第95話 陰に潜む者達

豊後国の湊では、明国・琉球・呂宋などとの交易が徐々に始まり賑わいが増し始めていた。

守護大名である大友義鑑おおともよしあきは、自らの力に自信を深め更なる勢力拡大を考えているところに、南蛮人達との出会いがあった。

「殿。本気で南蛮人たちの教えに傾倒されるのですか、危険でございます。何よりも我ら先祖代々受け継がれてきた仏の教えを蔑ろにされるのですか」

大友家庶家の一人であり小牟礼城主でもある一萬田親実いちまんたちかざねは、厳しい表情をしていた。

「親実。何を怒っている」

「先ほどの南蛮人たちに対する態度でございます。上様からも南蛮人の教えに対して国内での布教は禁止であるとの通達が来ておりますぞ」

「そうカリカリするな」

「殿!」

厳しい表情の一萬田親実の態度に少しうんざりしたような表情を浮かべる大友義鑑。

「本気の訳が無いだろう。利用できるものは何でも利用する。ただそれだけだ」

「ですが、危険でございます。上様の意向を無視すれば、討伐される恐れがございますぞ」

「ここ豊後国は、京からは遠い。我らを討ち倒すほどの大量の兵を送り込むことはできん。なぜなら、それに伴う膨大な兵糧を賄うことはできないからだ。やれるとしたら、せいぜい周辺の大名を動かすことか、書状で文句を言ってくる程度だ。それに本気で南蛮人の教えに帰依するわけではない。利用するだけだ」

「しかし、周辺の大名に大義名分を与えてしまいます」

「皆計算高く動く。大義名分を得ても損をするなら動かん。そこに儂らが付け入る隙がある。守りを固め、個別撃破すればいい。心配するほどにはならんさ」

「南蛮人には如何するのです」

「付き合いのほとんどが交易だ。時々儂が南蛮人の話しを聞いてやり、南蛮の寺を作る話はのらりくらりとかわしていくつもりだ。本気で相手にせん。南蛮の寺も作らん」

「ですが、南蛮人達が嫡男の義鎮よししげ様(後の大友宗麟)と接触しているとの報告も入っております」

「義鎮か・・放っておけ」

「よろしいのですか」

「義鎮はどのみち廃嫡するから、なんの影響もない。そもそも普段からの素行が悪く人望も無いのだ。次の大友家当主になると思って近づいた南蛮人達も、さぞがっかりするだろうな」

ニンマリとした笑顔を見せた大友義鑑から発せられた廃嫡の言葉に親実は動揺する。

「廃嫡・・殿、本気でございますか」

「義鎮はダメだ。大友家の当主に相応しく無い。塩市丸の方が大友家当主に相応しいと考えている」

大友義鑑は、溺愛する塩市丸に家督を継がせるために、嫡男の義鎮とその側近達を丸ごと排除するため密かに準備を始めていた

「しかし」

「幼少の頃から気性が荒く武芸や遊びにばかりうつつを抜かし、全く学問をやろうともせん。元服すれば多少は良くなるかと思って我慢していたが、元服しても気性が荒いままで、学問にもまともに取り組もうとせん。そのため家中の人望も無い。これでは名門大友家中をまとめることはできん」

「ですが今は乱世の世。力があることは良いのではありませぬか」

「その辺の雑兵や単なる国衆ならそれでいいが、名門大友家をまとめるとなれば話は別だ。力と品格が問われる」

「ならば、如何するのです」

「義鎮には、別府にでも湯治に行かせて、別府で幽閉。その隙に側近達を始末する。側近を始末してしまえば何もできん。それで終わりだ。そのようせよ」

「承知いたしました」


ーーーーー


将軍足利義藤は庭で木刀をひたすら振っていた。

日課である剣術の稽古である。

何も考えずひたすらひたすら無心で木刀を振ることに専念している。

そこに細川藤孝がやってきた。

「上様」

「藤孝か、少し待て」

木刀を振ることをやめ、懐から手拭いを取り出すと汗を拭う。

「それで、藤孝。何かあったか」

「はっ、豊後国守護大友家で謀反が起きました」

「何、大友家で謀反だと、誰が謀反を起こしたのだ」

「嫡男である大友義鎮が、父であり豊後国守護である大友義鑑殿を幽閉。敵対的な国衆や大友家家臣を討ち取ったとの事」

「なぜ嫡男が謀反を起こすのだ。やがて大友家の実権が転がり込んでくるだろうに」

「守護である大友義鑑殿は嫡男を嫌っておりとても仲が悪く、どうやら三男に家督を継がせることを考えていたようです」

「なるほど廃嫡されて殺されるならか・・まさに窮鼠猫を噛むの例えだな」

「大友義鎮も日頃からの素行が悪く人望も無いと聞いております。どうやら南蛮の商人達が裏で動いていたようです」

将軍足利義藤は前世の記憶を思い起こしていた。

確かにこの時期に大友家で騒動があり、大友義鎮が敵対勢力を排除して父の遺言で大友家を継いでいたことを思い出していた。

あの時は、そもそも仲が悪い相手を次の当主に指名する遺言を残すことがおかしいと疑っていたが、おそらく同じことになるのだろう。

前世で儂が生きている間に大友義鎮は伴天連に改宗することはなかったが、あの頃もかなり深い関係にあったことは確かだった。

「南蛮人の商人だと」

「豊前・筑後あたりで人を集めて送り込んだようです。おそらく日本人の伴天連商人を使い領民を奴隷として買い集め、雑兵として大友義鎮に与えたようです」

「チッ・・碌なことをせん奴らだ。九州に伴天連大名が誕生すれば厄介なことになる。藤孝。大友義鎮の周辺を徹底的に探れ」

「承知いたしました」

細川藤孝は急ぎ下がっていった。

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