らの船だぞ」

「助けてやりたいが、手立てが無いと言っているのだ」

「ですが」

「他の南蛮船が来たら乗せてもらえるように手配する。それで我慢してくれ」

なおも文句を言い続ける南蛮人にうんざりしながらも、我慢強く説得をして城下の宿へと帰ってもらった。


大友義鎮は、かなり疲れた表情をしていた。

「殿。最近我ら大友家に関わる交易船が狙われております」

大友義鎮に家臣たちが現在までの交易船の被害を報告する。

「それは分かっている」

「ここ2ヶ月の間にすでに5件に上ります。しかも、今回は船を丸ごと奪われております。あの南蛮船には、火縄銃を使用するための硝煙(硝石)を大量に積んでおります。損失は莫大でございます」

「現状、打つ手が無い。儂の力が及ぶ範囲を超えた場所で起きている」

「交易船が狙われるのは豊前国の中でも毛利の支配する地域でございます。毛利が動いているのは確実。さらに、中には筑前訛り思われる言葉を話すものもいたと聞いております」

「毛利元就とその後ろ盾を得ている秋月文種だと言いたのか」

「他にあり得ません」

「だが、毛利がやったという証拠が無い。筑前訛りにしても筑前の生まれの者がいただけ、秋月文種の指示であるという証拠にはならん。そもそも、船を襲った連中がほとんど無言で奪い取っていくのに一人だけ筑前訛りで話すなどおかしいだろう」

「奪われた南蛮船は瀬戸内に向かったと聞いております」

「あくまでも瀬戸内の方面に向かっただけだ。毛利の支配地の湊や島に泊まったという証拠はどこにも無い」

「ですが何らかの手立てを打たねば、商人たちの不満と不安を払拭できません。このままでは交易船が豊後の湊を避けるようになり、せっかく伸びてきた交易が廃れてしまいます」

「分かっている」

「毛利が村上水軍を動かしているはず。これほどのことをやれるのは奴らしかありません」

「そんなことは分かっている。分かっているがそれを糾弾する証拠が無いと言っているのだ」

大友義鎮は思わず声を荒げる。

「ならば、上様におすがりしてみては」

「尚更難しいだろう」

「なぜでございます」

「上様はどうやら儂が伴天連に深く関与していることに気がついているようだ」

「えっ」

「伴天連禁止令もあり、今まで表向きは仏門を庇護している姿をとってきた。それにもかかわらず、九州探題への任官の要望や官位の要望が悉く断られている。かなりの銭を幕府に寄贈することを申し出ても断られる始末だ」

「まさか、ここは京の都から遠く離れた九州の地でございますぞ。ここでの出来事を正確に把握することは不可能ではありませぬか」

「だが、上様や幕府の反応を見るとそうとしか考えられん。もし儂の考えた通りなら、今回の南蛮船の襲撃の後ろに毛利元就と秋月文種。さらにその背後に上様がいることになる。上様が毛利元就と秋月文種を動かしている可能性が高い」

「そ・それは」

「打つ手を間違えれば我らが終わることになるぞ」

「我らが終わるとは」

「大義名分を得れば、上様が軍勢を動かすということだ」

「上様が軍勢をですか」

「今回はそのための下準備の可能性がある。これで儂が怒りのあまり毛利か秋月を攻めれば、私闘禁止令に抵触して上様に大義名分を与えることになり、上様が動くことになる」

「ですが兵糧の問題もございますぞ」

「いや、大義名分を作りに動き始めているということは、十分な兵糧の目処が立っているということだ。上様直属の旗本と畿内の国衆だけで10万以上の軍勢を動員できると言われている。他の大名を加えればそれ以上になる。それだけの軍勢を動かすだけの兵糧と銭の目処があるから、露骨に大義名分を作りにきているとも言える」

「ならばどうするのです」

「とりあえず、毛利と村上に書状を送りつけるが知らぬととぼけるだろう。我らは警戒を厳重にして我慢するしかない。家中の者には勝手な行動をするなと申し付けておけ、勝手行動は我らの首を絞めることになるぞ。それと交易船は博多方面では無く、薩摩方面から来るように手配する必要があるな」

「承知いたしました」

大友義鎮は眉間に皺を寄せながら考え込むのであった。

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