第97話 潜入
堺商人納屋と付き合いの深い商人である男が豊後府内の湊に降り立った。
商人に扮した伊賀の忍び伊賀崎道順である。
伊賀の忍びの中でも忍びの技、キレともに最高峰の一人と言われる忍び。
配下の下忍達とともに豊後国の内情を探るために、堺の商人納屋と付き合いのある商人との触れ込みで豊後府内にやってきた。
その姿はどこからみても旅の商人。
背中に荷物を背負う者。
荷車に荷物を乗せ弾く者。
それぞれが周囲をさりげなく警戒しながら納屋が借り上げた建物に向かう。
「旦那様。なかなかの賑わいでございますな」
下忍の1人が呟く。
「さすがは大友様の治める街だ。なかなかの賑わい。これは商い(情報収集)が捗りそうだ」
誰に訊かれるか分からないため、皆が商人のような会話を心がけている。
「首から何やら十字の飾りを下げた者達がおりますな」
通りの隅で十字架を首から下げた者達が通りがかった者達に、何やら熱心に話しかけている。
「南蛮人の宗教らしいぞ。儂らは関わらずに商売(情報収集)に精を出すとしょう。近寄らずに先を急ごう(後で背後関係を調べろ)」
「承知いたしました」
下忍たちは十字架を首から下げている者たちの顔を素早く確認。
周囲には忍びの気配は無い。
正面からは街中を巡回している大友の武士達がやってくるが、十字架を下げた者たちを咎めることをせずに通り過ぎていく。
「皆、ずいぶんのんびりとしたものだ(緊張感のかけらもないな)」
「旦那様。良いではありませぬか(情報を集めやすいですから)」
「それもそうだな」
一行が進む先に南蛮船が見えている。
その南蛮船から何やら荷物が次々に下ろされていく。
長方形の木箱がかなりの数下ろされていた。
「ほぉ〜、南蛮船から何やらお宝が下ろされているようだな(中身を調べる必要があるな)」
「商いの取引に使える物であれば取引を持ちかけてみますか(後ほど中身を全て調べます)」
「そうしてくれ」
「承知いたしました」
突如、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。
振り返ると先ほどの十字架を下げた者たちと、通りがかった土豪らしき年老いた男が揉めていた。
十字架を首から下げた者達を激しく罵倒しているようで、大きな声が聞こえてくる。
周囲の者たちは遠巻きにして様子を伺っていた。
「貴様ら、先祖代々神を祀り御仏の教えを守ってきたにも関わらず、南蛮の教えに宗旨替えとは呆れた奴らだ」
「何を怒っているのか理解できません。我らは正しき神の教えを話しているだけ、誰にも迷惑をかけておりません」
「その行為自体が迷惑だ」
「何を指して迷惑と言われるのか」
「貴様らの存在自体が迷惑なのだ」
「やれやれ、正しき神の教えを解いているだけ。それを理解できないとは・・そんなあなたが1日も早く目覚めることができるように祈りましょう」
十字架を下げた者たちは右手を使い体の前で十字に切る仕草をして両手を合わせた。
その仕草を見た年老いた男はさらに激怒して手を刀にかける。
その瞬間、走り寄ってきた大友家の武士たちに両腕を押さえ込まれた。
「離せ、守護殿は・・大友家はこれを認めるのか。義鎮殿はこれを認めるのか、離せ!」
大友家の武士たちは無言のまま、年老いた男を引きずるように去っていった。
商人姿の伊賀崎道順たちは、冷めた目で一連の出来事を見つめていた。
「ここの国もなかなか大変そうだな(内部対立が激しいようだな)」
「そのようですな。なるべく関わらないようにいたしましょう(大友家の内情も調べます)」
「そうしてくれ」
一行は再び動き出し借りてある建物へと向かった。
深夜、南蛮船からの荷物が運び込まれた倉庫。
伊賀崎道順配下の下忍たちが倉庫に忍び込み荷物の中身を調べていた。
大量にある細長い木箱の一つを開ける。
「火縄銃か」
そこには火縄銃が収められていた。
他の忍びが正方形の木箱を開ける。
「こっちは硝煙だな」
箱の中には白色の小さな結晶が大量に入っていた。
黒色火薬を作るために必須に物質。
日本では鉱脈が存在しないため、糞尿などを使い生成する方法が広まるまで、輸入に頼ることになる物資である。
ちなみに明国では火薬の材料の硫黄が産出されないため、琉球や日本からの輸入に頼ることになり、琉球や日本の重要な輸出品でもあった。
ーーーーー
「殿。このまま伴天連を放置するのは問題でございます」
豊後府中大友館では、大友家家臣たちから大友家当主である大友義鎮に対して、厳しい苦言が噴出していた。
「何が問題なのだ。問題は何も無い」
「領内の寺社から苦情が噴出しております」
「気にするな。些細なことだ」
「それだけではございません。多くの国衆・土豪から怒りの声が上がっております。すでに一部では信徒同士の諍いに発展しております。このまま放置は騒動が大きくなりますぞ」
「騒動を起こしたものは罰すると申したはず」
「罰するにしても、誰が見ても伴天連にだけ甘い処分。これではますます皆の怒りが大きくなります」
「儂がこの九州を制するために伴天連との関係は重要だと申したはずだ」
「ですがこれでは片手落ち。大友家が割れてしまいますぞ」
「儂に敵対するものは残らず処罰する。それだけである」
「殿お待ちください」
大友義鎮は家臣の声を無視して部屋を後にした。
そして、この話を天井裏に潜んで聞いていた伊賀の忍びたちも、静かに去るのであった。
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