第98話 将軍の策
将軍足利義藤が政務を終えてひと休みしているところに、服部保長が一通の書状を持ってきた。
「上様。豊後国に送り込んだ者達から報告が届きました。ご覧ください」
豊後国に送り込まれた伊賀崎道順たち伊賀の忍びたちからの報告書である。
将軍足利義藤は、届いた報告書を受け取りゆっくりと読んでいく。
読み進めていくにつれ、徐々に険しい表情へと変わっていった。
その厳しい表情を見ていた側近である細川藤孝が驚きの声をあげる。
「上様。いかがされましたか、豊後国はそれほどまでに厳しい状況なのですか」
「由々しき事態だ。大友義鎮が南蛮人の商人や伴天連達の支援を受け、火縄銃や火薬を手に入れ始めている」
「なんですと!」
「さらに日本人で伴天連に入信した者達が伴天連の教えを密かに広め、それを大友義鎮が後押ししている」
「上様より西国の諸大名に南蛮人の宣教師入国禁止、伴天連の教えを広めることを禁止するとの通達を無視でございますか」
将軍足利義藤は、南蛮人宣教師との謁見の後、西国諸大名に南蛮人宣教師の入国禁止、伴天連信者による布教を禁止する通達を送っていた。
「南蛮人の宣教師は既に国内から退去している。動いてるのは日本人の伴天連達だ。表向きは処罰する形をとっているが、表向きだけで実際は処罰無しと同じだ。ほぼ野放しだな。もめごとを起こした伴天連達を数日牢屋に入れるだけで、事実上何も罰せずに放免している」
「許し難い行動。大友義鎮はなぜ、そのような真似を」
「大友義鎮は力を蓄えるまでは、儂に豊後を攻める大義名分をできるだけ与えぬためだ。要は時間稼ぎだな」
「力を蓄えるまでの時間稼ぎでございますか」
「大友義鎮は表向きは仏門に帰依しているように見せ、伴天連の教えには関わっていないように装っている。しかし、実際は深く関わり、自らの野望のためにそれを利用しようとしている」
「野望とは」
「大友家による九州制圧。そして西国の制圧だ」
「まさか、いくらなんでも無理ではありませぬか。そもそもそのような行為は上様を愚弄する行為と同じでございますぞ」
「何も不思議では無いだろう。守護大名であり、自らの力に自信があればそのくらいの野望を持つだろう。さらに伴天連や南蛮人の支援が期待でき、そして名門大友家であることも加わる。野心家であれば、少なくとも九州を手に入れるくらいは夢見るだろう」
「ならば、火種が小さいうちに討伐軍を出して、大友家が力をつけることを防ぐべきです」
「それは難しいだろう。今のままでは大義名分が無い。表向きは南蛮人宣教師はいない。問題を起こした日本人の伴天連は表向き処罰している。処罰した日本人の伴天連が勝手にやっていることで、取り締まりをさらに強化すると言われてしまうのがオチだ。大友義鎮も儂に大義名分を与えぬように動くであろう。今のままでは、将軍として討伐軍を出すのは難しいだろうな」
「どうなさるおつもりですか。放置はさらに危険を招き寄せますぞ」
「大友家はまだ一枚岩では無い。時間が経てば反対派を粛清して内部を固めることになる。周辺にも敵対している大名は多い。そこを突いていくことで、幕府として軍勢を動かす大義名分を作るしかあるまい」
将軍足利義藤は、前世では確か大友義鎮の謀反の後、数年間は家臣達の反発で謀反が頻発していたと記憶していた。
大友義鎮が九州探題になるために莫大な献金を幕府にしたとき、名代でやって来た大友家の家臣がその頃の苦労話をしていたことを思い返していた。
多く有力家臣が反旗を翻して薄氷を踏むような数年であったと、酒の席で話していたことを覚えている。
その通りであれば、まだ数年は付け入る隙があることになる。
「大義名分を作るのですか」
「まず、幕府から認められた領地以外の他国や他の大名を、幕府の許可なく攻めることを禁止する私闘禁止令を西国諸大名に通知する」
「従うとは思えませんが」
「従わなければそこで大義名分が立つ。儂の大義名分のために、ぜひ、従わないでもらいたいものだ」
「なるほど、ですが上様に大義名分を与えぬように動く大友義鎮であれば、こちらの狙いに気がつくではありませぬか」
「儂の狙いに気がついていても、攻めるしかないように持っていく。もしくは、家臣の誰かが他国の城を勝手に攻めればいいのだ。それで大義名分は立つ。大友家は、内紛が一応片付いたように見えているだけで、大友義鎮の行いに対して反発しているものが多い。筑前国には幕臣に名を連ね、毛利とも関係が深い秋月文種がいる。毛利と秋月を動かし大義名分を作らせるとするか」
「承知しました。私闘禁止令をさっそく西国諸大名に通知いたします」
「分かった。それで良い。兵糧の蓄えはどうなっている」
「10万の軍勢が二年が動けるだけの蓄えと十分な銭の蓄えはございます」
「兵糧と銭は問題無いな。ならば仕掛けるとするか。毛利と秋月に書状を出す。用意いたせ」
将軍の近習達が慌てて書状の用意を始め、将軍足利義藤は墨をすりながら書状の文章を考えるのであった。
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